第123話:アクマの八つ裂き。エルメスを添えて
かえで。日本人が聞いて最初に浮かぶのは木の楓だろう。
俺に取っては色々と、因縁のある名前である。
この世界にいる間は、他人からこの名前を聞く事になるとは思っていなかった。
歯応えのある敵が名乗ったならば、今みたいに萎えることはなかったが、雑魚が相手では俺とフユネの闘争心は、ライターの火よりも小さくなる。
いっそのこと殺してしまっても良いが、そのやる気すら湧いてこない。
三人の鎖を解いて、そのまま平屋から出て行く。
気晴らしにサタンでも襲いに行くのも良いかもしれないな?
殺し合いをしなければ、シルヴィーも文句を言わないだろうし。
「あ、あの! これ忘れています!」
外に出て直ぐにかえでが袋を持って追いかけてくるが、無視して歩く……が、服に縋りついてきた。
その後ろでは三人が見守っているが、何も言わずに帰ってくれないだろうか……。
三人目の名前も気になるが、それよりも今はコーヒーでも飲んでリラックスしたい。
「それはあなたにあげますので、自由にして頂いて結構です。盗んだ件も不問とします」
「え、でも……さっきは……」
まぶたが腫れ、今にもまた泣き出しそうなかえでが服を強く握ってくる。
その手は震えを止めるためにか強く握られており、この服でなければ皴が残っただろう。
「ただの脅しですよ。それにそんな生活をしていれば、遅かれ早かれ私の様な存在が来るのは目に見えていたでしょう? これからは犯罪に手を染めずに生きなさい」
「……」
無理矢理手を引き剥がし、良さそうな裏路地を探す。
人の通りが少ないとは言え、騒ぎを遠巻きに見ている奴がいるので、直ぐに転移でいなくなるのはあまりよくない。
態々騒ぎを起こしたいわけではないし、ちょっとした気の緩みが騒動に繋がることを身をもって知っている。
穏便に事が済むならば、その方が良い。
「……何か?」
歩き出して直ぐに、簀巻きにしなかった三人目の子供が俺のスカートを掴んできた。
何の因果か知らないが、どうせこいつの名前も破滅主義派の誰かなのだろう。
「私達を助けて下さい」
「リーネ!」
リーネ……リーネ……リンネか。
また嫌な奴の名前だな……ロックヴェルトの名前が出るのと同じ位嫌な感じだ。
まあかえでが居るのだし、リン……リーネが居ることは何ら不思議なことではない。
魔女である別世界の楓との戦いの後、破滅主義派と呼ばれる構成員の内二人だけ生き残った。
それが魔法少女リンネと、魔法少女ロックヴェルトである。
リンネは日本のランカーであるジャンヌさんと同じく、回復魔法が使える希有な存在だ。
戦闘力はないが、色々と厄介な奴だった。
向こうの世界に戻ることがあれば、一度顔を出そうと思ってはいるが、魔女の居なくなった世界で何を想っているのやら……。
まあ、だからだろう。リーネの助けてと言う言葉が妙に胡散臭く感じてしまう。
それに、俺にこいつらを助けるメリットは何もなく、二十万円をポンと渡すだけ有情だろう。
「離して下さい。私ではなく、国にでも言って下さい。どんな法律か知りませんが、無視される程ではないでしょうからね」
「……じゃああれを渡すから依頼を受けて」
リーネが指差す袋は既に俺があげた奴なので、渡すから依頼を受けろというのは一応筋が通っている。
たが、俺はギルドに登録していないし、受ける理由がない。
「受ける理由がないですね、それに私よりも、正規の所に依頼した方が信用性があるでしょう」
「誰も受けてくれないもん。私達なんて誰も助けてくれないもん」
「ふむ……それはお金を払ったとしても?」
かえでの方に視線を送ると、コクリと頷く。
見るからに浮浪子である、かえでたちを助けるような奴が居ないのは当たり前か。
多分俺が去って暫くすれば、俺達の会話を盗み聞きしている誰かが、かえでの持っている袋を奪うだろう。
端金程度ならば無視されるが、それなりの額ならば殺してでも奪うと考える奴が現れてもおかしくない。
立ち去ってしまえば、後でどうなろうと関係ない。
俺の前でなければ、死んでも構わない……それをリーネは察したのだろうか?
この場でフユネを解放して、一切合切破壊するか?
