第142話:まともなエルフ
「全員居ますね。前から順番に座って下さい」
ハロルドに連れて来られたのは、所謂視聴覚室と呼ばれる部屋だった。
既にBクラスの生徒は座っており、担任と思われる男が教壇の横で立っている。
髪は黒で、オールバックにしている。
確か名前はミケラル・フロイロだったかな。
ゼアーから貰った資料では、真面目な男と書かれたいた気がする。
派閥争いがある学園の中では珍しく中立であり、悪い噂は無い。
担任に選ばれるだけの能力も有り、世渡り上手と言えなくもないだろう。
とりあえず一番後ろの席へと座り、始まるのを待つ。
「本日はよろしくお願いします。ハロルド先生」
「若輩者ですが、こちらこそよろしくお願いします。」
名刺でもあれば、名刺交換をしそうな位真面目な雰囲気だな。
二人共目付きが鋭く、生徒側は怖がっている雰囲気があるが、教師の二人は気にしている素振りが無い……というよりは気付いていないのか。
「Bクラスのみなさんは初めてになると思いますが、Aクラス担任のハロルド・ロブロイスキーと申します。先ずは資料で軽く学園について説明をしますので、聞いて下さい」
「私はミケラル・フロイロだ。今は名前を覚えなくても良いが、私の担当教科を受ける予定ならば、忘れないように」
ミケラルが壁のスイッチを押すと、教壇の上からスクリーンが降りて来て、画像が映される。
…………とてもツッコミどころがあるが、スクリーンの様な真っ白い物を作る技術があるのは知っているので、これはまあ良いだろう。
スクリーンをボタン一つで降ろす機構があるのも、ドワーフなんて種族が居るので、作れるのもまだ理解できる。
しかし、スクリーンに画像を映し出す技術は流石に時代錯誤ではないだろうか?
まあこれが映像ではない分まだギリギリ理解出来はするが、それでも……うん。
確かに不便な部分もあれば異様に便利な部分があったりとちぐはぐの世界だが、何度か滅んでいるせいで、オーパーツやロストテクノロジー的なものでもあるのだろうか?
もしくは、問題ない技術だけは神や使徒が残しているのだろう。
説明は基本的にハロルドが行い、ミケラルは画像送りや、ちょっとした付け足しをする。
眠くなる話ではあるが、内容は案外面白い。
昨日話していた点数についての詳細な説明や、異世界らしい決闘システムの説明。
選択授業の種類や、注意点等。
学校を休む際の連絡や、緊急で学園を出なければならない時の注意点。
ギルドやダンジョンを使用する際の、届け出の書類のある場所や書き方。
何かしらの手続きの際には、事務所の職員に話を聞く必要がある事。
昨日軽く話していた教材もそれなりに詳しく教えてくれたが、座学と実技のある科目によって教材に掛かる費用が結構変わってくるみたいだ。
平民では中々辛い物があるが、そこはバイトだったり、成績次第では補助金が出来る。
なので何とかなりはするが、もしも教材の費用が払えない様な状況に陥った場合は、学園を退学になり、学園の監視の下で強制労働が待っている。
要は借金のかたに国へと売られるのだ。
そんなに厳しい物ではないみたいだが、仕方ない処置だろう。
元の世界でも奨学金制度があり、ハロルドが話しているのはそれと似たようなものだ。
払えないならば、強制的に取り立てる必要がある。
基本的に払えない方が悪いし、成績で結果を出せば問題無いので、救済はしっかりとしている。
面白くはあったが、こういった情報はアクマに頼めば頭に直接流し込んで貰うことも出来るので、聞く必要も覚える必要も無かったりする。
まあアクマは信用できないので、自分で覚えておいて損は無いだろう。
「説明は以上になります。次は実際に学園内を回りますが、十分程休憩にします。皆さん目を覚ましておくように」
説明の時間は一時間程で終わったが、座って聞いているだけというのは子供には辛い物があったらしく、うとうととしているのが後ろの席からも良く分かる。
まだ成績には響かないだろうが、心証は悪くなっただろう。
「眠くなる話だったなー。学園の説明なんて必要あるのか?」
「知らされていると知らされていないでは、学園側の取れる手段が変わってきます。立ち入り禁止と知っていて立ち入れば罰せられますが、知らずに入った場合は情状酌量の余地があります」
当たり前の様に横に座っているシャナトリアへ、適当に考えた事を話す。
説明とは説明した事実を作るための物である。
これは契約書何かと同じて、言い逃れをさせないために必要な事だ。
