第145話:クラブの説明
確かリディスはアーシェリアの事をさんではなくて様で呼んでいた筈だが、その件も遅れた理由の一因なのだろう。
皿を下げた後は食後の紅茶を淹れ、クッキーを数枚だけ配る。
だが、アンリだけは職員室に用があるとの事で、クッキーだけを一気に頬張り研究室を出て行った。
出て行く際に鍵の閉め忘れをしないようにと注意してきたが、一応教員としての自覚はしっかりとあるのだろう。
「それで、何があったのですか?」
「色々とだけと、そうね……アーシェさんの我儘と、私を嫌いな人達の思惑。それからあのアントワネットという少女と、王子やいけ好かないデメテルとか色々とあったわ」
アンリがいなくなった事で、気を抜いたリディスが大きなため息と共にグチグチと漏らす。
俺の方とは違い、リディスの方は大層面白そうな事があったようだ。
学校だからと様ではなく、さん呼べと強要され、それに伴いシリウス家派閥の一部が反感を持ち始める。
ついでに平民のアントワネットがあれこれして、様々なヘイト増加。おまけに貴族……じゃなくて選民思考のデメテルとその一派が動き、それらを抑えようと王子が頑張る。
軽く纏めるだけでこれなので、多分覗いていたシルヴィーは呆れていたか、笑っていたかのどちらかだろう。
呼べば現れるだろうが、そこまで休憩時間は長くないので、帰ってから聞くとしよう。
それにしても、昨日に引き続き、Sクラスはとても元気があるようだ。
それらの面倒を見なければならない、ジョンには同情してしまう。
気が向いたら珈琲でも淹れてやろう。
ニーアさんに頼んでいる奴が収穫できるようになれば、少し流通させることが出来るようになるからな。
問題は味なのだが、そこはニーアさんに期待しておくとしよう。
もしも微妙だったら、そのまま他に植え直せば良いし。
「本当に色々とあったようですね。クッキーを一枚追加で上げましょう」
「……頂くわ」
色々とリディスを痛い目に遭わせているが、決しておれは鬼ではないし、多分人の心もある。
なので、追加でクッキーを一枚上げる程度の心使いは出来る。
ヨルムが無言の圧を掛けてくるが、今回は無しである。
躾はしっかりとしなければな。
「午後ですが、リディス様は見て回りたい場所とかありますか?」
「そうね……ハルナはどこかのクラブに入る気なの?」
「いえ、適当な名目でリディス様に作って頂こうかと。あの部屋は便利ですからね」
「ふーん」
追加で上げたクッキーをポリポリと噛り、しばし沈黙する。
文句を言わない辺り、そうなると思っていたのだろう。
「一ヵ所だけ行きたい所があるけど、それ以外はないわね」
「それは、戦略研究クラブですか?」
リディスは何故か知らないが、戦略や戦術といったものに興味を持っている。
実家でも、そこら辺を学園へ向けての勉強とは別に学んでいた。
折角なので俺も一緒になって学んだが、その時に少し面白い事に気付いた。
戦争とは歴史であり、人類と切っても切れないものである。
勿論俺の居た世界でもそうなのだが、ある時を境に人同士の戦争はほぼ終結したのだ。
正確には大人数での戦争となるが、その原因は魔物だ。
一致団結しなければ人類が死滅する可能性すらあったので、戦争なんてする暇が無くなったのだ。
多少余裕が出たら魔法少女による代理戦争みたいなものも起きたらしいが、五十年間の間に大きな戦争は一度も起きていなかった。
つまり外敵が居る場合、人同士の戦争はほぼ起こらなくなる。
だが、この世界では魔物が居る割りに、普通に戦争が起こっている。
魔物も脅威の筈なのだが、人同士は勿論、異種族同士でも起きているのだ。
まあ人類の危機というほど魔物が脅威ってわけでもないので、仕方のないことかもしれないが、これにはこの世界の管理者の思惑が絡んでいるのだろう。
この世界は管理されている。自然的な言葉で言えば、ビオトープなのだ。
俺がそうであるように、人間には平和が必要であれば、争いも必要だ。
俺の世界では無くなった戦争だが、この世界ではシステムの一つとして、戦争があるのだろう。
だから、リディスみたいに興味を持つ存在が現れるのも、何ら不思議ではない。
それはそれとして、悪魔召喚に手を出した事については、管理者としても驚いたのだろう。
おそらくタイミングよく俺が現れなければ、普通に悪魔が召喚されて、大惨事になっていたのだろう。
「ええ。どれだけの知識があるのか、少し見てみたいの」
「場所はたしか、図書室の隣の部屋を使っているみたいですね。それ以外の情報は午後次第ですか、面白い所だと良いですね」
「そう……ね」
おや? 何やらリディスの反応が微妙だな。
「何か?」
「……別に。ただ、必要ないとか言われると思っただけよ」
「私は基本的にリディス様のやりたいこと、否定するつもりはありません。ただ、望む成果が出なかった場合のみ、手を出させて貰うだけです」
これまでリディスに色々とやってきたが、一つとしてリディスの意に反することはしていない。
そして、リディスからの提案も断ってはいない。
多少過激だとは思っているが、短期間で成果を得るには仕方の無い事だった。
個人的にはまだ物足りないが、結果は出しているので、これから次第だろう。
「それが怖いのだけど……そろそろ行きましょう」
「畏まりました」
使ったソーサーやカップを手早く洗い、ヨルムにはテーブルの上を綺麗に拭いてもらう。
……そう言えば、昨日は無かった研究器具っぽいものが増えているな。
ついでに、隣の部屋には何故かベッドもある。
もしやアンリは、ここで寝泊まりしているのか?
