第137話:クルルの本気
お昼も食べ終わり、ティータイムついでに弁当箱も洗ってから、研究室を出る。
午後も変わらず俺達は第二訓練場だが、アンリ達は別の所となる。
SクラスとAクラスが合同でオリエンテーションをしているのと同じ様に、他のクラスも合同でオリエンテーションをしている。
よって、午後に魔法の訓練をやる所に二人は行くのだ。
「私は一度教室に戻ってから行きますので、先に訓練場へ行って下さい」
「分かったわ。さっきには聞けなかったけど、午後はどうするの?」
「普通に受けて大丈夫かと思います。態々負ける必要は無いですからね。ヨルムは適当で」
「そう」
「うむ」
リディス達と別れて教室へと戻り、バッグを戻しておく。
着替えは別室にあるロッカールームにしまってあるので、訓練場に向かうついでに回収しておく。
全ての訓練場には更衣室が併設されているので、そこで着替える事が出来るのだが……個人的には使いたくない。
人によっては寮に戻って着替えたりも出来るだろうが、俺はそれが出来ない。
まあ普通に着替える必要なんて俺にはないので、誰も居ないのを確認してからトイレに入って、服をアクマに渡す。
(やってくれ)
『りょうかーい』
制服から運動服へと一瞬で変わり、トイレを出る。
アクマに頼めば一々脱いだりしなくても、着替える事が出来る。
原理は知らないが、魔法少女の服が一瞬で変わるのと同じなのだろう。
まあ俺の奴は基本的に魔法で直しているが、靴とかは普通に購入品である。
トイレを出たら、そのまま第二訓練場へ向かう。
食堂や寮がある方面とは反対方向だが、違う学園の生徒をチラホラと見掛ける。
数人のグループを作って歩いているのが殆どだが、少し考えれば理由が分かる。
貴族が付き人を侍らすのは普通であり、いざと言う時に数は力になる。
派閥がある以上、個人で歩くのはあまり推奨される行為ではない。
そんな生徒達を尻目にして歩き、第二訓練場に着いた。
開始五分前に着くようにダラダラしながら来たが、既に皆着替えて待っている。
教師の二人も生徒達に集まる様に声をかけているので、移動しておくとしよう。
周りを見ると、学園指定のではないの服を着ているのも居るが、基本的に自由とされているので問題は無い。
俺もアクマから何も言われてなければ、面倒だからとメイド服を着ていただろう。
……いかんな。メイド服を着ているのがデフォルトだと思ってしまっている。
自分を見失わないようにしなければ。
「おっ、来たな。約束通り、戦って貰うぞ」
「はい。ですが、負けても文句を言わないようにしてくださいね」
シャナトリアが近寄って来たので、軽く煽っておく。
しかしシャナトリアは「その時はその時だ」と快活に笑い、怒るそぶりを見せない。
ふむ、黒い感情を持っていると思ったが、俺の勘違いだったのだろうか?
「そうですか。まあ模擬戦と言っても教師が決めるのでしたら、戦うのはまた次回となりますけどね」
「ちゃんとハロルド先生に、許可を取ってあるから心配するな」
しっかりと確認済みってわけか。
おそらく何かしらの基準で教師が選ぶのだと思ったが、それくらいの融通は利くのか。
「時間になったから、午後のオリエンテーションを始めるぞー」
時間となり、ジョンが呼び掛ける。
「何をするかは分かっていると思うが、詳しく話すからしっかりと聞いておけよ……」
ざっくりとジョンの説明を纏めると、ジョンとハロルドが審判となり、二手に分かれて模擬戦を行う。
戦いたい相手が居るならば教師へと申請すれば、戦う事が出来るが、申請したからと戦えるわけではない。
強制的に戦わせようとしている場合は教師側で却下するし、どう見ても中か悪い同士の戦いも却下する。
要は授業としての戦いとして認められる様なもの以外は、認めないという事だ。
まあ戦いの中身については、入試の時の点数以外で教師が理解できることは出来ない。
魔法の点数はそれなりに出せたが、実技は普通に負けていたし、少々問題もあったので、そこまで高くないはずだ。
シャナトリアの名前が呼ばれたのは俺の次だったはずなので、ハロルドとしては許可を出しても良いと思ったのだろう。
ついでに今回は自分の武器は使用禁止である、学園側が用意している刃抜きされているものしか使ってはいけない。
杖については一応使っていいみたいだが、初心者が杖を構えて魔法を唱えるよりも、武器で殴りに行った方が勝率は高いだろう。
下手な魔法ならば、剣に魔力を込めて払えば打ち消す事が出来るだろうし。
この模擬戦は基本的にSクラス対Aクラスの生徒が呼ばれ事となるが、俺はSクラスになる予定だったので、オリエンテーションの内容的には合っていると言える。
SクラスとAクラスは合わせて約五十人。
最低でも二十五戦やる訳だが、一回五分としても百二十五分。
二ヵ所同時で行うので、一人一回では時間が余ってしまう。
余った時間についてはジョンは何も言っていないが、果たして何をするのだろうか?
