第122話:スリにはご用心
笑って煽ってくるフユネを無視して元の姿に戻る。
奴は温まってすらいないと言ったが、しっかりと圧が弱まっているので、ただの嫌がらせで言っただけだろう。
まあフユネの圧が弱まった代わりに、レイティブアークが駄々をこねている感じがするが、勿論無視である。
『おっ、随分集まったみたいだね。これなら買い物に困る事もなさそうだよ』
(これってどれ位の金になるんだ?)
『ハルナの時の相場で言うと二十万円位だね。変な物を買わない限り問題無いだろうね』
二十万あれば、そうそう困ることはなさそうだな。
魔物や悪魔が居てくれるおかげで、稼ぐのが楽だ。
もしも魔物や外敵のいない世界で、魔女と戦うことになったら、苦労することになさそうだな。
サクッと殺して稼げるならばともかく、時間給では文字通り時間がかかってしまう。
(そうか。なら適当に平和な街に送ってくれ。平和な街にな)
『何で二回も?』
(気にするな)
アクマとコントをしている間に、アイテムボックスから取り出した袋に、拾った魔石を全て入れる。
それから転移してもらうと、森の中から何所かの街の路地裏に居た。
(此処は?)
『マモンの管轄する領地の街だよ。サタンの領地から一番離れているね……多分』
別にどこでも構わないが、とりあえず路地裏から出るとしよう。
違う魔王の領地なだけあり、サタンの所とは一風……かなり変わっている。
これがマモン領の普通なのか分からないが、個人的に嫌いではない。
一言で言えば、和風……って感じになる。
昔の映像やアニメとかでしか見たことが無いが、大体明治か大正位だろうか?
住人が住人なので違和感はあるが、何となく懐かしい気持ちが込み上げてくる。
……いや、何も込み上げてこないな。何なら古臭いなと感じてしまう。
これも、妖精の技術で急激に発展してしまったせいだろうな。
俺が生まれた頃にはテレポーターとか普通にあったので、歴史の勉強とかすると昔の不便さを古いと感じてしまう。
古き良き日本なんて言葉があったそうだが、そんなもの魔物によって木っ端微塵である。
歴史を守っている余裕なんて、世界にはほとんどなかった。
諸事情でロシアにある国宝の宮殿まで出かけた事があったが、その宮殿も数回魔物によって壊されている。
建材にも色々と工夫を凝らしているらしいが、建物である以上トラックが突っ込めば破損する。
そしてそのトラックが魔物だ。
シェルターみたいに妖精の技術を取り込むとしても、そう簡単にはいかない事情がある。
馬鹿みたいに金が必要になるし、色合いや見栄えも同じにするのが難しい。
デザインと耐久性は常に相容れないのだ。
……一旦思考を切り替えよう。仕事の嫌な思い出が蘇りそうだ。
和風には似つかわしくない格好だが、スラムではなくて普通の通りを歩いているので、奇異な目で見られることはあっても、襲われるなんて事は起きない。
アクマの案内のままに歩き、少し大きな建物の前で止まる様に言われる。
建物に相応しい大きな看板があり、万事屋メーテルと書かれている。
出入りはそれなりに多く、 賑わっている様に見える。
和物の服装が多い中、メイド服というのは目立って仕方ないが、今更着替えるのも面倒だしこのままで良いだろう。
店内に入るとまず最初に案内所が目に付き、結構な人数が並んで居る。
結構店内は広く、二階に続く階段も見えるので、万事屋の名に恥じない幅広い店がある。
一一番分かりやすい例えは、大型のショッピングモールにあるフードコートだろう。
後で見て回るとして、先に金を手に入れなければな。
(どこに向かえば良いんだ?)
『二階にギルド兼買取所があるから、そこに向かって。位置は此処ね。それと、そこの猫又の少女に注意してね』
(了解……ほぅ)
アクマの表示したマップの目的地を目指して歩いてると、俺と同じ位の背丈の少女が近づいてくる。
服は結構傷んでいて、俯く事で目や顔を髪で隠している。
決して真っ直ぐ俺を目指して歩いている訳ではないが、残念ながらアクマが居れば敵意を持っている奴を逃がす事はない。
俺の持っている袋を狙ったスリ。それが猫又の少女の正体だろう。
かなり痩せているので愉快犯ではなさそうだが、敵に優しくする甘さは持ち合わせていない。
まあまだ犯行に及んではいないので、何もせずに俺の横を通りすぎるのならば、それで終わりだ。
だが手を出すと言うならば……。
猫又の少女が俺の横を通る瞬間に、尻尾が袋を持っている方とは逆側から俺の身体をつつく。
なるほど。反対側に注意を逸らし、その間に袋を奪う気か。
スラムの時みたいにこの場で腕をへし折っても良いが、今日一日は暇であり、少し遊んでみるのも一興だろう。
猫又の少女の手が袋へと伸び、そのまま袋を奪って早足で去っていく。
(アクマ)
『マーキング済みだよー』
マップ上に赤い点が表示され、店の外へと向かっていく。
転移でもされない限り逃がす事はないので、猫又の少女を追い掛けるために、ゆっくりと歩き出す。
徐々に大通りから離れて行き、入り組んだ路地を歩いて行く。
日本風の建物は屋根が低いため、鎖で家に飛び乗って移動すると歩行者に気付かれてしまうので、ショートカットの為に屋根を使う事は難しい。
大通りの方は二階建てや三階建てが多いが、猫又の少女が進む方は平屋ばかりなので。屋根に乗れば逆に注目を増やしてしまうだろう。
アクマのマーキングがあるおかげで、かなり距離を離しながら追いかけられているのに、目立ってしまっては意味がない。
まあ転移してしまえばそれまでだが、今は街並みを眺めるついでにゆっくりと歩くとしよう。
マップの赤い点が完全に止まったので近くまで行くと、そこにはボロい平屋があった。
雰囲気的に、ギリギリスラムとの境目位だろうか?
