第130話:入学初日の終わり
「それじゃあまた明日会いましょう。それと、またクッキーを宜しくね」
仕方なくリディスに会うため教室を出て早々、アーシェリアに捕まるとは思わなかった。
念話でリディスを呼んで切り上げる事も出来たが…………やはりアーシェリアの相手は疲れる。
「すみません。此方頼まれていた件の詳細になります」
アーシェリアが帰ろうとする中、クルルが一つの封筒を渡して来た。
しっかりと頼んだ情報を、纏めてくれたようだな。
ゼアーに頼んでみても良かったが、視点とは多い方が良いし、学園内で使える手を増やしておいて損をする事は無い。
「ありがとうございます。確認して、内容次第では追加報酬を払いましょう。先日ですが、とても良い蜂蜜を手に入れまして」
「それは……お待ちしております。それと例の件とは別ですが、手紙を同封しておいたので読んでください」
最後だけは声を潜め、周りに居るリディスやアーシェリアに、聞こえないようにする。
クルルは僅かに目を見開くが、軽く頭を下げてからアーシェリアと一緒に帰っていった。
「さて、それでは帰りましょうか」
「そうね。馬車もメイド長にお願いしてあるし、早く帰って休みましょう」
俺が仕切ったのに、リディスは文句を言わずに同意する。
今は周りの目もあるので、貴族の皮を被っている様だな。
それにしても、分かっていた事だが中々視線が痛いものだな。
学園から出てしまえば、かなりマシになるだろう。
リディスの後ろを付いて行き、学園から出て馬車乗り場まで歩く。
そこには見慣れた馬車が留まっており、メイド長が外で立っていた。
「お帰りなさいませ。先ずは馬車にお乗りください。お話はそれからにしましょう」
「分かったわ」
言われた通り馬車へと乗り込む。
朝は結構混んでいたが、帰りはあまり混んでいないな。
俺達みたいに家から通う方が少ないので、これから学園へ通うのに混むことはないだろう。
大きな揺れと共に馬車が走り出すが、これから先の事も考えると、自分用の馬車を準備しておくのもありだろうか?
車関係の設計は少し齧った事があるので、サスペンションや軸周りの機構は知っている。
ハンドル……ステアリングやパワーステアリング辺りは分からないが、動力が馬ならば関係ない部分だろう。
タイヤと軸。それから衝撃をどうにか出来れば、かなり乗りやすくなるだろう。
幸い金は有り余る程あるので、作るために問題になる点はない。
馬車が使えない場所があったとしても、アイテムボックスに居れておけば邪魔にはならない。
強いて言えば馬だけがどうにもならないが、魔界から妖狐を呼んでくればなんとかなるだろう。
「入学式お疲れ様でした。スピーチも立派で、当主様に送る手紙に、良いことが書けそうです」
「あの程度出来て当たり前よ。それに、学園はまだ始まったばかりよ」
「アインリディス様なら問題ないと思います。勉強が出来るのは知っていますし、強さは先日確認しましたから」
さて、リディスとメイド長が話している間に、クルルから貰った封筒を確認するとしよう。
封筒を開いてみると、纏められた紙とは別に、俺宛の手紙が入っていた。
内容は…………ああ、シルヴィーが渡したコランオブライトについてか。
リディス宛ではなく、俺に手紙を送ってくる辺りを考えるに、実家に奪われることはなかったようだな。
手紙の内容を纏めると、コランオブライトを渡してきたメイドが誰なのか知りたいのと、本当に貰って良いのかと書かれていた。
あの時のシルヴィーはメイド服を着ていなかったはずだが、クルルにはそう見えていたのか。
この事については明日会った時に、直接答えるとしよう。
今日会った時にアーシェリアがこの事を聞いてこなかったので、クルルはアーシェリアに内緒にしているはずだ。
ボカシながら話せば、クルルは面白い反応をしてくれる事だろう。
どうせアーシェリアと一緒に居るのだからな。
読み終わったので、手紙を魔法で燃やして処分する。
リディスの報告書については、帰ってから読むとしよう。
流石に本人の目の前で、読むようなものではないからな。
「ハルナ、今の手紙は? それと、その封筒はどうしたのですか?」
「知り合いから貰ったものです。調べて欲しいことがあり、お願いしていました」
「そうですか。手紙を燃やすのは構いませんが、危ないので外で行うようにしてください」
メイド長の言う通りだな。いくら完璧に魔法が使えるといっても、他人から見れば危ない光景であった。
「すみませんでした」
「分かっていただければ結構です。ハルナは学園で上手くやっていけそうですか?」
「リディス様やヨルムとは違い、Aクラスなので大丈夫かと思います。初日から喧嘩を吹っ掛けられましたが」
「……」
微妙な表情を浮かべたメイド長はしばし黙り、ため息を吐く。
「相手は貴族ですか?」
「はい」
「そうですか。あまりやり過ぎない様に、気をつけてください。ハルナの能力は既に学生で収まるものではないのですから」
「分かりました」
ここで死なない限り治せるから問題ないと言えば、小言を貰うことになるので、素直に返事をしておく。
そう言えば学園で見かけたシルヴィーは…………いつの間にか馬車の屋根の上に居るみたいだな。
「それとハルナへの報告ですが、入学試験の実技試験を担当していた教師ですが、諸事情で学園を去ったようです。理由は分かりますね?」
あの俺を殺そうとした奴か。
折角俺が最後まで取っておいてやろうとしたのに、既にいなくなっているとは……。
まあ躊躇なく殺そうとしていた事から考えるに、元々そうなる運命だったのだろう。
どうせ余罪とかもありそうだし、学園だけではなく、この世からも去っていそうだ。
(で、どうなんだ?)
