第136話:お昼休憩
「午前中はここまでにしておきましょう。もしも正式に授業を取るのでしたら、今よりも色々と教えられると思いますので、お待ちしていますね」
リディスの居る方から魔法が飛んでくる以外には、俺の方では事件が起こることなく、午前のオリエンテーションが終わった。
リディス達とはそれなりに離れているため、魔法が飛んできてから何を話していたか聞こえなかったが、果たしてどうやっているやら。
「ハルナ。良かったら私の研究室に来ない? 既に最低限は整っているわよ」
飯をどこで食べるか考えていると、アンリが話しかけてきた。
食堂で食べるよりは良いだろうし、早めに研究室の場所は知っておきたかったので、渡りに船だな。
「リディス様も一緒で良いのでしたら」
「大丈夫よ。無理言って少し大きめの部屋を貸して貰ってるから、人が多くても問題ないわ」
「私も良いですか?」
ひょっこりとエメリナが現れ、微妙にアンリが嫌な顔をする。
「良いけど、ちゃんとお昼は用意しているのよね?」
「はい。教会を出る時に戴いてきました」
「リディス様を呼んで来ますので、少々お待ちください」
(昼飯を食べに行きますので、此方に来てください)
『……分かったわ』
リディスの方に歩きながら、念話で呼んでおく。
近くまで行くとアーシェリアか反応するかも知れないので、それっぽい感じを装って途中で止まり、リディスとついでにヨルムが来るのを待つ。
「お昼ですが、アンリさんの研究室にて食べることになりました」
「分かったわ」
「うむ」
それでは飯を食べに行こうというところで、火の魔法が飛んできたので、鎖で防御する。
飛ばしてきたのは、勿論アーシェリアだ。
ハロルドとジョンは片付けもあり、既に訓練場を出ていってしまっていて、俺の力を多少知っているアンリ達が慌てることはない。
それに、アーシェリアのにはほとんど魔力が込められていなかったので、素で受けても火傷すらしなかっただろう。
「何処に行こうとしてるのかしら?」
「食堂では食べられないので、アンリさんの研究室に行く予定です」
「ふーん」
一応生徒は残っているが、残念ながらアーシェリアの蛮行を止められる奴はいない。
クルルも後ろで、申し訳なさそうにするので精一杯そうだ。
「私も良いかしら?」
「アーシェリア様。流石に初日から食堂に行かないのは……」
「別に良いじゃない。別に行けとも言われてないのだから、行かなくても問題ないわ」
一応独立しているとはいえ、アーシェリアはシリウス家の娘なので、色々って程ではないが、家から言われているのか。
確か入学試験の時もシリウス家として、仕方なく食堂に行ったとか言っていた気がするな。
「来るのは良いですが、食事はどうするのですか? 私はリディ様達の分しか用意していませんが?」
俺は三人分の弁当を作って持ってきているが、アーシェリア達が用意しているとは到底思えない。
アイテムボックス内には作り置きがあるが、アーシェリアに食わせてやる理由もないし、当分の間は俺には関わらないでほしいのが本音だ。
まあ無理だろうけど。
「……今日のところは見逃して上げるわ。その代わり、明日以降は私たちの分まで作ってきなさい」
確かアーシェリア達は寮生活なので、自分で作って持ってくることが出来ないのだろう。
そもそも自宅から学園に通うのが特殊なのだが、作る量が二人分増えることは、俺にとっては誤差である。
……誤差であるのだが、誤差が積み重なってきているんだよな。
「構いませんが、お弁当代は戴きますよ?」
「ちゃんとポケットマネーで払うわ。それじゃあまた午後に」
アーシェリアはクルルを連れて、さっさと訓練場出ていく。
「お待たせしました」
「大丈夫よ。それよりも、公爵家に絡まれてたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫です。向こうも権力を振りかざすつもりはなく、最終的にお昼を作って来ることで話が着きました」
「……まあ良いわ。行きましょう」
「私はお弁当を取りに行ってきますので、部屋の場所を教えてください」
「教員棟の109号室よ。一階の端っこになるわ」
「分かりました。それでは後程」
鎖を使えば一瞬で教室へと戻れるが、流石に目立つので普通に歩いて教室を目指す。
そう言えば午後のオリエンテーションは、着替えの許可が出ているんだっけな。
制服のままでも戦えるが、破れたりしたら困るし、最低限防御力のある服装の方が良いだろう。
運悪く火の魔法で燃やされでもしたら、裸になってしまうからな。
この制服は大量生産なだけあり、ただの服である。
