第131話:訓練? の始まり
入学式があった次の日。
何事もなく学園に着き、僅かばかりに挨拶に返事をしながら席に着く。
Aクラスは貴族でもそれなりの身分の奴が居るが、プライドの塊みたいな奴はほぼ居ないようだ。
俺がリディスのメイドと知られればまた変わるかもしれないが、俺以外にも平民も居るし、留学生なども居るので、そこまで風当たりは強くならないだろう。
「おはようございます。欠席者は……一応居ないようですね。おそらく皆さんはパンフレットを読んで分かっていると思いますが、今日の予定を話そうと思います」
ハロルドが挨拶をしたタイミングでは空席が一つあったが、物凄い勢いで扉が開かれ、一人の生徒が転がり込んできた。
ハロルドは慌てることなくその生徒を見て、早く座るように促す。
そしてそいつは俺の前の席に座った。
馬鹿だとは思っていたが、初日から寝坊するとは思っていたよりも馬鹿なようだ。
「今日一日はSクラスとの合同となり、午前は魔法の訓練。午後は模擬戦となっています。目的は生徒間の親睦を深めるためとなっていますので、仲良くするようにしてください」
仲良くしろと言って、仲良く出来る奴はまず居ないだろう。
特に貴族の子供達には、派閥があるのだからな。
親の派閥もそうだが、一年には王子と公爵が居るし、上の学年にも王子と公爵が居る。
学園に居る間ならばともかく、卒業後の事を見据えれば、八方美人でいるのは不可能だ。
この仲良くとは、どの派閥に属するのか考えろと受け取ることが出来る。
派閥が違うから敵対する……なんて事は早々ならないとは思うが、早めに立ち位置を決めておくのは今後の事を考えれば必要だろう。
一応民主主義で人の身分に差の無い日本の学校でも、スクールカーストと呼べるものがあるのだから、身分制のこの世界ではもっと大変だろう。
「午前の魔法の訓練は属性別に分かれて貰いますので、複数使える方は今の内にどれを選ぶか考えておいてください。また、光属性については臨時教師として教会から来ている方が教えてくれる予定となっています。他の属性についても臨時教師の方が手伝ってくれる予定ですが、学園の生徒として恥ずかしくない態度を取るようにしてください」
早速アンリとエメリナと会うことになりそうだな。
エメリナがどの程度魔法を使えるのか分からないが、アンリの戦いぶりを見るに、それなりのやり手なのは確かだろう。
俺が使えるのは火と光だが、火を選べばハロルドで、光を選べばエメリナとなる。
そしておそらく火を選べば、シャナトリアと一緒になるだろう。
髪がオレンジなので、最低でも火の魔法は使えるはずだろうからな。
ついでに言えば、アーシェリアも間違いなく火を選ぶはずだ。
ここは光の魔法を選ぶのが正解だろう。
アンリで思い出したが、この世界は異世界あるあるの、闇魔法の迫害的なものはない。
光の魔法と同様に希少であるのと、殺傷能力が他の魔法よりも高いことくらいだ。
個人的には光よりも、闇の魔法が使えた方が良かったと思う。
厨二病的な理由ではなく、知的好奇心からの理由だ。
魔法少女として俺が使えない属性であり、光魔法の代替えは回復魔法があるが、闇は全く使えないのだ。
確かに通常時に光の魔法を使えるのは色々と便利だが、やはり知らないものに好かれてしまう。
治療は出来なくなるが、それ以外は光属性と同じことが出来るし、結界の性能は闇の方が高くなるだろう。
闇ならば吸収が出来るので、光みたいに遮断するよりもコストが安くすむ。
後は実験次第だが、影を移動したりも出来るかもしれない。
努力次第で先天的以外の属性も使えるようになるならば、頑張るのもありだが、こればかりはどうしようもないので諦めるしかない。
「また、固有魔法しか使えない方は後で申し出てください。人数次第で相応の準備をしますので。ここまでで質問はありますか?」
「杖はどうすれば良いですか?」
「個人のがあるのでしたら、使って構いませんが、本日申請書を提出できる人に限ります。学園でも準備してありますので、使いたい人は授業の時に使って大丈夫です。他に質問は? ……大丈夫ですね。それでは二十分後に、第二訓練場へ来てください」
二十分ってことは、寮に取りに戻る時間も考慮しているのか。
ハロルドの言っていた申請書の類は全部パンフレットと一緒にあったが、俺とヨルムは何も書いていない。
リディスにはしっかりと書かせたがな。
基本的に学園で使って良いものではないが、有事の際に申請書がどうのこうのと言われるのも面倒だし。
ハロルドが教室を出ると共に、数人の生徒は急いで教室を出ていく。
寮へ杖を取りに行ったのだろう。
どこぞの魔法学校が舞台の小説みたいに、呼び寄せの呪文とかがあれば、苦労しないだろうに。