もっと奥まで進めば、おそらく襲ってくる奴も居るだろう。
(中には何人居る?)
『四人だね。詳細は居る?』
(いらん。こんな時の展開は二通りしかないからな)
そう。脅されているか、養っているかの二択だ。
横開きの扉に手を掛けると、中から声が聞こえてくる。
鎖を袖から少し覗かせ、いつでも操れるように意識を割いておく。
扉を開くと同時に鎖を展開し、猫又の少女を簀巻きにする。
俺に気付いた猫又の少女の顔は瞬く間に悪くなっていき、周りに居た三人の子供が呆然と俺と猫又の少女を見ている。
「先程ぶりですね。気分は如何ですか」
「ど、どうして……だって、追っ手なんて……」
「さて、どうしてでしょうね。それよりも、盗人がどうなるのか、分かりますね?」
(この領地って法律とかあるのか?)
『ちゃんとあるよ。盗みの場合は盗んだ物の価値で罪の重さが変わるね。今回の場合だと四肢を一本が妥当となるね。勿論正規の裁判があったらだけどね』
ちゃんと法律や裁判とかあるんだという驚きの方が大きいが、やはり一度持ってしまった価値観はなかなか変わらんな。
「お、お姉ちゃんを許して下さい! 何でも、何でもしますから!」
「ノーラ!」
「ごめんなさい! 返すから、どうかお姉ちゃんを!」
「ローザ!」
三人の内二人が俺に縋りつき、猫又の少女を許すように懇願してくる。
とりあえず邪魔なのでこの二人も鎖で簀巻きして、猫又の少女の隣に並べる。
もう一人はただジッと俺を見ているだけなので、今は無視で良いだろう。
簀巻きにされた三人は鎖から逃げようと暴れるが、この鎖を壊せるのはヨルムクラスでなければ無理なので、無駄な抵抗だ。
それと少々煩いので、二人の子共の口に猿ぐつわをしておく。
「確か法律では、盗んだものの価値により、罪状が変わるとの事ですが、それの価値がどれ位か知っていますか?」
「……知ら……ない」
「換金すれば三十万円です。これ位ですと、確か四肢の内一本でしたか。どこが良いですか? 何なら、そちらの子供のどれかでも構いませんよ」
「お、お願いします。私の……私の腕を上げますから、この子達だけは……」
ふむ。抵抗すると思ったが、思いの外心が折れるのが早いな。
ここは普通、「ふざけるな!」とか「早く解放しろ!」とか反抗する場面だと思うのだが……。
どうしてもお決まりの展開を求めてしまうのだが、中々上手くいかないものだな。
やはりああいうのは主人公の特権なのだろう。
まあこれが演技の可能性もあるし、もう少し様子見をするのが妥当か。
人の善性ほど信用出来ないものは無いからな。
「盗みを働いておいて虫のいい話ですね。あなたの頼みを聞き入れる理由など私にはありません。それよりも、あなたに後悔させる方法を取る方が、建設的でしょう」
「でも……こうでもしないと生きていくなんて……」
「あなたのエゴに私を巻き込まないで下さい。あなた、名前は?」
「……かえで……です」
………………。
(なあ)
『なに?』
(この世界……木って本当に俺の世界と別なんだよな?)
一応かえでとは日本ではそれなりにありふれた名前だ。
このマモンの領地が日本風なのだから同じ名前の奴が居てもおかしくないが、流石に出来すぎていないだろうか?
そう言えば魔女の部下にノーラとローザに似た名前の奴が居たはずだ。
俺の記憶通りなら、ノーラはエレオノーラ。ローザはロザンヌを文字っているのだろう。
先程まであった俺の中の熱が、急激に冷めていくのを感じる。
魔石はほんの三十分くらいで稼いだものであり、手段を問わなければ一分で同じことが出来る。
……帰るか。