第125話:第二のペット
「まあええでしょう。さて、自己紹介してもろうても?」
メーテルは手に扇子を当てて畳み、スッと一番端に座っているローザを指す。
「ろ、ローザです。これからお願いします」
「リーネです。よろしくお願いします」
「かえでって言います。これからお願い……します」
「ノーラです」
扇子で一人ずつ指し、終わり次第次へと変えていく中、俺だけ飛ばされる。
当たり前ではあるが、少しだけイラっとした。
「次第点どすけど、まあええでしょう。後の面倒は見るさかい、ハルナはんは帰って貰うてええどすえ」
少しメーテルで遊んでみるのも良いが、今回は名前のせいでやる気も出ないし、素直に帰るとしよう。
早く帰って、コーヒーを飲みながら全てを忘れたい。
……いや、先に魔石の回収をやっておくか。
一ヶ月以内で良いと言ったが、早くやっておくに越した事は無い。
「分かりました。因みにですが、魔石は五十万円相当なら何でも良いですか?」
「ふむ……いけますえ。勿論それ以上やったら、差分はしっかりとお支払いしまひょ」
言質は取れた。
「分かりました。それでは私はこれで。かえで、たまに様子を見に来ますので、これからは真面目に生きるのですよ」
「は、はい。ありがとうございます! 掛ったお金は絶対返しますので、本当にありがとうございました!」
立ち上がって帰ろうとすると、後ろから大きな声がしたので、顔だけ振り返る。
今になってようやく自分達の状況を理解できたのか、かえでは涙を流しながら頭を下げてきた。
それをメーテルは何も言わずに見つめる。
面倒だし、無視して帰ろう。
声をかけず、扉を開けてそのまま……。
「渡し忘れた物がおました。うちに用事がある時は、そのカードを見せてくれやす」
投げ飛ばされカードを鎖で受け止め、廊下に出る。
さらっと嫌がらせをしてくる辺り、正に狐みたいな奴だ。
カウンターから出る際に硬貨を渡されたが、これが二十万円相当の、魔界の通貨なのだろう。
さてと……。
(アクマ)
万事屋から出て、人気のない方に向かって歩く。
『ほど良く強くて群れで居るのと、とても強くて個別で居るのはどっちがいい?』
選択制だが、こういった時は大体片方が外れだ。
それはヨルムの時で証明されている。俺としてはなるべく強い相手の方が良いのだが、それは罠だ。
ここは無難に複数体を狩るのが正解だろう。
それに、一個五十万円する魔石は俺基準では普通でも、メーテルにとっては困るものになるだろう。
(群れの方に送ってくれ)
『りょうかーい』
かえでたちが住んでいた空き家に入り、無駄に元気なアクマと返事と共に視界が切り替わる。
転移した先は草原で、遠くに複数の魔物が見える。
いや、悪魔かもしれないが、どっちでも変わらないから良いか。
(あれか?)
『そうだよ。名称はバイコーンとエンペラーバイコーンだね。此処からじゃ分かり難いけど、一番体格が良いのがエンペラーバイコーンだね。丁度狩りをしているみたいだし、倒すには丁度良いんじゃない?』
相手が強いならばともかく、雑魚に対して不意打ちを仕掛けるのはあまりな……。
まあどちらにしても一撃だし、結果は変わらんか。
魔法少女に変身して、翼を生やして空を飛ぶ。
バイコーン達の数は十匹位で、一匹の魔物を追い立てている。
尻尾の形状的に犬か狐っぽいが、尻尾が三本あるので、多分狐系統だろう。
(確認だが、あの食われそうになっている魔物の名前は?)
『妖狐だね。尻尾の本数からするに、成長途中みたいだね。バイコーンの数匹なら簡単に倒せるだろうけど、あの数じゃあこのまま食べられて終わりだろうね』
魔物の生態なんてどうでも良いが、先程狐の獣人? であるメーテルに会っていたのと、戦意が湧かないので、皆殺しにするのも忍びない。
一応助けてやるとするか。
軽く火の魔法で殺す……のは草原だし止めておこう。
いつも通り氷で良いか。
「降り注ぐ氷の死」
バイコーン達は妖狐を取り囲むように展開しているので、妖狐を中心にして魔法を放つ。
やる気がないせいか、込めた魔力に比べて魔法が弱いが、誤差の範囲内だ。
バイコーン達は俺の魔法に気付いて抵抗しようとするが、血飛沫を撒きながら地面へと縫い付けられ、その命を散らしていく。
妖狐はその場で固まって動かないが、そのまま終わるまで動かない事を祈ろう。
死ななければどうにかなるが、死ねば治すことは出来ないからな。
ほとんどのバイコーンが死していくなか、エンペラーバイコーンは魔法を駆使して抗っている。
少しばかり魔法が弱かったようだな。
いたぶる気は今日はないので、さっさと殺してしまおう。
「救いを与える天の雫」
一際小さい、水滴の様な氷がエンペラーバイコーンに当たると、その大きな身体を瞬時に白く染め上げる。
氷像となったエンペラーバイコーンは、魔石だけを残して砕け散り、風によって流されていった。
ふむ……素材は面倒だし、死体は全部凍らせて砕いてしまうか。
魔力的には燃やす方が低燃費なのだが、草原で火は危ないからな。
生草とは言え、延焼したら面倒だ。
地上に降りて、固まっている妖狐に回復魔法を掛けてから魔石を拾い集める。
妖狐は結構ピンチだったらしく、足の骨が見える位の負傷をしていた。
後数分遅ければ出血によって死ぬか、もしくは動けなくなって殺されていただろう。
ただ、血で汚れていたので毛皮も綺麗に治して思ったのだが、何故狐なのに薄いピンク色なのだろうか?