まあ、その前にアイテムボックスがあればそれで済むのだが。
本当に便利である。
アクマのナビの下、第二訓練場に向かう。
「先日振りね。一人だなんて、友達はいないの?」
「今の所いないですね。まだ初日ですので」
一人で真っすぐに来たため、まだほとんど生徒は来ていないが、アンリとエメリナは既に第二訓練場に来ていた。
アンリが水風闇を使え、エメリナが光で、ハロルドは最低でも火が使える。
つまりSクラスの担任は、土属性の魔法を使える可能性が高そうだな。
四人も居れば、二クラスを見るのは問題ないだろう。
「アンリから話を聞いていますが、例の鎖以外にもオリジナルの光魔法が使えるらしいですね。今日はどちらの属性を学ぶ予定ですか?」
「光の属性にする予定です。火の方は、そこまで学ぶ必要はないですからね」
「そりゃああんだけ馬鹿火力を出せるなら、学園程度で覚える事何てないでしょうね」
アンリが茶々を入れてくるが、エメリナはそれを無視して俺の言葉に喜びの笑みを浮かべる。
「それは嬉しいですね。どれだけ教えられるか分かりませんが、頑張らせていただきます」
俺達が会話している間に他の生徒達も増え始め、ハロルドとSクラスの担任。名前は……。
『ジョン・オブライアンだよ。因みに使えるのは風と土だよ』
ジョンか。
ジョンと聞くとドゥを付けたくなるが、日本でいうナナシよりはジョンドゥの方がカッコよく聞こえる。
見た目は緑色の髪で、身長は百八十位で中々の長身だ。
筋肉質と言う程ではないが、細マッチョ程度はありそうだな。
やる気の無さそうな雰囲気だが、ハロルドとは正反対だな。
「私達も打ち合わせがあるから、これで失礼するわ。じゃあね」
「授業ではよろしくお願いしますね」
アンリは手を振り、エメリナは小さく頭を下げてからハロルド達の方に歩いて行く。
二人を見送っていると、後ろから足音が二つ聞こえてくる。
リディスとヨルム……じゃないな。
「おはよう。ハルナ」
「おはようございます。アーシェリア様。クルルさん」
「様は止めなさい」
アーシェリアと、それからクルル。
不機嫌そうなのを隠そうとしていないな。
「気が向いたら止めます。他の目もありますし、一応平民ですので」
「平民なら命令に従いなさいよ。まったく……。それで、あなたは今日の授業だけど、どの属性の授業を受ける気なの?」
「光属性を選ぶ予定です。どうやら臨時講師の方が教えてくれるらしいので、折角ならと思いまして」
「ふーん。そう言えばお茶会の時の鎖も光だったわね。個人的に一緒に火の属性の授業を受けたかったけど、理由があるなら仕方ないわね」
文句を言わずに引き下がってくれて助かる。
正直駄々を捏ねるかもと思ったが、魔法の研究者としてはそこら辺真面目なのだろう。
まあここで俺が選んでないと言えば、間違いなく火を選べと言ってきただろう。
「クルルさん。昨日の資料ですが、改めてありがとうございました。よくあれだけ調べられましたね」
「かなり広まっていた噂でしたので、あれでも全てではないです。それと、流石に噂の出所を探すのは無理でした」
昨日クルルから貰った資料を読んだが、世が世なら誹謗中傷で訴えられる位の内容だった。
SNSの炎上みたいなものだが、スティーリアはリディスがバッヘルンに売られた後の事も考えていたようだ。
スティーリアは後々リディスを買い取り、生涯虐めるつもりだったのだろう。
こらばかりは予想でしかないが、外れてはいないだろう。
人にもよるが、肉親を虐めるのが一番ストレスの発散になるらしいからな。
「私も見させてもらったけど、随分王国の貴族の質が下がっているみたいね。もしくは、質が上がっているとも言えるけど」
「いつの世も人は噂が好きなものです。目くじらを立てる程のものではないでしょう」
噂は馬鹿に出来るものではないが、今回の噂は馬鹿にしておいて良いものだ。
何せ噂の出所を既に把握しており、現時点のリディスの実力ならば、奇襲や大人数に襲われない限り、自分の手でどうにか出来る。
相手が悪魔や天使でも呼び寄せない限りは、差し迫った危険はないと考えて良いだろう。
「あれを読んで冷静でいられるなんて、大したものね」
「所詮子供のやる事ですから。まあ、それなりに壮大なことを考えてはいるようですが、私には関係無いので」
「……それもそうね」
俺は王国の行く末自体に興味がなく、アーシェリアはいざとなれば王国から逃げることが出来る。
クルルだけは少し不安そうな表情をするが、なんの事か分からなくても、それなりに察することは出来てもおかしくない。
「時間になりましたので、全員集まってください」
ハロルドの声が響き、話を切り上げる。
さて、少しでも面白いことが起きれば良いのだが……。