……………………はぁ。
「分かりました。話だけは聞きましょう。さっさと家に戻りなさい」
「えっ、うん……」
かえでは少し呆けながら頷き、リーネが俺のスカートを引っ張っる。
俺の根は、やはり姉のせいで甘いらしい。
『流石ハルナだね。よっ! 人ったらし!』
(後で蜂蜜に漬けてヨルムに食わせてやろうか?)
『……流石ハルナだね。よっ! 人でなし!』
後でアクマをエルメスと一緒に八つ裂きにするとして、今はこいつらの話を聞くとしよう。
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先程簀巻きを3つ作った平屋だが、此処はかえで達の家ではなく、ただの空き家らしい。
勿論かえで達には、親やそれに準じる大人などおらず、細々とゴミを漁ったり。小銭を拾って生活をしていた。
ならば何故今回に限って盗みをしたかだが、そろそろ生きるのが限界だったそうだ。
いや、言い方が悪いな。かえでが変態に目を付けられたので、この街から逃げるための金が必要になったのだ。
かえでだけ逃げるならばともかく、かえでよりも幼い三人も一緒となると、着の身着のままとはいかない。
それなりの金を奪って、足が付く前に逃げる。
そして大人から盗むのはリスクが高いと思い、身なりの良い子供を狙った。
それが事件の顛末だ。
学もスキルもない女の子供なんて奴の未来は身売りくらいしかないので、今回の件がなくても時間の問題だったろうに……。
さっさと諦めて捕まっていれば、俺が捕まることもなかっただろうにな……。
(魔界に孤児院とかあるのか?)
『うーん……あるにはあるけど、問題を抱えてるのが殆どだね。四人が死んでも構わないなら別だけど』
(そこまで落ちぶれてない。少しでも俺に関係があるなら、見殺しにする気はないさ)
俺の知らないところで死ぬなら良いが、俺が何かしらした後に死なれるのは、流石に目覚めが悪い。
とは考えてみるものの、どうしたものか……。
こいつらを地上連れて行くことは出来ないし、かといってほったらかしにすれば、その内変態によって鎖に繋がれる事になるだろう。
今日中にこいつらが安全に暮らせる場所を用意しなければならないが、魔界の伝手なんてクシナヘナス位しかない……流石に頼ることは出来ないが。
後はサタンも居るが、一応王なのと、流石に子供を押し付ける先としては論外であり、スラムの方は…………まああそこが一番妥当な所だろう。
臓器売買とか薬を売っている訳ではなさそうだし、金さえ払えば子供四人程度の面倒を見てくれるかもしれない。
後は適当な森の近くに小屋と囲いを作って、襲われないような環境を作ってやるかだが、魔界でそれは大丈夫なのか不安が残る。
……決まりだな。
「話は分かりました。最低限生活できる場所に連れていくことを約束しましょう。ですが、面倒を見るのは最初だけです」
「……ありがとうございます」
四人揃って頭を下げ、顔から絶望の色が完全になくなる。
子供の癖にそれなりの言葉使いが出きるし、多分大丈夫だろう。
「先ずはこれを換金しに行き、それから出発します。行きますよ」
「うん!」
ローザが元気よく返事をし、俺が立つとリーネが服を掴んできた。
文句を言っても離れないだろうし、無視で良いだろう。
平屋を出てから先ほどの道を辿り、再び万事屋にやってくると、最初よりも奇異な目で見られるが、無視してさっさと二階に上がり買取り所へ向かう。
少し並んでいるが、まあ良いだろう。
「いらっしゃいませ。何の買取りになりますか?」
「こちらの魔石の買取りをお願いします」
「承知しました。此方の番号札でお待ちください」
新たなスリが現れたり、割り込まれたりすることもなく順番が来たので、店員に袋を渡す。
周りを見た感じだと、素材系統を売りに来ている人が多いな。
此処はギルドって訳でもないので、もしかしたら魔石は魔石で別で売った方が、買取り価格が高かったりするのかもな。
しかし、魔界の癖に行儀が良いというか、店員も含めて普通過ぎる。
何ならサタンの所よりも、全体的に綺麗だ。
強欲の悪魔とされているのだから、住んでいる悪魔ももっと強欲的な奴が多くてもいいと思う。
それを言ったらサタンの所なんて尻に引かれていたし、娘は憤怒の悪魔に相応しい感じだったが、コックのライネなんてあれだからな。
「番号札二十六番のお客様ー」
四人揃って椅子に座っていると、俺の持っている番号が呼ばれた。
さっさと貰うもの貰って、この三人を預けるとしよう。