第135話:知らぬが仏の問題達(アクマ知っている)
始めての授業であり、これからのクラスや同級生との関わりの始まりとなるオリエンテーション。
そのオリエンテーションはハルナの知らぬところで……いや、無視しているところで様々な問題が起きていた。
今年度は王家から一人と公爵家から二人と、権力を持つ家の出の者が居ながら、首席は侯爵家だった事から始まり、派閥を形成するなかで少なくない影響を与えた。
第四王子であるマフティーは継承権が低く、卒業後は他国に行くと予想されており、派閥の中では大きいものではない。
アーシェリアはネームバリューこそあるものの、本人が群れることを嫌っているため、本人は無関心だが、作られようとしている派閥は決して小さいものではない。
アーシェリアから甘い蜜を吸いたいものや、シリウス家への忠義から派閥に入ろうと者が居るのだ。
マフティーとアーシェリアは本人から動いているわけではないが、逆にデメテルは自分から動いて派閥を作ろうとしていた。
学園にいる間は自由であり、将来的に起こそうと企んでいる事を思えば、使える人間は少しでも多い方が良い。
何より、大きな派閥になれば、王子であるマフティーを見下すことも出来る。
そう考えているのだ。
その派閥が初日から形成され始め、誰かどこの所属になろうとしているのか互いに監視し合っている。
更に、散々格下に見ていたリディスが主席となりリディスを排他する勢力と、実力を認める勢力に分かれ、排他する勢力の一人がリディスへと不意打ちをする事件も起きた。
これから先は高学年の第三王子や他の公爵家との兼ね合いもある中、既に混迷を極めようとしていた。
そんな中一年Sクラスであるアントワネットは、少し離れて魔法の練習をしているハルナを見て、とても混乱していた。
アクマがハルナに対して面白い存在だと言ったアントワネットだが、何と彼女は転生者なのだ。
ハルナの様に別の木から来たイレギュラーではなく、アントワネットが生前生きていた世界の神による、お情けの転生だ。
ハルナ達の生きていた木では絶対にありえない出来事だが、木が変われば木目が変わる様に、常識もまた変わるのだ。
アントワネットの転生はこの世界の神には内緒にされており、もしも知られれば最悪神か使徒によって殺されかねない。
真相を知っているアクマはちゃっかり口を噤み、面白いからとハルナにも真実を話さないようにしている。
そして何故アントワネットが混乱しているかだが……。
(知らない……私が知っている中じゃあんな子出て来たことないし、あのアインリディスも主席なんかじゃなかった……どうなってるのよ……)
アントワネットは転生する時に、二つの特典を貰い、一つのお願いの下に転生した。
(それに何でチートを使っても壊せないのよ! バグキャラとかどうしようもないじゃない!)
特典はありきたりな物で、全ての基本属性が使える事と、魔力を無限にしてもらう事だった。
なるべく初心者を装っているが、既に技量は学生の枠には収まらない程である。
そして平民が目立ち過ぎてはいけないと考えるだけの頭はあり、Sクラスには入ったものの首席を目指すようなことはしなかった。
そして一つのお願いについてだが……。
(幸いマフティー様とは話をする仲になれたし、後々転校してくるあの子とも知り合う事が出来た。流石に悪役令嬢であるアーシェリアと、ラスボスであるアインリディスの仲が良さそうなのかは、理解出来ないけど…………本当になんなのよ!)
アントワネットの願いとは、自分の好きなゲームの世界への転生だった。
数ある葉の中から、該当する世界へ転生したわけだが、ゲームの世界に入ったわけではなく、あくまでもほぼ同一の世界なだけだ。
差異はあって当たり前であるのだが、死んだことによる絶望と転生できる喜びにより、アントワネットは説明をほとんど聞いていなかった。
(ラスボスで思い出したけど、ヨルムって見た目は少し違うけど、裏ボスで2の仲間じゃない! 何で既に学園に居るのよ!)
