第144話:雑な名前付け
シルヴィーの使徒であるハイエルフは複数おり、ニーアさん曰くハイエルフ間の仲は悪くない。
造られた存在であり、世代についてはよく分からないが、根底には神からの命令が根付いているので、何があろうと悪さをする事は基本的に無い。
使途について詳しくはないので憶測もあるが、ハイエルフ達は全員仲良しだそうだ。
だが、その下部に居るエルフ達は違う。
エルフは国としてではなく、里単位で集落を作り暮らしている。
そして里毎にハイエルフの庇護下にあり、自分達を庇護してくれているハイエルフを慕っている。
ここまでは俺が教えてもらったものだが、ストロノフの言い方からするに、エルフ達は自分達を庇護してくれているハイエルフこそが一番だと、争っているのだろう。
まあニーアさんとその他のエルフを見た限り、そんな感じなのだろうとは思っていた。
おそらくエルフ達は他のハイエルフに会ったとしても、しっかりと礼儀を弁えるだろう。
が、それはそれとして……って事だろう。
……少し面白そうなので、後でニーアさんに詳しく聞いて見るとしよう。
争いの火種となるのか、それともただの小競り合いとなるか。
それとも、子供の喧嘩モドキになるか……まあ死人が出るほどにはならないだろうが、楽しみにしておこう。
「そうなんですね。一応お店のオーナーはニーア・ナヒリタ・ルールシェリアさんですが、知っていますか?」
「うん。ニーア様はハイエルフ様達の中でもかなり特殊で、里を庇護していないけど、全ての里の支援をしているんだ。だから、ニーア様を悪く言う人はいないんだよ」
「なるほど。それなら安心ですね。因みに、アラガンの里を庇護しているのは誰なんでしょうか?」
ハロルドの施設の説明の時だけは黙り、それ以外はストロノフと会話をしながら話す。
ストロノフが住んでいたアラガンの里を庇護しているのは、ミーア・ナヒリタ・ルールシェリアと言うらしい。
ニーアと続き、今度はミーア……確かハイエルフは二十人居ると言っていたが、もしかして全員数字を名前にいれているのだろうか?
もしも名付けたのがシルヴィーならば、面倒だからとそした疑惑がある。
もしくはアクマの翻訳がそう聞こえるようにしているのか……。
まあ名前については別に良いか。
シルヴィーに聞けば多分答えてくれるだろうし。
エルフの数だが、全体で何人いるかは分からないそうだ。
全員のハイエルフに聞けば、大まかな人数を知ることが出来るだろうが、俺が思っている以上にエルフの人数は居るのだろう。
ストロノフの住んで居る里だけでも、五十人位居るらしいし。
一人のハイエルフが複数の里を管理しているので、万単位は最低でも居るだろう。
これを少ないと取るか、多いと取るかは分からないが、絶滅することが無いのは確かだ。
そもそも管理されているわけで、そんな心配はないのだろうが。
「此処が最後になります」
あっという間に、案内は最後の場所となっていた。
案内されて来た場所はこれと言って気になる場所ではなく、最低限一年の選択授業で使う場所や、食堂や図書室と言った使う可能性の高い場所。
後は事務室や職員室。そして学園長室などの教員が居る場所。
校庭や訓練場等の身体を動かす場所も案内されたが、昨日使っているので今更である。
室内の訓練場もあるが、基本的にクラブ活動位でしか使っていないそうだ。
正直学園のあれこれを聞いているよりも、ストロノフからエルフの生態を聞いている方が面白かった。
まだ男だった頃、魔法少女の事を調べるついでに、妖精の生態なんか調べた事があるが、これが中々面白くて、あっという間に時間が過ぎていった。
地球に現れた知的生命体である妖精は男女問わず魔法が使え、個体によっては特殊な能力を持っていたりする。
また、秘密裏に妖精の害となる人間の間引きを行っているなんて、都市伝説的な話もあった。
魔法少女となってから妖精と関わる機会がそれなりにあったが、見ていて飽きない連中だった。
とある一人……アロンガンテさんが秘密裏に用意していた基地の、受付をしていた妖精には迷惑を掛けたが、あれは仕方のない事だった。
今も元気にしているだろうか?
