第139話:アーシェリアのイライラ
「……何してるのよ」
なるべく紛れ込むようにしてジョン達のグループの方に移動するが、速攻でアーシェリアにバレてしまい、ジト目をされてしまった。
まあヨルムは目立つし、魔法的な方法で隠蔽でもしない限り、こんな遮蔽物の無い場所ではバレるのも仕方のない事だろう。
「暇になったので、見学に来ました。因みにクルルさんは勝ちましたよ」
「あれでも私の従者ですもの。勝って当然よ」
その従者は俺のクッキーに釣られていたが、態々言わなくても良いだろう。
「此方の模擬戦はどの様な感じですか?」
「Sクラス対Aクラスの対抗戦って感じで、Sクラスが今のところ全勝中よ。けど、まさか武器だけで普通に勝てるとは思わなかったわ」
大袈裟に、アーシェリアは肩を竦める。
最低限の練習はしているだろうが、アーシェリアは近接戦が得意ではない。
そんな自分が普通に勝てるレベルで、生徒が弱いのが気になるのだろう。
「まだ入学したてですから、仕方ないのでは?」
「貴族ならば最低限の見栄ってのがあるのよ。今の国の情勢なら仕方ないかもしえないけど、もしも近隣諸国に攻められれば、あっという間よ」
流石に飛躍し過ぎな気がするが、心配無用値は言えない事でもある。
子供が弱いって事は、その親もまた弱いと見る事が出来るし、何ならクーデターを企てている奴らも居るわけだし。
一応貴族にはそこまで戦う力は必要ないが、これは当主だけであり、次男三男となれば話は変わる。
騎士団に入ったり、もしくは独立したりするならば、力は絶対に必要だ。
アーシェリアの相手が誰だか知らないが、アーシェリアが見下す程度には酷かったのだろう。
「国の繁栄や衰退は、仕方のない事では?」
「違いないけど、私の代は避けて欲しいものだわ」
それが一番の本音だろうが、アーシェリアと話していると、運良くリディスが戦う番となる。
まあリディスの番がまだ残っていたから、見に来たわけであるが、丁度アーシェリアと話し始めたタイミングでリディスが呼ばれたので、俺の方までリディスは来なかった。
念話は飛んできたが、勿論無視である。
リディスは無難に剣を選び、相手も同じく剣を選んだが、選んだのは大剣だ。
子供でも身体強化すれば持てるレベルの大きさだが、正直何故選んだのか分からない。
見るからに使い慣れていなさそうだし、構えも素人目で見ても微妙だ。
「よし、始め!」
大剣を持った生徒は僅かに体勢を崩しながらも、リディスへと向かって走る。
リディスの方は特に動くことなく、軽く剣を下段で構えて待つ。
大剣がリディスの身体に向かって払われるが、リディスは下から大剣を弾き飛ばす。
大剣は空で回転しながら落ちてきて、事もなさげに落ちてきた大剣をリディスは掴んで、相手へと突き付ける。
剣に身体を持っていかれることもなく、動きはとても自然だ、
俺が居ない時もしっかりと鍛練をしているようで、何よりである。
「本当に頭一つ飛び抜けているわね。あれで魔法もあの威力なんだから、末恐ろしいわ」
「相応の訓練をしていますから。剣については私は関わっていませんが」
技術はメイド長。戦い方はヨルムのハイブリットである。
相手が人だろうが魔物だろうが、普通に戦うことが出来る。
「そう言えば調べてみて驚いたけど、ハルナは自分のところの執事長とメイド長って何なのか知っているのかしら?」
「はい。所属も目的も存じています」
次の模擬戦はアントワネットか。
相手はAクラスだが、子爵なので勝てるからと勝つと後々大変だろう。
だからといって負けたら負けたで、Sクラスでは更に肩身が狭くなる。
「あら、知っていてブロッサム家に居るのね」
「忠義を尽くしていると言う訳ではないので、案外仲良くさせて頂いています」
少し含みを感じるが、アーシェリアの持っている情報網も優秀そうだな。
正直こんなところで話すことではないと思うが、決定的な情報さえ話さなければ問題ない程度には、管理されている情報なのだろう……多分。
アントワネットの戦いは少し泥臭い感じだが、わざとそう見えるように戦っている感じがする。
アントワネットの魔力量が俺の考えている通りならば、条件次第ではリディスに勝つことも可能な位のものだ。
それに、俺が身構えるほどの魔力を込めた魔法を瞬時に扱えるので、態々武器のみの戦いに括る必要もない。
言動は少し幼い感じがしたが、やはり裏がありそうだな。
「それは驚きの話ね。今度また行っても良いかしら?」
「リディス様に聞いて下さい。アクマで私はメイドですので。ところで、あの生徒はどう見ますか? 一応ヨルムと同じ平民ですが」
「聞けば学園長直々の推薦らしいけど、まだ様子見ね。ただの平民であることを祈るわ。ついでに、近寄ってこないこともね」
辛辣っほどではないが、確かにアーシェリアとは合わなそうに思える。
おそらくアントワネットは今でこそ平民なので距離を置かれているが、その内クラスの中心人物になりそうな気がする。
アーシェリアやリディスを影とするなら、アントワネットやマフティーは光側の性格だ。
まあデメテルが居る以上、完全な中心人物とはならないだろうが、何かしらやらかすだろう。
戦いはアントワネットの辛勝って感じだが、あまり悪い雰囲気では無さそうだ。
「……おい、何でお前らが此処に居るんだ?」
一巡終わったらしく、ジョンが何やら話そうとしたタイミングで俺とヨルムの存在に気付いてしまった。
「見学です。ハロルド先生にも許可は取ってあります」
「うむ」
「いや……まあそれなら良いが、オリエンテーションの趣旨を分かっているのか?」
表向きは他のクラスと仲良くさせること。
裏向きは互いの実力を見せつけ、競争心を煽ることだ。
本当の目的は、早めに全体の能力を教師が確認したいってところかな?
