第120話:再び魔界へ
お盆の追加更新になります。
「魔界なんて、妖精界みたいなものでしょ? アルカナでも簡単には行けないはずだし、どうやったのよ?」
「神の居候が出来まして。家賃代わりに連れていってもらいました」
視界に入るとたまにイラッとするが、魔界に行けただけでも居候させるだけの価値がある。
ゼアーの言ったように、行こうとすればアクマでも行けたみたいだが、何処に出るか分からないので、案内があった方が安心感がある。
後は天界の方も気になるが、シルヴィーが天使達から逃げている現状では難しいだろう。
まあ優先度はかなり低いので、あまり気にしてはいないが。
「神って…………じゃああれってやっぱりシルヴィーナロスなの?」
「どんな噂が流れているか知りませんが、それであっています」
ゼアーは眉間を揉んでから、書類の山から一枚の紙を抜き出して渡してきた。
そこに書かれていたのは、王家の情報。
正確には王家と一部の貴族に流れている、シルヴィーの情報だった。
ざっくりと纏めると、王国は神に見捨てられ、神を見付けたものが新たな王になれる……かもしれない的なものだ。
旗印としてシルヴィーは別格であり、クーデターを起こそうとしている奴らからすれば、喉から手が出る程欲しいものだろう。
仮にシルヴィーが今の王家を見放し、クーデター組に付いたら、あっという間にクーデターは成功するだろう。
いや、メイド長とかが王家に付けば話は変わるが、多分メイド長にはそこまで忠誠心はないだろう。
クーデター組が道理に乗っ取った行動をすれば、なびく可能性もある。
……実際はないけど。
あの人なら自分で判断して気に入らない方を潰すだろう。
騎士団長とかも居ると思うが、あれに勝つのは難しいのではないかと思う。
おそらく今もまた強くなっているだろうし。
「上層部の方は、思いの外慌てているようですね」
「タイミングが悪かったみたいよ。いつもなら一言声をかけてからいなくなるのに、いつの間にかいなくなっていたから、要らぬ噂が広まったのよ」
なるほど。またしてもシルヴィーのせいって事か。
まあ神なんて自由でなんぼだろうし、原因はシルヴィーだが、悪いのはシルヴィーをネタにしている人間だろう。
基本的に神は、この世界に介入することはないのだからな。
「ですが、そのおかげで誰が黒幕か調べられたのではないですか?」
「そんなの調べなくても分かってるわ。適当に金庫の二つ三つ漁れば、証拠は出てくるもの」
アルカナも大概チートだが、ゼアーの影の魔法も大概だな。
閉まっている金庫の中は真っ暗であり、影が出来ていると定義出来る。
つまりゼアーならば、金庫の中から書類や宝石を盗み出すことは簡単なことなのだ。
更に言えば、ゼアーは細かく色々と調べてくれるので、情報を精査する側である俺としてはとても助かる。
例えだが、アルカナは目の前にある料理の名前は分かるが、材料が何なのか分からない。
しかしゼアーならば、材料は勿論、作り方や注意点も調べてくれるのだ。
まあやろうとすればアルカナ……アクマも出来るが、生死を賭けた状態以外では楽しむことを優先するので、信頼性は低い。
アクマとはアルカナの悪魔であり、正義側に属してはいるが、その本質は悪魔そのものだ。
デーモンと呼ばれるのが嫌でアクマと名乗っているが、過度の信用は俺の身を滅ぼす。
特にフラグ建築能力がバカ高く、大体立てて直ぐに回収してくる。
予測可能回避不可能なのだ。
まあ俺としては面白いから許せるが、常人ならばストレスで胃に穴が開くか、さっくりと魔女の手下に殺されるだろう。
「それは良かったです。因みにですが、ゼアーの方で場所を知っている神は居ますか?」
「いない……と言うよりは国外の事までは調べていないわ。一応有名どころで海に居るのと、この国の位よ」
俺がシルヴィーが教えてもらったのと同じ位か。
まあ位置情報位ならば俺の方でもどうとでもなるし、調べてもらわなくてもいいか。
学園に居る間はそこまで遠出をするのは面倒だし、ゼアーに調べさせるのも時間の無駄だ。
