第121話:魔界でお金集め
「これがシルクの粉と、この前届いた珍しいものよ」
しばらく鍋をかき混ぜていると、ライネが木箱と琥珀色の液体が入った瓶を持ってきた。
「粉は百グラム単位で袋に分けて木箱に入っているわ。そして、これは魔界でも希少なサウザンドビーの蜂蜜よ」
「ありがとうございます。支払いはどうすれば良いですか? 生憎魔界の通貨は持っていませんので」
「この蜂蜜を使って、一品作ってくれれば良いわ。勿論レシピもね」
そのくらいならお安いご用だが、蜂蜜を使った料理か……。
(因みにサウザンドビーってどんな生き物だ?)
『サウザンドビーは、魔界の森に生息している蜂の魔物だね。基本の生態は普通の蜂と一緒だけど、かなり狂暴で、千匹いれば魔王すらも倒せるってことで、サウザンドビーって呼ばれるようになったよ』
(なるほど。因みにこの蜂蜜は美味いのか?)
『一言で言えば極上の蜂蜜みたいだね。集める花の蜜をサウザンドビーが厳選しているのもあるけど、濃度や舌触り。甘さや栄養も凄いよ。妖精の作った栄養バーの上位互換みたいなものだよ』
色々と優れた蜂蜜と言う訳か。
そうなると、何を作るのか迷うな。
シルクも色々と使えるが、蜂蜜もお菓子だけではなく、料理も併せて幅広く使われている。
有名なのだと、カレーや焼き肉のタレとかだろう。
そのままパンケーキやト-ストにかけても良いし、混ぜても良いので、使用用途は幅広い。
なので、一品作れと言われても悩むものがあり、何なら俺は蜂蜜よりもメープルシロップ派だ。
確かに蜂蜜は風味が豊かで味わい深いが、男としてはさらりとしているメープルシロップの方が良い。
まあ対価なので何か作らなければならないのだが、何を作ったものか……。
(何か良い案はあるか?)
『フレンチトーストとかクッキーで良いんじゃない? どっちも蜂蜜の風味を生かせるし、下手に凝った料理を作るより分かりやすいからね』
アクマでの言い分も一理あるな。
ならば、簡単に作れるフレンチトーストで良いか。
それにシルクも使うことが出来るので、どちらの味も楽しむことが出来る。
「分かりました。私が来た時と、器具や調味料の場所は一緒ですか?」
「食材は少し変わったけど、他は一緒よ。それと鍋の見張りありがとうね」
ライネのお玉を返し、アクマにマッピングしてもらって、必要な物を鎖でかき集める。
必要な物はそんなに多くないので、早速アクマが用意したレシピ通りに作り始める。
食パンっぽいのを食べやすいサイズに切り、牛乳と卵。それから蜂蜜を混ぜた作った液体にパンを漬ける。
しっかりと漬けた後はバターを溶かしたフライパンでじっくりと焼く。
焼いたのは四切れで、二枚ずつ皿に乗せ、蜂蜜と粉砂糖を混ぜたシルクを振りかけて完成だ。
「出来ましたので、後ろから離れてもらえますか?」
「ええ。それじゃあ早速食べましょう。紅茶の準備は出来てるわ」
俺がフレンチトーストを作っている間、ラウネは大きな体を器用に使って、 フレンチトーストを作っている様子をずっと見ていた。
邪魔をしないようにしてくれていたが、結構な圧を感じていた。
ラウネから紅茶を貰い、フレンチトーストを食べる前に一口飲む。
コーヒーもそうだが、産地が変わるだけでガラリと味が変わる。
合う合わないはあるが、味わうというのは中々楽しいものだ。
「それではお食べ下さい」
「ええ…………とても美味しいわね。パンを卵の液に漬けた時は驚いたけど、これは中々癖になるわ。テレサ様が好きそうね」
コンポタと同じく高評価を頂き、俺もフレンチトーストを食べてみる。
流石に城にあるだけあり、卵とパンも普通に美味しく、蜂蜜も個人的には少し甘すぎる感じがするが、これは分量の問題だろう。
アクマのレシピは一般的な物であり、蜂蜜を味見せずに作った俺の落ち度だが、甘いものが好きな人には問題ないだろう。
俺とは違い、頬を綻ばせながらラウネは食べているので、問題なさそうだ。
料理をする時に用意しておいた紙にレシピを書きながら、フレンチトーストとストレートの紅茶を飲む。
瞬く間に食べ終えたライネは、俺が食べているフレンチトーストをジッと見てくるので、一切れ分けてやる。
バランス良くに二切ずつ分けたが、一切れで十分だった。
「こちらがレシピになりますが、サウザンドビーの蜂蜜はかなり甘いので、量は少な目で良いと思います」
「ありがとうね。そう言えば最近、街でコーンポタージュを売っているのを見掛けたんだけど、何か知ってる?」
ほぉ、既に商売を始めているのか。
まあコンポタなんて少し作るのが面倒だが、比較的簡単に作る事が出来るからな。
「知っています。取引でコーンポタージュのレシピを売りました。因みに飲んでみましたか?」
「一応ね。少し雑味があったけど、値段相応な感じで売られてたわ」
値段相応なら問題ないな。粗悪品を使ってアコギな事をしていたら少しお仕置きしても良いが、相応ならば俺が出来る事は何も無い。
少しつまらないが、仕方ない。
「それでは私はこれで失礼します。また珍しい物があったらお願いしますね」
「ええ。天界でも美味しそうなレシピがあったらお願いするわ」
…………ああ、そう言えば前回は、シルヴィーの手下的な立ち位置として来ていたんだったな。
今更訂正するのも何だし、この設定を使い続けていくとしよう。
問題が起きても、怒られるのはシルヴィーになるだろうし。
これで最低限用事は終わったし、魔界の金を稼ぐついでにストレス発散をするとしよう。
まだフユネは問題ないが、問題とは未然に防いでおくに限る。
厨房を出てから城の屋上に鎖で移動して、街を眺める。
(楽に金を稼ぐ方法はあるか?)
