第127話:入学式
入学式当日。
いつもより少し早めに朝食を作り、さっさと食べる。
新たに来た臨時使用人の二人だが、監視のわりにしっかりと仕事は出来る様で、屋敷に馴染んでいる。
今の所不穏な動きや空気はなく、本当に監視だけをしている。
敵対行動の一つでも取ってくれれば、殴り込みに行く事も出来るのだが、態々敵対する愚行を取る気は無いらしい。
監視対象はやはりリディスであり、シルヴィーについては把握していないみたいだ。
折角なのでシルヴィーに能力の詳細を聞いた所、シルヴィーは能力によって自分を小石の様な存在感にしているらしい。
そこにあるのが当たり前であり、分かる人間には分かるが、殆どの人間にとっては目にも留まらない物。
小石が何なのか気付いている者には効力が無いが、分からない人間は分からないままになる。
使うためには近くに相応の人が必要らしいが、ぶっちゃけ気付かれないようにするだけならば他にも手はあるらしい。
逃げて隠れるだけならば、神の中でもシルヴィーが一番だそうだ。
さて、現実逃避はそろそろ止めて、現実に向き合うとしよう。
「ふむ。メイド服程ではないが、これも悪くはない。ハルナよ、どうだ?」
「似合ってはいますよ。はい」
メイド服は仕事と割り切れるようになってきたので、最近は何も感じる事は無かったが、新ためて完全に女性ものの服を着るとなると、やはりげんなりとしてしまう。
とある英国を舞台にした魔法使いの物語みたいなローブならまだしも、ブレザーっぽい感じである。
メイド長が着ているメイド服とかもだが、一部の技術は結構進んでいる。
神によって完全管理されている世界なので、核爆弾レベルの兵器は産み出されないようにされているが、冷蔵庫モドキや設置式のオーブンが普通にある。
製糸技術は上がったところで兵器にはなり得ないし、魔導具は危ないかもしれないが、小型化する技術が発展しなければ、見つけ次第壊すことが出来る。
バランスは取れているのだろう。
『もう直ぐ時間だよ』
(分かっている)
制服に着替えて、服の中に鎖を出しておく。
念のため鏡で身嗜みのチェックを行い、髪を結んでポニーテールにする。
本当ならばさっさと着替えてリディスの所に向かわなければならないのだが、リディスは入学式のリハーサルのため、メイド長と一緒に、先に学園へ行ってしまってる。
また門のところで、アーシェリアに出待ちされているかもしれないが、そろそろ行くとしよう。
「準備も出来ましたので、そろそろ向かうとしましょう。クラスが別になりますので、基本的にリディスの事はお願いします」
「任せておけ。メイドとしての仕事をやり遂げて見せよう」
ヨルムはやらないだけで、やろうとすればやれる人間……ドラゴンだからな。
サタンでも現れない限り、リディスが即死することはないだろう。
「もう時間だよ~」
「……そうですね」
当たり前の様にシルヴィーが用意された馬車に乗っており、一緒に学園へと向かう。
入学式なんてさっさと終わらせて、コーヒーでも飲みたいものだ。
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ローデリアス学園の入学式。
オルトレアム王国の国内からだけではなく、他国からも学生が訪れるため、毎年大勢の子供が入学してくる。
敷地はとても広く、寮やちょっとした店すらも学園の敷地内にあり、学園から出なくてもそれなりの生活が出来る。
そんな学園の大講堂にて、リディスは緊張を隠すために、目を閉じて椅子に座っていた。
リハーサルは問題なく終わったものの、いつもの一緒に居るハルナやヨルムは後から来るため、どうしても一人で待つ必要があった。
首席入学であるため席は前でなければいかなく、リディスはハルナの性格からして、後ろに座っていると睨んでいる。
そして運が悪い……と言うよりも、必然的な事ではあったが、リディスには入学試験の事を含めて様々な噂が立っており、隣の席に座る生徒は今の所誰も現れていない。
曰く、魔法が使えないと偽っていた。
曰く、悪魔と契約して大いなる力を手に入れた。
曰く、誰かと入れ替わった。
他にも噂があり、今のところ噂はリディス本人まで流れてきていないが、噂を知っている人はかなりの数が居る。
一人で座っている状態とは気にする人は気にするが、一人に慣れているリディスにとってはそこまで苦にするものではない。
そんなリディスに近付く影が、一つだけあった。
「隣良いですか?」
「どうぞ。誰かを待っているわけではないので」
輝く金髪をストレートで流している少女は、リディスに一声かけてから座る。
ニッコリと笑顔を浮かべている顔は、人を惹き付けるような魅力がある。
「私はアントワネットって言うんだけど、あなたは?」
姓を名乗らないことで、貴族ではないとリディスは思い、どうするか考える。
個人的な考えとして、アントワネットと話す事については嫌ではない。
入学式が始まるまでは暇であり、ハルナに念話を送っても、頑張ってと一言だけ言われてからは無視されている。
暇をつぶす相手としては、丁度良いと言えるだろう。
だが、貴族としてはあまり平民と親しくするのは良くない。
何より、リディスは自分が他から嫌われていると理解しているし、最近はそれでも良いと心変わりを始めていた。