黄色とか白系ならば分かるが、薄いピンクとは生態系としてどうなのだろうか?
もしかしたら狐じゃない可能性もあるが、近くで見た限り、顔つきは狐のそれだ。
凍らせて砕いては魔石を拾う作業を続けるが、途中でふと手を止める。
元の状態に戻って、鎖で抜き取った方が早いのではないだろうか?
魔法少女の時は、攻撃系以外の魔法は扱うのが面倒なので、攻撃以外の事を忘れがちになってしまう。
狐の生態について考えていたせいなのもあるが、非効率的な事をしていたな。
まあ残りは後二体分だし、このまま凍らせて砕けば良いだろう。
これが悪魔ならば、肉体は塵となり、魔石だけが残って処理が楽なのだが、
悪魔は基本的に群れないらしいので仕方ない。
残りも終わらせようと身体を動かし始めると、ローブを引っ張られた。
振り返ると、先程の妖狐が控え目にローブの端を爪で引っ掛けていた。
そこらに居る狐とは違い、体長だけでも二メートル位あり、尻尾も入れれば三メートルはある。
つまり、バイコーンが集団で襲って食べる価値がある位大きい。
「……何か?」
「ク……クゥゥ」
ふむ……ふむ。
(翻訳できるか?)
『妖狐は知能が高いから、出来るは出来るけど、違和感が凄いよ?』
(やれるなら頼む。少し思いついたことがあるんでな)
『了解。こっちでそれっぽくやるよ』
アクマの適当な返事程信用できないもは無いが、最低限分かればそれでいい。
「何か用ですか?」
「なぜ、何故私を助けた? その強さならば、私諸共殺せたはずだろう?」
「理由はないですね。お腹が満腹ならば、目の前の餌を食べないでしょう? そして、目の前にゴミがあれば、掃除したくなるものです」
「私を愚弄するというのか!」
「死にたいならば殺しますが、私に恩を感じているというなら、一つお願いがあります」
アクマの言っていた通り、口の動きと聞こえてくる内容が全くあっていない。
これならば念話の方が良かっただろうか?
いや、後々殺すならばともかく、殺す予定は無いので、下手な事はしない方がいだろう。
妖狐は一度激昂したものの、直ぐに大人しくなり、俺に目線を合わせる。
「……助けられた恩がある。可能な範囲内ならば呑もう」
「あなたが恩を返せたと思うまでの間、とある子供達を見守っていて欲しいのです。死ぬ直前までは手を出さなくて良く、食事については此方で用意します」
「……その程度ならば構わん」
「因みに小さくなれたりしますか?」
「無論だ。これでも私は百年以上生きている。その程度の術は他愛ない」
小さくなれるなら問題ないな。
この巨体では部屋で飼うなんて無理だし、護衛としても都合が良い。
強さもヨルムみたいに頂点ってわけでもないし、死なれても困らない。
それに、先程の戦いみたいに諦めない根性は、中々得がたいものだ。
それなりに役に立ってくれるだろう。
「それならば、小さくなって見てください」
「分かった」
ヨルムの時とは違い、妖狐を包むように煙が立ち込め、煙が張れると猫くらいまで小さくなっていた。
良い感じに小さいな。
アクマもこれくらいの可愛らしさがあれば、少しは俺のイラつきも無くなるだろうに…………いや、変わらないか。
「その小ささなら大丈夫ですね。移動するので肩にでも乗ってください」
おっと、ついでに変身も解いておこう。
「む……貴様はもしかして魔族ではないのか? 何やら感じる魔力が私の知っているものではない」
狐なだけあり、観察眼に優れているようだな。
野性の勘って奴かもしれないが、護衛としては役に立つだろう。
「私は魔界の者ではありませんからね。それよりも、早くしないと置いていきますよ」
「わ、分かった」
残りの魔石を鎖で抜き取り、袋に放り込んでおく。
そして妖狐が肩に乗ったのを確認してから、転移した。