「……そんな感じだ。振り分けだが、そうだな……Sクラスはユミネスから左の奴はハロルドの方に行ってくれ」
「Aクラスは席の半分から右側がジョン先生の方へ移動して下さい」
俺とシャナトリアはこのままハロルドの方に残る訳か。
Sクラスの方ではクルルとヨルムが俺達の方に来て、公爵組と王子は向こうに残る。
ジョン達のグループとそれなりの距離を取り、貸出し用の武器が纏められている辺りで、ハロルドが止まる。
「集まりましたね。今回はオリエンテーションの意味がありますので、あまり勝ち負けには拘らない様にして下さい。プライドもあるとは思いますが、潔い態度こそ大事だと思います」
言いたい事は分かるが、ハロルドの言っている事をしっかりと聞いてくれる生徒ならば反乱なんて企てないだろう。
現にSクラスの連中にハロルドの言葉は届いていないように思えるし、Aクラスの一部も対抗心を持っている様に見える。
「それと、あまりにも授業として逸脱する行為をする場合、点数を下げますので留意して下さい。それでは、呼ばれた生徒から前に出て下さい。その他の生徒は離れて観るように」
派閥だ何だとある学園だが、あまり暴力沙汰の事件が起こる事は無い。
その理由の一つが、生徒毎に割り振られている、点数と呼ばれるものだ。
現代の学校みたいに学力だけで順位が決まる事は無く、生活態度やクラブでの活動。今回みたいな模擬戦での成績や、学園への貢献度。
他にも色々とあるが、それらにより加点や減点をされ、その点数プラステストにて順位が決まる。
学園である以上、競い合わせて生徒の向上心を煽るのは普通の事だろう。
成績とは格付けであり、誰だって一位を目指したい。
教師による一部の生徒への贔負もあるが、貴族と平民が居る以上あって当たり前の物だ。
ハロルドに呼ばれた二人が武器を選び、それから入試の時と同じ様に向かい合い、戦いを始める。
「どう見ますか?」
鎖を椅子代わりにして寛いでいると、クルルが近寄って来た。
「Sクラスの方が勝つでしょう。真面目にやった場合でもですね」
「なるほど。その理由は?」
「武器の握り方ですね。魔法が絡めば変わるかもしれませんが、Aクラスの方は戦いになれていません」
真面目と言うのは、プライドよりも前に貴族としての立ち回りをするかしないかだ。
Sクラスの生徒の方は侯爵で、Aクラスの生徒は男爵だ。
身分が関係無いとは言え、男爵の子が侯爵に勝つのは外聞が悪い。
派閥次第では勝った場合株が上がるかもしれないが、今回はそれ以前にAクラス側が勝つのは無理だろう。
「そうですか……あっ、話していた通りになりましたね」
Sクラスの生徒が勝ち、また二人の生徒が呼ばれる。
正直、あまり面白みのない戦いだな。
気迫が足りないというか、相手に怪我を負わそうとしている様には見えない。
子供のチャンバラ。それが一番しっくりとくるお遊びだ。
まあこの国は今は平和だし、魔物の被害だってそこまでではない。
戦わなくても生きていけるのだし、この程度でも普通なのだろう。
俺が魔法少女の学園にも戦闘訓練をしたことがあったが、その時は基本的に、全員真剣に訓練を受けていた。
シミュレーションでの戦いというのもあるが、全員相手を殺す気で戦っていたし、何ならシミュレーションとはいえ殺している。
痛覚を弄る事が出来るので、実際の痛みとはかけ離れているが、死と痛みを正確に理解し、生きるための戦いに取り組んでいた。
だが目の前のこれは……いや、俺の感性に当て嵌めようとしているから、この様な思いを抱いてしまうのだろう。
分かっているとはいえ、俺にとって平和とは忌避すべきものであり、相容れないものだ。
別に殺し合いを見たいって訳ではないが、もう少しまともというか、意味のある戦いが見られない物か……。
フユネの不満が高まる事はないのだが、俺のやる気は下がっていく。
「ふぁ~……暇だな」
「……流石にその反応はどうなのでしょうか?」
いつの間にか寄って来ていたヨルムが欠伸をして、クルルがツッコミを入れる。
ドラゴンとして長い年月を生きていたヨルムならば、この程度の時間は一瞬と同じだと思うが、人になっている事で感覚も変わっているのだろうか?
「そう言えばハルナさんは、制服の時もグローブをしていますが、どうしてですか?」
馬鹿なヨルムのせいで召喚紋があるからです。
なんて事は言えない。
まあこれもあるから、下手に他の生徒の前で着替えられないってのもあるにはある。
「いつ何が起こるか分かりませんので、念のためですね。剣を握ったり、物を持つ際に素手よりは良いですから」
「そうだったんですね。確かに仕える身としてはその心掛けは素晴らしいです」
「ありがとうございます……呼ばれたようですよ」
三試合、四試合と終わり、クルルの名前が呼ばれた。
今のところAクラスの全敗であり、おそらく残りの試合もそうなるだろう。
まだヨルムも残っているし、人数差的にSクラスの試合はクルルを入れて三回だけだ。
「それでは私はこれで。ところで、私は勝てると思いますか?」
「でしたら勝てる方に賭けましょう。それと、もしも勝ちましたらこれをあげましょう」
クッキーを一枚まるで手品の様に取り出し、クルルの口へと放り込む。
「む……これは……うぅ……」
このクッキーは例の蜂蜜クッキーなので、人によっては思わず頬を緩めたくなる程美味しい。
こんな所で惚けた顔を晒さないようにクルルは蹲り、それをハロルドが心配そうに見ている。
ハロルドが口を開こうとしたところでクルルは立ち上がり、何も言わずに行ってしまった。
「我にもくれ」
「どうぞ」
ヨルムの口にも放り込み、クルルの戦いが始まる。
しかし、戦いはクルルが一瞬で勝負を決めて勝ってしまった。
一瞬で相手の懐に潜り込み、喉元に一線。
これまでの戦いの中では一番見ごたえのある物であった。
やはり物で釣るのが、一番効果的だな。