あくまでも教師側からしたらこんな感じだろう。
「はい。アーシェリアさんに色々と説明をしていただき、大変助かっています」
「こんな時だけさん呼びなのね」
アーシェリアも気遣ってくれてか、ジョンには聞こえない声量で呟く。
つか、さん呼びしただけなのに他からの視線が結構突き刺さってくる。
教師を相手に同級生に様を付けて呼ぶのは、学園の趣旨から逸れることなので、そんな馬鹿なことをする気はない。
もしやこいつらは、そんな事すら履き違えているのか?
点数を引かれるぞ?
「そうか……いや……因みに許可された理由は?」
「手に負えないと」
見られていないことを良いことに、リディスが吹き出しているのが見えた。
幸い声は出ていなかったので俺以外は気付いていなさそうだが、後で締めるとしよう。
ジョンは困ったように頭を掻き、溜息を零す。
「ヨルムと、確かハルナだったな。放課後ここに残れ。説教って訳じゃないが、少し確認したい事がある」
「手短に済ませて頂けるならば、問題ありません」
「よし。んじゃあ次はさっきの組み合わせで、俺と戦って貰うぞ。今日の敵が明日の仲間って事もある。上手く連携するようにな」
こちらも同じく教師と戦うって事は、やはり決まっていた内容のようだな。
ジョンの見た目は強そうには見えないが、強者特有の雰囲気を纏っている。
怠そうにしてはいるが、決して隙を晒してはいないのだ。
仮に俺がこの場で襲い掛かったとしても、しっかりと対応してくると思う。
「ハルナちゃんこっちに来て本当に大丈夫なの?」
「はい。ご心配には及びません」
アーシェリアの横で戦いの様子を眺めていると、アントワネットが話しかけて来た。
それと同時にアーシェリアが眉を顰めるが、アントワネットは気付いていない。
ついでにシリウス家の派閥と思われる生徒が、俺達の方を気にしている様に見える。
「手に負えないって、やっぱりハルナちゃんって強いの?」
「どうでしょうか? 試験では試験官に負けていますし、アントワネットさんとは違いAクラスですから」
「えー、でも午前の授業の時、先生より魔法が上手くなかった?」
「……静かにしてくれないかしら?」
若干切れ気味な笑みを浮かべ、アーシェリアはアントワネットに注意する。
「あ、ごめんね。それで、あの硬いライトボールとか、どうやったら使えるの?」
それに対してアントワネットは、何もわかっていないような感じで一言謝り、そのまま話を続ける。
アーシェリアが言いたいのは黙れって事ではなく、今すぐ立ち去れである。
なのにアントワネットは無視しているため、この場が学園でなければ、アーシェリアは力尽くでアントワネットを排除していただろう。
「ライトボールを二個重ねる様にしただけです。上手く使えば、一撃では壊れないライトボールを使う事が出来ます」
「なるほど! 教えてくれてありがとうね」
俺がアーシェリアの従者ならば、ここはアーシェリアの意を汲んで行動しなければならないが、ただの生徒であり、アクマとの約束上あまり無下にする事も出来ない。
まあここでアントワネットと会話をしたとしても、俺にはデメリットは無い。
いっその事これを機に、アーシェリアが俺から離れてくれたら良いのだが、経験上アントワネットがアーシェリアに嫌われるだけで終わるだろう。
それから暫く機嫌の悪いアーシェリアの横でアントワネットと会話し、適当なタイミングで一度ハロルド達の方に戻る。
ジョンの戦いの指導は見ていてわりとためになったが、アンリやリリアよりは弱そうだ。
リディスの遊び相手にならばなりそうだが、俺の遊び相手をするのは無理そうだった。