教材の件も知らずに借金となったなら、学園側としては勉強の一環として何とかするかもしれないが、そこに悪意や分かっていてやったのならば、迷うことなく退学に出来る。
事前勧告。そういうわけだ。
適当に話したのだが、こうやって考えれば強ち間違えではないと思える。
「ええっと……つまり?」
「これから学園の規律に違反すれば、基本的に罰せられるようになります」
「つまり、悪い事をしなければいいんだな」
年齢にしては天才なアーシェリアや、従順なリディスを相手にしているせいか、年齢相応の子供の対応の仕方は分からんな……。
普通に学校に通っていた時はなるべく同級生と関わらないようにしていたし、魔法少女の学園は生死がかかった戦いをしているせいか、基本的に大人びていた。
「はい。戦いを挑む際も、正規の手順を踏み、相手にしっかりと了承を取る様にして下さい」
「無理矢理なんてしてないだろう? 昨日だってちゃんと許可は取ったからな」
「それは知っています。だから私も、何も言わずに戦ったでしょう」
「……あれは戦いと呼べるほどじゃなかったけどな」
ちゃんと力量差を理解してくれているようで、なによりだ。
おっと、軽く話している内に、結構時間が経っているな。
大型の振り子時計ではなく、どこにでもありそうな形の丸い壁掛け時計があるのは馴れないが、動力が電気ではなくて魔力と置き換えれば、分からなくもない。
分からなくもないが、ちぐはぐ加減に作為的なものを感じなくもない。
暮らしやすいから良いが、ならば食や珈琲もどうにかして欲しかった。
「時間になりましたので、移動します。遅れないでついてきて下さい」
「道中会話はして良いですが、騒がしくしないように。それと、上級生や教員に会った際は挨拶を忘れないように」
会話をして良いのか……まあ十二歳なんてまだまだ子供だし、これはオリエンテーションで仲良くなるのが目的でもある。
特に今日は説明がメインみたいなものなので、移動時間くらいしか話す時間はない。
視聴室を出てからは、特に並ぶこと無く、ハロルドの後を付いていく。
最後尾にはミケラルが居るので、遅れる生徒が出ることはないだろう。
視聴覚室では隣に居たシャナトリアは他の生徒と話しているため、周りに人はいない。
このままずっと避けていてくれれば、俺の学園生活も少しは平和になるだろう。
……避けられすぎては都合も悪いが、時間は年単位であるのだ。
焦る必要は無い。
「あの……少し宜しい良いかしら?」
「はい。何でしょうか?」
アクマかエルメス辺りと雑談しよう考えていると、突然後ろから話し掛けられる。
エルフの少女って事は、名前は確かストロノフだったかな?
「あの、エルフの方に知り合いって居ますか?」
知り合い……リリアとニーアさんがそうなるが、はて?
「確かに二人程知り合いと呼べる方が居ますが、どうかなさいましたか?」
「ええっと、因みに名前を教えて貰えたりは?」
リリアに比べて、こうも下手と言うかおどおどされると、違和感を感じるな。
初対面のリリアよりかは、まだ好感を持つことが出来る。
まあリリアのあれはあれで面白かったがな。
「片方は教える事は出来ませんが、もう一人はリリアさんになります。しかし、何故名前を?」
「あの……ハルナさんの近くに精霊が居て……それで、楽しそうだったから、気になって……ハーフエルフじゃないんだよね?」
「はい。耳もこの通りですし、風や水の魔法も使う事は出来ません」
種族特性なのか、人間以外の種族では使える属性に偏りがある。
今言った通り、エルフは風や水の属性を使えるのが多く、火や土は少ない。
少ないだけでちゃんと使えるのは居るが、一つの目安として見る事が出来る。
とりあえずエルフの事は良いとして、精霊か……。
(精霊って感知出来るのか?)
『濃い魔力が漂っているのは分かるけど、この世界特有のものだから、見るのは無理かなー。因みに邪魔なら、周りに魔力を漏らせばいなくなると思うよ』
(周りに居る事によるデメリットはあるのか?)
『無いね。向こうからも干渉できないし、居るからって突然魔法が飛んでくる事は無いよ。因みにメリットかは分からないけど、精霊を感知出来る生き物からは友好的に見られやすいね』
今まさに目の前に居るストロノフの様に……か。
原因はニーアさんかリリアかシルヴィーのどれかだろうが、害が無いなら放置で構わないだろう。
「そうなんですね……人間でここまで精霊が沢山居るのを見るのは初めてで……何も感じないの?」
(…………害は無いんだよな?)
『うん』
ストロノフから俺がどの様に見られているか分からないが、きっと面白い事になっているのだろうな。
 