確か宿に泊まっているとか言っていた気がするし、市街地までの距離を考えると、此処で過ごした方が楽なのかもしれない。
教員用の寮もある筈なのだが、行ったり来たりが面倒だろうし、選択としてはありなのだろう。
ギリギリ遅れないように時間を見計らい、研究室を出る。
言われた通りに鍵もかけ、部室がある広場へと向かう。
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「……多いわね」
「一年生が全員集まっている訳ですからね。それに、他学年の生徒も準備を進めている様なので、まだ増えるでしょう」
広場にはそれはもう沢山の生徒や、教師も集まっている。
アンリが早々に職員室に向かったのは、この光景のせいだろう。
「生徒は各教師の前に並んで下さい!」
知らない教師が風魔法で全体に声を届けている。
教師の話す通りにリディスとヨルムと別れ、ハロルドの居るAクラスの列に並ぶ。
見る限り、俺が最後っぽいな。
大雑把に数えただけだが、俺が三十人目っぽい。
集まった順に並んでいるので、煩いシャナトリアが近くに居なく良かった。
「時間になりましたので、話を始めます」
チャイムが鳴り響き、知らない教師が話し始める。
「現在我が学園には三十を超えるクラブがあります。クラブによっては他国の学園や、民間の学校と提携したり、または大会により切羽琢磨し、様々な形で学園。或いは国に貢献しています。中には在学中に歴史的貢献をし、国王から直々に勲章を承った例もあります。本日は我が学園で功績を残してきた、幾つかのクラブの紹介をし、その後は自由に見て回る流れになります」
聞いていた通りなので驚きはないが、見た所紹介があるのは三つのクラブっぽいな。
そして前に立っている生徒の中に、第三王子や残りの公爵家。スティーリアもいない。
功績を残してきたクラブに属していないのか、それとも態々自らが語るまでも無いと考えているのか……。
まあ何かしら動き出すまでは、気にしなくても良いだろう。
立ってるのも疲れるので、足に沿う様に鎖を伸ばし、体重をかける。
「先ずは決闘クラブからの紹介になります」
決闘クラブ。まんま一対一の戦いに主軸をおいた、戦いの訓練をするクラブ。
確か学園主導で開催される大会の優勝者は、ほとんどこのクラブの部員だとゼアーの報告書に書いてあったな。
貴族平民問わず人気であるが、完全に弱肉強食の世界であり、体育会系と表現するのが一番分かりやすい。
クラブ内でも派閥的な物があるらしいが、それも強ければ正義の概念なので、仮にヨルムでも投入すれば瞬く間に実権を手に入れる事も出来るだろう。
話した内容は、ともに切羽琢磨し、強くなろうといったものだった。
ついでに将来は騎士団に入ったり、強さが必要となる職に就きやすくなるとも話していた。
家の跡取りに慣れる長男ならばともかく、それ以外にとって手に職は良い宣伝になる。
次男三男でも土地があれば領主として生計を立てられるかもしれないが、長男が上に居る以上上手くいくかどうかは運も絡んで来る。
自分の手で身を立てられるのなら、その方が良いのだろう。
どうせ入る気は無いので関係ないが、内容だけならば良いクラブと見る事が出来るだろう。
Aクラスは勿論、他のクラスも拍手を送って次の生徒が前に出た。