魔法的な防御も、物理的な防御もゼロと言っていい。
わりと動きやすくはあるが、元の世界で言えば、体育の授業は体操服に着替えていたのと同じ理由だ。
リディスやヨルムも一応持ってきているが、ぶっちゃけ教師を相手にでもしない限り、攻撃を受ける事はないだろう。
なんならリディスは普通の服で試験官を倒してしまっている。
教室に入ると、中には誰も居ない。
全員食堂に行っているのだろう。
お弁当の入ったバッグと、クッキーを少しだけアイテムボックスから取り出してバッグへ入れて教員棟へと向かう。
午後はどんな事件が起こるやら……。
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学生の流れに逆らいながら歩き、教員棟に着いて109号室の扉を開ける。
「待っていたわよ。飲み物は用意してあげたわ」
全員椅子に座って寛いでおり、紅茶を飲んでいる。
「ありがとうございます」
アンリの言っていた通り研究室は結構広く、居住空間がしっかりと用意されている。
研究する空間も有りそうだし、既に色々と用意されている。
「お待たせしました。此方が本日のお昼となります。それと、良ければこちらをどうぞ」
リディスとヨルムにお弁当を渡し、アンリ達にクッキーを渡す。
今日のお弁当はサンドイッチと龍田揚げ。それからオムレツである。
食べ過ぎては午後の動きに支障が出るので、胃への負担があまりないようにしてある。
竜田揚げも油分は少なくしてあるので、老人が食べても胃もたれを起す事はないだろう。
ついでに、アンリ達に渡したクッキーは例の蜂蜜クッキーである。
シルクも混ぜてあるので、溶ける様な口当たりとなっている。
「ありがとう。お昼の後にいただくわ」
「同じく、ありがとう」
俺も椅子に座り、昼飯を食べ始める。
悪くない味だな。
「良ければ、少し分けていただいても良いでしょうか?」
「構いませんよ。良いですよね? リディス様」
「はい」
一応リディスの許可を取り、エメリナにサンドイッチを分けてやる。
「あっ、なら私にも頂戴。ねっ、良いでしょう?」
「どうぞ」
微妙にリディスが嫌な顔をしながらアンリに返事をする。
エメリナだけ贔屓するわけにもいかないし、別に量は問題ない。
あまりはヨルムに食わしてもいいし、アイテムボックスに入れてしまえば腐る心配もない。
「……やっぱり美味しいわね。レストランで食べるよりも、この味の方が好きだわ」
「初めて食べましたが、カイルやガッシュの言っていた通りですね。この国の味はあまりなれませんでしたが、これは程よいです」
お気に召してくれたようで何よりだ。
誰が用意したか分からない紅茶を飲むが、あっさりとしていて料理の邪魔をしない。
茶葉は俺の知らない奴な気がするな。
お昼の休憩は一時間あるのだが、移動や午後の準備。場合によっては着替えなどを含めると結構ギリギリになりそうだと感じる。
小学校でありがちな昼休みがないのだが、個人的には無い方がありがたい。
休みがあるからと何かしたい事がある訳でもないし、ほんの数十分では出来る事もない。
それに、休み時間だからと魔法を使う馬鹿が現れる可能性もある。
学園での魔法の使用は禁止されていないが、座学以外では魔法を使う場面が沢山ある。
魔力が無くて授業が出来ない何て事になっても、困るだけだ。
まあその代わりに授業自体は大体十五時から十六時に終わり、その後はクラブの時間となる。
遊びたいならその時間に遊べって事だ。
「午後だけど、ハルナ達はどうするの? 下手な相手じゃあ訓練にもならないでしょう?」
「私は少々喧嘩を売られてしまったので、仕方なく買う予定です」
リディスが驚きの目を一瞬向けるが、はたして何を考えているのやら……。
俺だって買いたかった喧嘩ではないが、馬鹿は叩かないと直らないのだ。
そう。治すではなくて直すのだ。
壊れてしまうかもしれないが、死ななければどうとでもなる。
「相手は子供なんだから、あんまり苛めるんじゃないわよ」
「他の目もあるので、程々にしておく気です。これなら手加減も出来ますから」
袖から鎖を覗かせ、食べ終わった食器等を纏め、部屋にある洗い場へと置いておく。
屋敷で洗っても良いが、此処で洗えるならば時間を短縮できる。
「その魔法ですが、よくそこまで自由に扱えますね」
「常に出し続けていますから。込める魔力量を調整すれば、かなり省エネの魔法ですからね」
「どんなに頑張っても、省エネと言える程ではないと思うのですが……」
慣れ次第では、この世界の住人でも十分にどうにかなるとは思うのだが、四六時中訓練をするのは流石に難しいのだろうか?