第126話:ペット兼護衛
「こ、この様な魔法があるのだな……」
「厳密には魔法と呼べるかは不明ですが、ここからはあまり話さないように」
例の空き家へと帰ってきて、再び万事屋を目指す。
転移を行っているのはアクマであり、それはアルカナの持っている基礎能力だ。
魔法というよりは、権能と呼んだ方が合っているだろう。
魔力の無い世界でも使えるらしいし。
ついでに俺の魔法も、魔力がない世界で使うことが出来る。
魔法少女の時はその世界の制約を受けず、更に魔力は供給されているので、無制限に使える。
一応世界に魔力がない場合は、魔法の威力が完全に俺依存になってしまうデメリットがあるが、どうせ魔女と戦う時は結界の中なので問題ない。
人混みを縫うようにして歩き、万事屋に入って二階に上る。
万事屋を出てから二時間も経っていないので、相変わらず混んでいる。
カードを見せれば並ばなくても良いかもしれないが、どうせ時間的な余裕はまだまだあるので、時間を潰すついでに並ぶ。
肩の上に居る妖狐に対する反応はマチマチだが、あからさまに狙っている奴が数人居る。
単純に小さくなっただけで、尻尾の数は変わっていないので、知っている人は知っているだろう。
……いや、狙っているというよりは、恐れているのか?
変な感じの視線だ。
まあもう俺の番になるし、妖狐は此処で預けてしまうので、問題ないだろう。
「いらっしゃいませ」
「此方のカードと、この袋の魔石の買い取りをお願いします」
「しょ、少々お待ち下さい」
カードを見た店員は慌てて下がっていき、暫くポツンと待たされる。
受付自体は他にもあるから完全に列が止まる事はないが、せめて他の人に変わったりした方が良いのではないだろうか?
カードだけ持って行かれたので、袋はカウンターの上に置かれたままだし。
「お待たせしました。裏の部屋にお願いします」
「分かりました。袋は持って行っても?」
「あっ……はい、大丈夫です」
五分ほど待っていると、店員が帰って来た。
どうやら完全に頭から抜けてしまっていたようだ。
妖狐も小さくため息を吐いて呆れている。
再びメーテルと話をしていた部屋に入ると、既にメーテルが座っており、俺を見て僅かに目を開いた。
「その肩におるんは、もしかして天狐……いえ、妖狐どすか?」
「はい。諸事情で捕まえたので、かえで達の護衛に使って下さい。あまり強くはありませんが、役に立つでしょう」
「よわ……思うとったよりも、ハルナはんは強いみたいどすなぁ。その袋が魔石どすか?」
「はい。それと、余剰分はこいつの食費に当てて下さい」
テーブルの上に袋を置き、出されたお茶を飲む。
メーテルは袋から魔石を取り出すと、一つずつ確認していく。
これは少し時間が掛かりそうかな?
(妖狐って魔界でどんな立ち位置なんだ?)
『そこそこの強さを持っている魔物だね。強さ的に言えばサタンの千分の一位だね。ただ、天狐に進化すれば、百分の一位になるね。ついでにメーテルみたいな狐系の種族は天狐を崇拝したりしているよ。ついでに、天狐になれば普通に話せるようになるみたいだよ』
なるほど。サタンを例に出されるのは微妙だが、ざっくりと分かった。
「ふむ。バイコーンと、その上位種の魔石どすか。全て傷なしの高品質やさかい、しめて六十五万円になるなぁ。どうすしやす?」
普通の買い取りならばここで値段の交渉などをするのだろうが、生憎一々値段を吊り上げなければならない程金には困っていないし、魔石だけの値段ならばアクマによって把握できている。
あまりにも馬鹿げた値段でさえなければ、それで良い。
「構いません。それでお願いします」
「……おもんない人どすなぁ」
「私は商人ではないですからね。値段も的外れという程でもないですから」
金持ち喧嘩せずの言葉通り、ぼられなければそれで構わない。
「それと。こいつをお願いします。後はこの人の言うことを聞いてください。その内また来ますので」
「分かった。それと、改めて感謝しておく」
肩に乗っていた妖狐はテーブルの上へとジャンプし、メーテルに向かって一鳴きする。
妖狐の頭を撫でようとメーテルは手を伸ばすが、手を叩かれて避けられる。
メーテルの頭に生えている狐耳が少し垂れたので、悲しんでいるのだろう。
「この子の名前は何どすか?」
「かえで達に名付けさせて下さい。その方が彼女達にも愛着が湧くでしょうから」
立ち上がり、一礼してから部屋から出ていく。
ラウネに会った段階で、素直に帰っておけば良かったかも知れないな。
今度こそやることは無いし、帰る前に山で作った温泉モドキに、入りに行くとしよう。
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温泉モドキで気晴らしついでに、アクマに嫌がらせをして、から屋敷へと戻る。
精神的な疲れからか長い事案湯船に浸かっていたが、何とか夕飯を作る時間までには帰ってくる事が出来た。
「帰ってきましたか。少し宜しいですか?」
屋敷へと入り、夕食の準備のために厨房へ入ろうとすると、メイド長が先に厨房で待っていた。
何やら用事があるようだが、どうしたのだろうか?