「此処にあるのは、クラブ活動を認められた際に与えられる小屋となります。クラブで使う備品をしまっておく用途として使われる事が多いですね。そのまま活動用の部屋として使うパターンもありますが、使い方は生徒に委ねられています。また、一定の成果を認められたクラブは、奥の方にある大きな小屋へ移る事が出来ます。勿論クラブ活動費も増額されます」
入学試験の時は不法侵入させてもらったが、一般の部屋もかなり質が良い。
過度に汚さなければ勝手に綺麗になるので、掃除の手間もあまりない。
名前だけのクラブを作り、昼食を食べたり時間を潰すのに使うつもりだ。
一定以上の成績が必要らしいが、リディスならば問題ないだろう。
首席だし、それはこれからもそうそう変わる事はないのだからな。
駄目ならばアーシェリアという手も有るのし、学園長にも貸しがあるので、どんな邪魔をされたとしても何とかなるだろう。
「さて、午後についてですが、此処に再び集まって下さい。軽くクラブについて話してからは、自由行動となります。気になるクラブを見て回るのも良いですし、念のためもう一度学園を見て回るのも良いでしょう。迷子になって授業に遅刻したとしても、一切減刑しませんので、教室や道はしっかりと覚えておきましょう」
ハロルドの話が終わると、丁度お昼の鐘がなる。
ここまで調整出来るとは、流石と言った所だろう。
三時間も学園内を歩き回り、更に説明までしていたのだからな。
「色々と教えて頂き、ありがとうございました。私はこれで失礼します」
「えっ、ハルナちゃんは食堂には行かないの?」
「はい。お弁当を作って来ていますので、リディス様達と食べる予定です」
「そうなんだ……」
少し落ち込んだストロノフを放置して、アンリの研究室を目指す。
ストロノフならば、直ぐに友達程度出来るだろう。
魔法の腕はそれなりだと自分で言っていたし、話の内容的に頭も回るようだ。
精霊魔法をこれかた使っていくか分からないが、優秀なエルフを嫌う人間はいないだろう。
Sクラスの方にも居るわけだが、あくまでもAクラス内としてだ。
研究室の扉を開けようとすると鍵が掛かっていたので、貰っておいた鍵で開ける。
鍵を貰っておいてよかった。
まあ鍵が無くても部屋の中に転移してしまえば大丈夫なのだが、一々アクマに頼むのも癪なので、出来る限り普通の方法を取りたい。
完全に魔法に頼り切った生活をしているが、今後魔法を使う事が出来ない世界に飛ばされるなんて事も起こり得るし、魔女がそうしてくる可能性もある。
或いはアルカナと切り離されるなんて事態も、起こらないとは言えない。
魔女には一度、強制的にアルカナを解除するなんて技も使われている。
時間があるとはいえ、少しずつ準備も進めた方が良いだろう。
小さなこともコツコツとだ。
まあそれはそれとして、誰もいない事を良い事にアイテムボックスからお弁当を取り出して準備をしていく。
茶葉だけは先に調理場の棚に置いておき、いつでも使えるようにしておいた。
置いてある紅茶のポットは普通に売っている奴なので、後で良いのを買ってくるとしよう。
「あら、結構早かったわね。鍵を渡していて正解だったわ」
紅茶を淹れようとしたタイミングで、アンリが部屋に入って来た。
昨日と違いエメリナはいない様だ。
「そうですね。私もアンリさんに、この件を頼んでおいて正解だったと思います。丁度紅茶を淹れる所だったのですが、飲みますか? 勿論クッキーも用意してあります」
「頂くわ」
流石にリディスが来る前に弁当を食べるわけにもいかず、紅茶を飲みながらクッキーを齧る。
一枚を食べ終え、二枚目に手を伸ばそうとしたタイミングで扉が開く。
「……待たせたようね」
「はい。既に用意は出来ていますので、お座り下さい」
テーブルの上を見たリディスは、自分が遅れたことが分かり、軽く謝罪をする。
午前の内容はどのクラスも一緒なのだが、俺とリディス達では十分位差があった。
問題が起きたのか、それとも単純に終わった時の場所が遠かったのか……。
まあ念話が無かったって事は、大きな問題ではなかったのは確かだろう。
ヨルムも、見た限り機嫌は悪くなさそうだしな。
「今日はハンバーグがメインかしら?」
「そうですね。ただ、少し工夫をしてありますので、食べてからのお楽しみです」
今日の昼は少し趣向を凝らした物となっている。
見た目は普通のハンバーグだが、鶏のつくねハンバーグとなっている。
勿論軟骨も混ぜてあるので、食感も楽しむ事が出来るだろう。
ついでに野菜たっぷりのポトフも用意してあるので、栄養面も問題ない。
味はおいといて、この国の食事は栄養についてはしっかりと考えている。
ブロッサム家の実家でも、肉と野菜が過不足なく出ていた。
食が豊かな国だからこそなのだろうが、何で味だけはあんなに微妙なのだろうか?
メイド長や東館のシェフの反応をみるに、決して舌が馬鹿って訳ではないのだろうが——不可思議なことだ。
何かの力が働いているのだろうか?
因みに食事は、アンリの分も用意してある。
お弁当を作るついでに屋敷のお昼の分も大量に作っているので、アンリの分は本当に誤差である。
「……また変わった食感ね」
「コリコリとしていて癖になるな。骨を齧っていた時のことを思い出す」
「へー、軟骨ね。お酒のつまみとして食べることはあったけど、これはこれで良いわね」
ヨルムだけ変な感想だが、重ね気に入ってくれたようだ。
味付けにはエルフ茶の茶葉を少し使用し、アクセント付けしてある。
パセリを色付けとして使うのは個人的に結構好きなのだが、生憎切らしていたので代用してみたところ、これが案外美味しい。
「少し遅かったようですが、何かあったのですか?」
全員の皿から綺麗に料理が無くなり、下げるついでにリディスに聞いてみる。
「……アーシェさ……んの件で少しね」
何やら苦虫を嚙み潰したような顔だが……なるほど。多分青春していたんだな。




