第129話:学園生活の始まり
Aクラスでオリエンテーションが行われていた頃、Sクラスでも同じくオリエンテーションが行われていた。
Aクラスは平民や男爵や騎士爵などの、下級貴族の子共も居るため、子供らしい反抗心を持っている子は居ても、かなり緩い空気だったが、Sクラスは違っていた。
ほぼ全員が自身の家に誇りを持っており、悪く言えば差別的な思考を持っている子が多いのだ。
特に今年は王子に公爵家から二人。更に侯爵も数多く、ある意味恵まれた年呼べるほどの貴族が集まっている。
そのせいか、Sクラスの空気はあまり良い物ではない。
「全員居るな。俺が担任になる、ジョン・オブライアンだ。学園に居る間は身分を笠に振舞わないようにな」
「ハッ! それが公爵に向ける言葉か?」
「気に入らないなら親にでも頼ってみれば良い。お坊ちゃまなら簡単だろう? 自分の力じゃあ、俺を追い出す事も出来ない子共なんだからな」
ジョンの言葉にデメテルが鼻で笑うが、返された言葉に顔を赤くする。
デメテルがいくら騒いだところで、ジョンを追い出すことは出来ない。
言われた通り親に頼み、学園に掛け合って貰わなければ無理なのだ。
プライドが高いデメテルにとって、親を頼る事は憚られる事であり、ここで言い返せばジョンの思うつぼである。
「俺の事が気に入らないなら、力で示してみろ。学園の教師としてしっかりと受け止めよう。それじゃあ自己紹介をしてくれ」
Sクラスの方が早く教室に到着したが、これを含め多少のいざこざがあり、自己紹介が始まったのはほぼ同時だった。
廊下側から始まった自己紹介だが、このクラスには二人ほど珍しい人物が居る。
一人は我関せずとパンフレットを流し読みしており、もう一人は緊張しながら居心地悪そうにそわそわしていた。
前者は国を軽く滅ぼせるドラゴンであるヨルムであり、後者は平民であるアントワネットだ。
アントワネットはとある理由で、学園長自らが試験を行い、才能を見込まれて学園へと入学した。
アクマがハルナに内緒にしている何かがあり、その潜在的な能力は計り知れない。
無論、潜在能力を十全に発揮したとしても、アルカナを解放したハルナには勝つことは不可能だが、この世界では最強になれる可能性がある。
「マフティー・オルトレアムだ。首席は逃してしまったが、授業やテストでは一位を取れるように頑張ろうと思う。王子ではあるが、学園では気にせずに話しかけてくれ」
無難な挨拶をしたマフティーは、向けられる拍手を気にせず椅子に座る。
マフティーにも王子としてのプライドがあり、それなりに、首席になれなかったことを気にしている。
せめてリディスが実技試験で圧倒的勝利をしなければ、まだ可能性はあったのだが、リディスが圧倒的な勝利をしているため、覆すにはリディス本人が辞退しなければ無理となった。
主席になれなかったことを気にしてはいるが、デメテルとは違って憎んでもいなければ、嫉妬もしていない。
マフティーが首席になれなかったのは、それはマフティー自身の努力が足りなかったからだと理解しているのだ。
それから数人の自己紹介が続き、アーシェリアの番になる。
「アーシェリア・ペルガモン・シリウスよ。あまり話し掛けないで頂戴ね」
「もう少し何かないのか?」
バッサリと切り捨てるアーシェリアに、ジョンが苦笑いで苦言を呈する。
「無いわね。義務として来ているだけだし、慣れ合わなくても問題ないでしょう」
「まあな。だが、数とは力になる……ってのは君に言っても無駄か」
「分かってるじゃない」
魔法の研究者であり、他国にも伝手があるアーシェリアは学園で人間関係を作らなくても、将来的に困らない。
分かっていた事だが、気難しいアーシェリアにジョンは苦笑いを浮かべる。
だが、アーシェリアは気難しいだけで、問題児になる可能性は今のところ低い。
「デメテル・ペテルギウスだ。ゴミは近寄って来るなよ」
「最低でもこれから一年間は一緒になる相手に、ゴミはないんじゃない?」
「それを決めるのは俺だ」
ペテルギウス公爵家。
今の頃罪に問われる問題を起こしていないと言われているが、それは隠蔽されているだけである。