「シルヴィーナロスとマリントルトニスですね。話は聞いていましたが、マリントルトニスの方も有名なのですか?」
「シルヴィーナロスは王国だけじゃなくて、あちこちで目撃情報があるから、情報も集めやすいのよ。マリントルトニスの方は他国もだけど、海や川に面している国にとっては大切な存在だから、広く崇められているわ。他にもそれなりに有名なのは居るけど、下界で活動しているかは分からないわ」
あくまでもこの世界に居るのは神の依り代なので、天界から降りてこない奴も居るか。
それにシルヴィーが例外なだけで、降りて来たからってあちこちに出没する様な真似はしないだろう。
是が非でも会いたいってわけでもないし、天界を含めて神の関係も卒業後で良いか。
今は急ぐ必要もないし。
「そうですか。それでは私はこれで失礼します。次に行かなければならない場所もあるので」
「ええ。因みにこれからどこか行くのかしら?」
「魔界です。少し知り合いが出来ましたので、交渉をしに」
僅かに固まったゼアーだが、一言「そう」と言った後、執務に戻った。
このまま魔界に……行く前に街で茶葉を買って行くとしよう。
アイテムボックスがあるから、大量に買っても痛む心配はない。
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ぜアーと別れ、ブロッサム領の紅茶の産地でそれなりの量の茶葉を買い込み、魔界へと転移した。
街中では城に入るのは面倒なので、座標はテレサの部屋だ。
勿論いないのを確認してからなので、転移後にバッタリなんて事はない。
アクマが嘘を吐かなければだが。
(さて、誰も居なくて良かったが、ライネの場所は?)
『厨房に居るみたいだね。それと、間違えたり忘れてたりはあるけど、嘘を吐く事は殆ど無いからね?』
(……それじゃあ行くとするか)
『何か言ってよ!』
ふと記憶を辿ると、確かに間違えや勘違いは多かったが、嘘を吐いた事は少なかった様な気が……しなくもない。
正直あまりにも濃い一年間だったため、かなりうろ覚えだが。
基本的に食う寝る戦うか、激戦で寝込む日々だったからな。
(転移するまでもないし、マップを頼む)
『……はいはい』
テレサの部屋を出てから、誰にも会わないようにしながら厨房を目指す。
そして厨房の近くまでたどり着くと、嗅ぎ慣れた匂いがしてきた。
おそらくコンポタを作っているのだろう。
それも大量に。
「お元気そうですね」
「あら、ハルナじゃない。もう会えないかもと思ったけど、どうかしたの?」
厨房ではライネが大きな鍋をかき混ぜており、中には黄色い液体が並々と満たされている。
こんなに作って飲みきれるのだろうか?
「先日頂いたシルクが思いの外素晴らしかったので、正式に注文しようと思いまして。それと珍しい食材の情報も」
「それは嬉しいわね。個人的には素晴らしい食材だと思ってるけど、アラクネから作られた物ってだけで微妙な顔をされるのよ」
俺も貰った時はどうしようかと悩んだが、日本にはシルクを食べる文化もあったので、そこまで拒絶感はなかった。
多分日本人は、とりあえず食べてみよう精神が強い。
こんにゃくなんてのも、どうしたら灰汁汁で煮るなんて発想になるか分からない。
まあこんにゃくの起源は、確か日本じゃないけど。
「量はどれ位用意できますか?」
「人気が無いから、用意自体はいくらでも出来るわ。ただ、街の仲間のお店から持ってこないとだから、量次第では時間が必要よ」
それはありがたい。
とは思ったものの、基本的には混ぜて使うので、米みたいに大量にはいらない。
因みに前回はお試しという事で、大体百グラム位を貰っていた。
「でしたら粉を一キロ程お願いします」
「それなら私が作っている分で賄えるわね。それと、少し珍しい物が手に入ったから、鍋をかき混ぜながらちょっと待ってて」
お玉を俺に渡したライネは、厨房から出て行ってしまった。
しかし、ライネ本人もシルクの粉を作っているのか……アラクネによって味は変わるのだろうか?
まあシルクが主体の食材ではないし、多少は問題ないか。