「大丈夫ですが、どうかしましたか?」
「臨時ですが二人程使用人が増えたので、準備する食事の量を増やすようにお願いします」
「わかりました。ですが、急にどうしたのですか?」
「それが私にもなんとも。先代当主様と大臣からのお達しでして、無下にすることも出来ないのです」
メイド長は困った様子ながらも、流石に相手が相手のため、何もする気は無いらしいな。
しかし、先代当主ってまだ生きていたんだな。
メイド長の言い方からするに、先代当主はこの王都に住んでいるのだろう。
だが、何故急に…………ああ、正面から来いって言ったのを真に受けたのか。
探ろうとしてくる相手も悪いが、一応俺が原因か。
住み着かないで通いで来れば良いのに、面倒なことをしてくれる。
「分かりました。今から夕食の準備を始めますので、ヨルムを見つけたら来るように伝えてください」
「はい。迷惑をかけますが、お願いします」
軽く解釈をしてからメイド長は厨房から出て行き、広い厨房に俺だけが残される。
今日の夕食だが、折角蜂蜜を手に入れたので、これを使おうと思う。
蜂蜜はお菓子や砂糖の代わりに使うだけでなく、肉や野菜にも相性が良い。
今回作るのは、ハニーマスタードチキンだ。
蜂蜜が甘すぎるので少し調整が必要だが、辛みを押し出すようにすれば大丈夫だろう。
いつも通り鎖で器具やら材料やらを運び、下準備をしている間にヨルムが来たので、パンを運ぶのと食器の準備をお願いする。
肉を焼きながら適当にトマトをぶちこんだスープを作り、片手間にコーヒーを飲んで精神を落ち着かせる。
コーヒーならば料理への匂い移りを気にしなくて良いので、料理をしながら飲んでも問題ない。
何なら一部の料理では、コーヒーは隠し味として使われる事がある。
「全て運び終わったぞ」
「ありがとうございます。もう出来るので、少し待っていてください」
「うむ」
焼き終わった奴から順番に盛り付けていき、トマトスープとセットにしてカートに乗せていく。
先に使用人達の分を運ばせ、その後にリディス達の分を運ばせる。
食堂に行けばいつものメンバーが座っており、珍しそうに料理を見ていた。
リディスが食べ始めたのを合図に、俺達も食べ始める。
「これまた一風変わった味ですね。甘いながらも肉の旨味を引き立てています。それに、これだけ美味しい蜂蜜は初めてです。どこで手に入れたのですか?」
食べ初めて早々にメイド長が驚嘆の声を上げる。
前回の肉と同じく、この蜂蜜も出所を話すことは出来ないので、適当に誤魔化すしか……いや、擦り付けるのに丁度良い人材がいたな。
「リリアさんからのお裾分けです。今日店に邪魔した際に、上司から貰ったものと言っていました。量はそれなりにありますが、買うのは難しいかと思います」
「……なるほど。そういう事ですか。確かにそれでは、定期的に買うのは難しそうですね。今度この蜂蜜でお菓子を作って貰えますか?」
後で蜂蜜クッキーや、ちょっとしたお菓子を作る予定だったので、メイド長のお願いを聞くのは問題ない。
他三人がメイド長の言葉に釣られて、俺に期待の眼差しを向けている事については少しイラつくがな。
「後で日持ちするクッキーを作ってお届けします。残りの蜂蜜に付きましては、私が管理して宜しいですか?」
「ハルナが頂いた物ですので構いません。……少しだけシルヴィーナロス様に配慮していただけるとありがたいですが」
シルヴィーの視線に負けたのか、メイド長は言葉を付けたした。
俺としてもあの量の蜂蜜を一人で消費することは無理なので、その内食わせる事にはなるだろう。
だが、欲しいと言われて言われた通りあげるのは俺の性に合わない。
「目に余る行いをしないのでしたら、善処しようと思います。相手が誰であれ、タダで食べさせるのは駄目ですので」
「皿洗いは任せてよ~」
何やらメイド長が微妙な顔をしているが、神にだって性格がある以上、欲望には抗えないのだ。