『監獄に入れられてから、秘密裏に殺されているね。罪状は国家反逆罪だけど、一族全員殺すような事はしないみたいだね』
やはり殺されていたか。
折角ならば残ってくれていた方が良かったが、あの学園長が動いたのだろうな。
「おおよそは分かります。因みに、去ったのは学園からだけですか?」
「そこまでは聞いていませんね。ですが、余罪があったとは話していました」
「それは学園長がですか?」
「ええ。私はブロッサム家の代理として来ているので、一応と言っていました」
この感じだと、メイド長は最低限知らされただけか。
学園側としても、あの試験官の行方を話すのは避けたいが、侯爵家に対して最低限の礼儀を通さなければならない。
立場上俺はただのメイドだが、後継人は一応メイド長になっていたはずなので、隠す通すことは端から諦めたのだろう。
「リディス様。明日のオリエンテーションですが、何をするかお読みになりましたか?」
「ええ。Aクラスと合同の魔法演習でしょう? それがどうかしたの?」
「試験の時みたいに、派手なことをしないようにお願いします。それと、杖もあれを使うのは無しです」
明日は丸一日Sクラスとの合同であり、午前中は魔法演習で、午後は教師や生徒での模擬戦となっている。
最初から勉強ではなくて実技をする辺り、異世界だと実感するが、魔法少女の時の学園でもそんな感じだった気がする。
まあ学園としても、最初は生徒間での友情を育んで欲しいのだろうし、選択としては間違っていないのだろう。
勉強は机に噛りついてやるのが大半であり、個人でやるものだからな。
「それってどうして?」
「どんな時でも戦えるようにする訓練のためです。それに、格下相手に万全の状態で戦うのは、ただの虐めですからね」
「確かにアインリディス様の実力を考えれば、手加減をしなければただの蹂躙になりそうですね……」
俺の言葉にメイド長も乗っかるが、何故かリディスは不思議そうにしながら返事をした。
リディスは自分がどれだけ強いのかを、上手く理解していない。
本当ならば試験の待ち時間で、他の人の魔法や実技試験を見て比べることも出来たのだが、諸事情で見る事が出来たのはアーシェリアとクルルの二人だけだ。
リディスは、正確に今の自分が他に比べて、どれくらい強いのかが分からないのだ。
魔法の基準が俺やヨルムになっていれば、間違いなく事故を起こす。
一応俺との訓練の時も杖なしでの訓練をさせてはいるが、今回は良い機会なので、しっかりと雑魚がどれ位雑魚なのかを身をもって覚えてもらいたい。
「折角の入学式なので外食でもと思いましたが、外食よりもハルナの料理の方が美味しいので、お願いできますか?」
「分かりました。何かリクエストはありますか?」
「からあげを頼む」
リディスへのやんわりとした忠告が終わった所で、食事の話に変わった。
王都での外食はまだした事がないので分からないが、メイド長が言うならばおそらくその通りなのだろう。
不味い飯を食いに行く位ならば、自分で作った方がマシだ。
そしてヨルムは料理のリクエストの九割が唐揚げなのだが、どれだけ好きなのだろうか?
因みにリディスも八割位がハンバーグなのだが……。
「私はハンバーグが良いわ」
今回もハンバーグみたいだな。
やはり二人共まだまだ子供といった所か。
「でしたら私は、先日の蜂蜜を使ったデザートをお願いします。作る物はお任せします」
「分かりました。少し時間が掛かりますが、大丈夫です」
準備をしてはいないが、何とかなるだろう。
食材はまだまだあるし、買い出しに行く必要もない。
ついでに明日の弁当の準備も済ませてしまうとしよう。
弁当の持ち込みは問題ないと、パンフレットに書いてあったしな。