黒い噂も絶えず、平民は勿論、自分の派閥に属さない貴族にも手を出すのを躊躇しない。
入学試験の場でもクルルに手を出しているが、この程度でデメテルが罰せられることはなく、クルルの実家も何も言うことは出来ない。
死んだならともかく、怪我程度では訴えた所で嫌がらせをされるのが落ちだ。
学園に入学した後ならば教師に頼る手もあるが、頼り方を間違えれば学園での居場所を失う恐れもある。
仮にアーシェリアが動き、それによりシリウス家が動いたとしても、法律で罰せる事が出来ない以上、結果は同じなのだ。
公爵家は国家内乱罪レベルの犯罪を犯さない限り、ほとんどは罰金刑で済まされる。
更に言えば王としても、下手に公爵家の機嫌を損ねたくはないので、手を出しあぐねてしまっている。
そんなデメテルの自己紹介も終わり、窓際の列まで更に進んでいき、ヨルムの番となる。
「ヨルムだ」
面倒くさそうに立ち上がったヨルムはそれだけ言い、あまりにも簡潔だったため、ジョンも止めるのが遅れてしまった。
「それだけか? 何か目標とかは?」
「ない」
アーシェリアやデメテル以上に生徒としての自覚の無さそうなヨルムに、他の生徒から厳しい目を向けられる。
Sクラスで平民は二人だけであり、平民らしからぬヨルムは顰蹙を買ってしまった。
あからさまな様子にジョンは眉をひそめるが、今は何も言うことは出来ない。
この時、ジョンはこれからヨルムが貴族からの虐めの対象になるだろうと予想した。
Sクラスに平民が入る事は、基本的に起こる事はない。
英才教育をされている貴族と、教育がおざなりな平民ではどうしても差が出るのだ。
平民がSクラスに居るという事は、それだけ優れた才能を持っていると同時に、貴族を見下している様なものなのだ。
平民側が弁えていれば、貴族側も虐めを行う事はないが、ヨルムの態度はあまりにも酷すぎた。
如何に優れていようと、数の前には無力なのだ。
なるべくヨルムの事は気に掛けてやろうと、ジョンは心の中で決めた。
まあ、そんな決意は全くの無意味なのだが。
「アインリディス・ガラディア・ブロッサムです。学園の生徒として恥ずかしくないよう、頑張りたいと思います」
「良い挨拶だ。ヨルムも、アインリディスを見習うようにな」
リディスとヨルムの関係を知らないジョンは受けを狙うのを込めてそう忠告するが、ヨルムはやれば出来る子であり、実質的なリディスの剣の師匠はヨルムである。
ヨルムの規格外さを良く知っているリディスは、何馬鹿な事を言ってるのだと、ジョンに心の中で罵倒を送る。
ヨルムの機嫌が悪くなった場合、その被害を受けるのは基本的にリディスなのだ。
そんな周りを気にしないで罵倒をしているリディスだが、リディスへの風当たりはヨルム以上に酷い。
拍手をするのはほんの数名であり、それ以外は疑惑の目を向けている。
リディスの実力を目の当たりにしたのは、時間の関係で殆どが平民や低位の貴族であり、Sクラスに居る中でリディスの実力を見たのはアーシェリアとクルル位なのだ。
人伝や、知り合いから聞いていたりしていたとしても、これまで無魔とされていたリディスが此処に居る事を信じられないのだ。
平民の虐め枠がヨルムならば、貴族の虐め枠はリディスとなる。
侯爵家ともなれば普通なら手を出される事はないが、これまでリディスの悪い噂をしても、ブロッサム家が何も手を出してこなかったせいか、リディスだけは別という考えが蔓延している。
いつもならば周りからの視線にリディスは反応するが、最近自信が付いて来ているリディスは視線を無視して……と言うよりはヨルムのせいで気にしている暇が無かった。
生徒の自己紹介も遂に最後の一人を残すだけとなり、最後となるアントワネットが立ち上がった。
「アントワネット申します。皆さんと仲良く出来るように頑張りたいと思います」
「とても健全的な考えだ。これから頑張ってくれ」
ヨルムとリディスの後なだけあり、アントワネットへの反応は二人に比べれば柔らかいものだ。
理由はそれだけではないが、アントワネットは前に座るリディスへ視線を送ってから椅子へと座った。