平然を保ちながら魔法の練習をする振りをしながら、その内心はそれはもう荒れていた。
アントワネットからすれば、リディスが首席なのがおかしく、アーシェリアとリディスの仲が良いことがおかしく、ヨルムが学園に居ることがおかしい。
他にもアンリやエメリナの存在をアントワネットは知らず、先程の事件と思わしきイベントもしらない。
(これなら成り上がりじゃなくて、最初から貴族のルートを選んだ方が良かったわね。どうしても平民じゃ情勢や情報に疎くなっちゃうし)
ライトボールに魔力を程よく込めて、円を描くように動かす。
アントワネットが転生する前の世界は魔法が無く、科学が発達した世界だったのだが、アントワネットはそれなりに充実した生活を送っていた、オタク系社会人だった。
性格は少々残念だったが会社では仮面を被り、優秀な人を演じ、何なら出世街道まっしぐらだった。
……だったのだが、趣味人間であることが災いし残業を断っていた結果、使い勝手の良い平社員に収まっていた。
アントワネットとしては最低限の金が貰え、私生活を優先出来るならばあとはどうでも良く、結構ストレスフリーな生活を送っていた。
元の世界では結構頭の良かったアントワネットにとって、この世界の魔法はかなり使い勝手が良く、自分はかなり強いのだと思っている。
有り体で言えば、知識量よりも、頭の回転が速い人間の方が、この世界では魔法の扱いが上手くなる。
難関大学を出ているわけではないが、生前からアントワネットは器用であり、この世界の魔法にマッチしていた。
本当ならば全ての魔法を使える特典にしたかったが、流石の神様にも限界があり、全ての属性を使えるに変更したが、既にアントワネットは全ての魔法の最上級を使える。
おまけに魔力も無限なので、正にチート的存在と呼べるだろう。
なのに……。
(とりあえず、先ずはハルナの正体を探る事から始めようかしら。髪の色が白って事は、確か3に出てきた人工生体兵器関連だろうし、最悪直ぐの直ぐ問題になる事はないかな。まったく、記憶が破損しているなんて……何か言っていた気もするけど、また後でノートを見返しておかないと……)
折角転生して素敵なチートライフを送ろうと思っていたものの、そのまま転生させて問題が起これば、神としても問題となる。
なので、念のためストッパーが掛けられており、記憶の一部が封印されているのだ。
特に今居る世界は一定以上発達しないように管理されているため、アントワネットが現代科学を齎そうとすれば、文字通り世界が一掃される事態となる。
ゲームの知識を含め、出来る限りの知識をノートに書きだしてあるが、結構穴があったりする。
もしも全て記憶していれば、アントワネットはもっと綺麗なスタートダッシュを決めていただろう。
「平民だが、中々上手いようだな」
「あ、ありがとう。王子様に褒めて頂けるなんて、嬉しいわ」
むしゃくしゃしていたところをマフティーに話しかけられて、直ぐにアントワネットは取り繕った。
アントワネットの頭の中にはマフティーの詳細なデータがしっかりと記憶されており、攻略方法も覚えている。
髪が銀色のせいで受けた幼少期の傷や、悪役令嬢であるアーシェリアに助けられて、淡い恋心を抱いている事。
将来的に第三王子のクーデターに巻き込まれたり、悪魔と契約したリディスと戦ったり、裏で暗躍していたアーシェリアに絶望したりしながら、色々とあって王位に着く。
「なに。王国でも数少ない光魔法の使い手なのだ。そう謙遜することもない」
「は、はい」
ニヒルな笑みを浮かべ、マフティーは自分の練習へと帰って行く。
さて、アントワネットが神にお願いして選んだゲームだが、一種の乙女ゲーである。
しかしよくある物ではなく、攻略対象となる男によってストーリーが大きく変化するのだ。
そしてゲームの名前は、黎明のサクリファイス。
ヒロインが選べるのは三人の男性だが、選ばれなかった残りの二人は必ず死ぬ。
攻略対象の一人はマフティーであり、アントワネットは彼女のファンだ。
マフティーのルートは王道と呼ばれるようなものだが、その道中はかなりの死人が出る。
何よりもアントワネットが好きなのは、マフティーが葛藤して苦しむ様だ。
何かのため。誰かのため。選びながらも何かを捨てなければならないストーリーが、アントワネットの性癖に突き刺さった。
また黎明のサクリファイスはダブル主人公となっているのだが、アントワネットはその主人公の片割れのキャラである。
選ばれなかった方の主人公はストーリー中で死ぬ事となるのだが、死なないためにアントワネットは力を求めた。
(あの子が来るのは一ヶ月後だから、それまでに色々と準備しておかないと……)
アントワネットはマフティーのファンであるのだが、マフティーともう一人の主人公のルートが好きであり、それを生で眺めるために此処までやって来た。
異世界だからそれなりに目立ちたいという欲もあるが、原作を壊すようなことはしたくないのだ。
もしもアントワネットがあまりにも邪な事を考えていれば、アクマも見過ごすような事をしなかっただろう。
まあ仮にアントワネットが最強を目指したり、世界征服を目指そうとしても、ハルナが居る以上は全てが無意味になってしまうのだが。
何せ、ハルナは……魔法少女イニーフリューリングの時は素の状態でアントワネットとほぼ同等であり、そこからアルカナや強化フォームによる強化が出来る。
更に対人間ならばフユネがいるので、人間の域を出ない限りアントワネットに勝ち目は無かったりする。
また黎明のサクリファイスは3まで出ているのだが、そこには十年前に滅んだとされる邪教が復活するストーリーがあり、そこで白い髪の真実が語られたりするのだが、そのストーリーがあるせいでアントワネットはハルナを勘違いしてしまっていた。
アントワネットは奮起する事を誓うが、その奮起が実を結ぶかは、アクマの匙加減一つで変わる事だろう。
既にアントワネットの知っている物語とは、乖離しているのだから。
そんな一人で悩んでいるアントワネットから離れている場所で、リディス達は修羅場となっていた。
ハロルドに押さえつけられた生徒は、ジョンに連れられて訓練場を去り、馬鹿が現れた事でアーシェリアは不機嫌になっていた。
周りに当たりはしていないが、アーシェリアの雰囲気により火属性の生徒達は肩身の狭い思いをする羽目になる。
近くには当事者のリディスも居るが、攻撃された事よりも自分が避けたせいでハルナ側に魔法が飛んで行って事を気にしていた。
ハルナが怪我をするとは微塵も思っていないが、迷惑をかけた事でハルナに何をされるか気が気ではなかった。
一連の事件を少し遠くから見えていたデメテルは舌打ちを一つしてから、取り巻きと何やら話を始めるのだった。