それはある意味リディスの心が強くなったと同時に、脆くなったからだ。
リディスは一種の英雄願望と、破滅願望の両方を持っていた。
死ぬまでの間に、少しでも誇れる自分でありたい。
そんな思いを秘めていたが、最近は順風満帆……ハルナにより虐待レベルの訓練が少なくなり、色々と考える時間が増えて、考えが変わって来た。
今も自分の寿命が長くないと思い込んではいるが、皆に認められたい願望はハルナに認められたい、周りの有象無象などどうでも良いと考える様になった。
他人に褒められるのは勿論嬉しいが、それよりもハルナに褒められたいと思っている。
そして、出世欲や英雄願望はほぼなくなり、ただ強く有りたいと思い始めもしている。
だが、亀裂を生むような行いは、父親であるバッヘルンが悲しむとも知っている。
貴族らしい貴族であるバッヘルンは、平民と馴れ合おうとはしない。
無論相手が有能であればまた別だが、貴族が上で平民が下という考えが変わることはない。
「アインリディス・ガラディア・ブロッサムよ。座るのは良いけど、あまり大声を出さないようにしなさい」
「あ、ごめんね」
「そこまで気にしなくて大丈夫よ。元気があるのは良いことだもの」
貴族としての仮面を被りながらも、威圧しないように注意しながらリディスは話す。
アントワネットは注意された事で、少し畏縮するが、直ぐに元気を取り戻す。
「褒めてくれてありがとう。みんな声をかけても、自己紹介をしたら直ぐに逃げちゃうんだけど、アインリディスちゃんは何でか知っている?」
リディスはアントワネットの話し方に表情を変えそうになるが、直ぐに冷静になる。
学園は表向き身分を気にしていないし、リディスとしてはアントワネットの話し方に思うところはないし、外でならまだしも、学園で注意するのはあまりよくない。
アントワネットが話しかけた相手は全員貴族であり、その中に入学式で問題を起こそうなんて馬鹿が居なかったため、皆直ぐにアントワネットから逃げたのだ。
「クラスがまだ分からない段階で仲良くなっても、直ぐに分かれてしまったら悲しいでしょう? 同じ学年でも、クラスが違うだけで会うのは大変だもの」
「あっ、確かにそうだわ。教えてくれてありがとう!」
「嬉しいのは分かるけど、もう直ぐ始まるから、静かにしておいた方が良いわよ」
「……ごめんなさい」
驚いた表情を浮かべた後、アントワネットは謝った。
入学式が始まるギリギリの時間にやっとリディスのもう片方の席も埋まり、大講堂が少し薄暗くなる。
「ローデリアス学園への入学おめでとう。わしは学園長のガブリエル・ボワイエだ。これから君達は沢山の事を学び、様々な体験をするだろう……」
学園長のとても長い話にリディスが欠伸を噛み殺していた頃、ハルナは隣にヨルムとアーシェリアを座らせてアクマやエルメスと暇潰しをしていた。
いや、正確には二人から注意を受けていた。
ハルナにとって学園はどうでもよく、基本的に気分で過ごそうと考えている。
だが、それでアクマがつまらないし、ハルナが本気を出せば、授業を受けずにテストで満点を出すことも出来る。
なので、最低限ハルナがしなければいけない事と、してはいけない事をみっちりと教え込んでいるのだ。
残念な事に、ハルナは姉を幼い頃に失い、それに伴い親も早く無くした事と、更に遺産の関係でまともな学校生活を送る事が出来なかった。
魔法少女になってからの学校も、魔女の襲撃により半年もせずに退学することになり、まともとは呼べない。
今回この世界に居るのは、慰安のためだ。
なので、当たり前というものをハルナに知ってもらおうと画策している。
ハルナからすればありがた迷惑だが、今回の件は自分が悪いと理解しているため、渋々アクマ達に付き合っている。
そんな感じにハルナが時間を潰していると、いよいよ首席入学者。つまり新入生代表のあいさつの時間となった。
今この場に居るモノで、リディスが首席だと知っている者は案外少ない。
何故ならば、ほとんどの人が調べる事もせず、第四王子が首席だと思っているからだ。
しかし、呼ばれた者の名は……。
「――続きまして新入生代表のあいさつとなります。今年度首席入学者。アインリディス・ガラディア・ブロッサム」
「はい」
立ち上がったリディスは、周りからの反応を無視して壇上に上がる。
来賓として来ている大人たちは注意深く観察し、入学生たちはのほとんどはどうしてと考える。
この中で純粋にリディスの首席入学を喜んでいる者は少なく、嫉妬や嫌悪にも似た感情が渦巻き始めた。
これがマフティーやアーシェリアならば、こんな視線を受ける事はなかっただろう。
壇上に上がったリディスは、一礼をしてから打ち合わせ通りに挨拶を読み上げる。
それはどこまでもありきたりなものであり、違和感のないものだ。
入学おめでとう。これから頑張ろう。学園の生徒として恥ずかしくない生活をしよう。
そんなものだ。
リディスが目指すのは模範であり、ここで自分の気持ちを爆発させるような真似をする気はない。
その様子をアーシェリアはつまらなさそうに眺め、挨拶が終わると共に拍手をする。
中には拍手をしないものもいるが、公爵であるアーシェリアや王子であるマフティーが拍手をするため、渋々と拍手の音が増えていく。
そんな中ハルナは拍手をせずに、頭の中に響く姦しい声アルカナ達の声に、うんざりしていた。