「よし、終わったな。Sクラスに居るお前らへの警告って訳じゃないが、年に二回行われる試験の結果次第では、クラスの入れ替えが起こる事がある。クラブ活動や趣味に走るのは構わないが、勉強と訓練を怠らないようにな」
Aクラスでは行われなかった説明だが、中間試験以外にも大きな試験が年二回あり、成績次第ではクラスの入れ替えが発生する。
成績順にクラスが分けられているのは、この入れ替えシステムがあるからだ。
出来ない人間も頑張れも上位クラスに上がる事ができ、出来ない人間はSクラスでも落とされる。
真面目に勉強をさせるためのシステムだが、流石に王族や公爵家の人間の成績が悪かったとしても、Sクラスから落ちる事はない。
いくら学園内では身分が関係ないと言われていても、その学園の上に居るのは身分社会の国である。
学園だからと言って、王族に対して不敬を働く人間はまずいないのだ。
「それと、最初の一週間はオリエンテーションとして、特別授業となっている。他のクラスと合同で行うこともあるが、Sクラスだからって馬鹿な真似をしないようにな。それと、選択授業の教材は購買で買う様に。大体の事はパンフレットに書かれてあるが、分からない事があれば質問してくれ」
試験のこと以外はハロルドが話していた事と同じであるが、ジョンの性格なのか、話はかなり簡潔したものだった。
質問する生徒がいないことをジョンは確認し、Sクラスの初めてのオリエンテーションは終わりとなった。
Sクラスの内、ほとんどの生徒が寮での生活なので、オリエンテーションが終わったからと直ぐには帰らず、身内での話に花を咲かせる。
「先日ぶりねリディス。それと、挨拶は中々のものだったわ」
「ありがとうございます。アーシェ様」
「生徒となったのだから、もっと砕けた話し方で良いわよ。ねえ、ヨルム」
「話し方など意識したことはない。ハルナが何も言わないのならば、我はこのままだ」
アーシェリアはヨルムの物言いを軽く笑い、アーシェリアの後ろに控えているクルルはハルナその事もあり、ヨルムの話し方については無言を貫く。
「そう。それにしても、ハルナが別のクラスだなんて、私の楽しみが減ってしまったわね。理由は知っているかしら?」
「学園の都合とだけ。本人も了承しているようです」
「ふーん。まあどうせ選択授業で会うだろうし、多めに見るわ。それじゃあまた明日会いましょう」
アーシェリアはリディスに軽く手を振り、教室を出て行く。
そこには偶然Aクラスの教室から出てきた、ハルナと出くわす事になるのだが、ハルナは逃げ出そうとしてアーシェリアに捕まった。
「あー、その、アインリディスちゃん?」
「どうかしましたか?」
アーシェリアが去り、帰ろうとしていたリディスをアントワネットが呼び止めた。
「アインリディスちゃんって寮で暮らすの?」
「事情があって家からの通いになります」
「……あれ?」
アントワネットは何かがおかしいといった声を出すが、直ぐに気を取り直す。
「そうなんだ。何かアインリディスちゃんの自己紹介の時、みんなの反応が変だったけど、何かあったの?」
「貴族の間では、悪い意味で有名でして。気になるのでしたら調べてみてください。それではまた明日。ヨルム」
「うむ」
特に気にすることもなく、リディスは理由を話し、ハルナから念話を受け取ったので、リディスは話を切り上げて教室を出ていった。
「うーん。何か違うなー。それに知らない子も居るし、私の知らない何かがあるのかな?」
残されたアントワネットは、誰にも聞かれない程度の声量で呟き、帰りの準備を始めた。
アントワネットにとっては現状は不思議に思う点が多く、とりあえずパンフレットでも読みながら考えることにしたのだ。
「明日は……Aクラスと合同のオリエンテーションか。知っている通りだけど、一応準備しておかないと」
リディスへと話しかけた時とは違い、冷静にアントワネットは考えを整理して、明日どうするかを考える。
反乱を企むデメテルや、唯我独尊のアーシェリア。
とりあえず学園一位を目指すリディスに、やる気のないヨルムとアクマ達に遊ばれているハルナ。
様々な思惑が交差する中、ついに学園生活が始まった。