『野生の悪魔を倒すと魔石が落ちるから、それを売るのが手っ取り早いね』
……そう言えばフユネで暴れていた時に、殺した悪魔から魔石が落ちていたな。
あの時に集めておけば、そのまま売り払えたのに……。
まあフユネの時は戦う以外に興味がなくなるし、元の世界みたいに倒した魔物の魔石が、勝手に収納される技術もないので、仕方がない。
(換金はどこでも出来るのか?)
『大きな街なら換金所があるよ。平たく言うと魔法局やギルド的なものだね』
前回も思ったが、魔界のクセに本当に普通だな。
もしかしたら天界の方が、魔界らしい魔界の可能性がありそうだ。
シルヴィー曰く戦争三昧らしいし。
召喚によって呼び寄せられている、悪魔が悪魔だから仕方ないのかもしれないが、普通に知性があるのを呼べば、本にある悲惨な事態は起こらないだろ。
……いや、サタンとかならやりそうだな。
呼び出された事に切れて、天使を含めて虐殺するのが目に浮かぶ。
何やら天界と契約を結んでいるみたいだが、召喚されている間は契約外とか誤魔化すことが出来そうだし。
(なら適当に……はヨルムの件があるからやめておこう。人が来ない場所で尚且つあまり強くない悪魔が居る場所に送ってくれ)
『むぅー。分かったよ』
危うくまた厄介の種をまかれるところだったな。
1
アクマの転移が終わると同時にフユネを開放する。
前回みたいに浸食される事は無く、フユネの意識もかなり薄い。
場所は森だが、そこまで木の密度は高くないな。
それに雑草も背が高くないので、普通に歩く事が出来そうだ。
武器である二本の剣を取り出し、軽く振るってみるが、生身の時とは違い、 動きが最適化されているのが分かる。
後ろから跳んで襲い掛かって来た悪魔の攻撃を避け、四分割に斬り裂く。
今度は上空から魔法が飛んできたので、斬撃を二回飛ばして悪魔を爆散させる。
魔石を回収してから少し歩くと、木に擬態していた魔物が居たので、木端微塵にする。
悪魔とは違い出せる火力が低くなるが、元のスペックが高いため、雑魚ならば問題ない。
しばらくの間森の中を彷徨い、襲ってくる悪魔や魔物を殺し続けて魔石を回収する。
自分から注文しておいて何だが、雑魚を相手にするのはつまらないな。
攻撃を受ければ怪我をする程度の威力はあるが、全て見えているので当たることはない。
まあ今回は趣味ではなく、労働なので愚痴をするのは間違いだ。
「断空・ホークスラッシュ」
上空で群れをなしている悪魔を見付けたので、追尾せいのある斬撃を複数飛ばし、一気に殲滅する。
パラパラと魔石から空から降り注ぐので、チマチマと回収する。
結構集まったし、これくらいあれば大丈夫だろう。
アクマに話を聞きたいところだが、フユネを解放している時は話すことが出来ない。
何ならアルカナの機能を乗っ取っているのだが、アルカナが持っている能力を使えるわけではない。
デメリットばかりが目立つが、俺が俺としてあるためにはフユネは必要なのだ。
さて、元に戻るとするか。
『あら、もう戻ってしまう? まだ身体すら温まっていないというのに』
(時間外労働は嫌いなんでな。大人しく封印されていろ)
『フフフ』




