第118話:貴族子息達の裏話
何故ジゼルが玉の輿がいるのにも拘らず落ち着いているかだが、ステファンと既に婚約を結んでいる。つまり、婚約者の関係だからだろう。
アクマにステファンの頭を覗いてもらえば、さぞ面白いことになっているだろうが、ここは大人として察しておく程度に留めておこう。
思春期の子供を苛めるほど、俺の性根は腐っていない。
フユネの方は腐っているだろうけどな。
俺の憎悪をエルメスが封印し、俺が魔法少女になった際に誕生したフユネだが、感情何て物から憎悪だけをピンポイントに隔離出来るはずもなく、それ以外にも色々と混ざっている。
しかも質が悪いことに、一つの個として確立した結果、俺の思考はたまにフユネに汚染されることがある。
ついでに人よりも感情の起状が小さく、加虐的になりやすかったりもするが、そう大きな問題になる事はない。
どちらも自分の性格として受け入れ、折り合いをつけているからだ。
それに、大人ならば多少精神が乱れても、気合で押し殺す事が出来る。
青春を眺めている間にも、恙なくお茶会は続き、マフティーの執事が何度も嫌そうな顔をすることはあったが、外野によって荒れる事は起きなかった。
「さて、今日はこれ位でお開きにしましょう。それなりにお互いの事を知る事が出来たでしょうしね」
「はい。この度はお招きいただきありがとうございました」
「気にしなくて良いわ。それと、リディスは他の貴族が主催するお茶会には、出席しないようにしなさい。私の名前を出して構わないわ。勿論理由は言わなくてもわかるわね?」
「はい。お気遣い感謝します」
アーシェリアは釘を刺すが、俺は他の所にもリディスを参加させる気でいる。
俺とゼアーが暗躍すれば、簡単に黒幕達を排除する事が出来るが、俺達はあくまでも外野だ。
手を出す所は出すが、何から何まで俺が関わっていては面白みがない。
この場で何か言うつもりはないが、リディスにはこれからも頑張ってもらうとしよう。
「アインリディスさん。同じ侯爵家の者として、学園でもよろしくお願いしますね」
「はい。此方こそお願いします」
リディスはステファン達とも挨拶をか交わし、最後に揃ってマフティーに頭を下げる。
名ばかりとは言え、一応王族には相応の礼を尽くさねばならぬのだろう。
ある意味、リディスとは逆の存在なのかもしれないな。
リディスはスティーリアの策略により、主に子供から虐げられていたが、コランオブライトに始まり元々高かったブロッサム家の名声により、大人からの反応は悪くない。
魔法が使えないって事で放置されていたが、それはこれから変わっていくだろう。
だがマフティーは王族と言う肩書により、子供からは慕われていても、王族の落ちこぼれとして大人から虐め……って程ではないが、良い扱いをされてこなかったのが窺える。
どちらが辛いのかなんてどうでも良いが、愛情を知らない人間は総じて歪みやすい。
俺みたいに愛情を知っているが故に歪むこともあるが、俺は稀な例だ。
リディスも悪魔召喚に手を出しており、場合によってはあの屋敷の人物は全員死んでいただろう。
魔界で戦って思ったが、あの頃のメイド長では悪魔と戦うのは流石に無理だっただろうからな。
今は何かパワーアップしているので、悪魔の強さ次第ではそれなりに戦えるだろう。
「私は片付けをしますので、お先に失礼します。また学園でお会いしましょう」
まあその学園では、俺だけ別クラスとなるだろうけどな。
アーシェリアに紹介される程の二人なのだし、ステファンとシゼルは優秀なはずだ。
残りの食器を全て鎖でカートに運び、そのまま厨房へと向かう。
クルルに皿洗いや片付けを押し付けても良いが、そうするとアーシェリアやマフティー達と一緒にいなければならなくなる。
子供の相手をするよりも、皿洗いをしていた方が気分が楽だ。
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ハルナがカートを押していく様を、アーシェリアやマフティーは揃って真面目な表情で見送る。
「あなた達も帰って大丈夫よ。私はこの馬鹿と少し話があるから、気にしないで」
「……分かりました」
有無を言わせないアーシェリアの圧に、ステファンは少し言葉につまりながら返事をする。
ジゼルと共に立ち上がり、一礼してから中庭から去っていく。
その流れにリディスは戸惑うも、同じく立ち上がって中庭を……。
「リディス。これからも頑張りなさい」
「……」
去ろうとしていると、突如アーシェリアに声を掛けられた。
全く意味が分からないリディスだが、どんな時も慌てるなとハルナに教えられているため、取り敢えず一度振り返って頭を下げた。
特に反応がないので問題ないと思ったリディスは、そのままヨルムを伴って中庭を去って行った。
「ブロッサム家の三人はどうだった?」
「貴族らしい貴族。或いは能ある鷹か……。本当にあの噂の存在か疑わしくなるな」
貴族として魔法が使えないのは、家としての汚点となる。
マフティーは何故バッヘルンが、リディスを見限ることなく育ててきたのか不思議だった。
王族ならば魔法の素養が無いと分かった時点で、初めから存在しなかったと処理されることになるだろう。
侯爵であり、忠臣として名高いブロッサム家。
アーシェリアが気に掛ける理由が、マフティーには理解できた。
「魔法が使えなかったのは本当みたいよ。調べてみたけど、魔法を使っているのを見たのは誰も居ないみたい」
「それはそれでおかしい話だが、それを俺に聞かせる理由は?」
「ちょっと白髪について調べて欲しいのよ」
アーシェリアとマフティーは、一言で表せばビジネスパートナーである。
最低限王族の矜持を保ちたいマフティーと、王国の少し深い所の情報が欲しいアーシェリア。
契約自体はアーシェリアが優位な物であり、マフティーは使われる側となる。
それはマフティーも納得しているものであり、王国の落ちこぼれ……古い言葉で言えば忌み子だったが、様々な要因がありただの落ちこぼれとしか呼ばれないようになった。
オルトレアム王国は過去に起きた邪教との戦いにより、白に近い色を嫌う傾向がある。
それは戦いに事を知っている人程大きく、騎士や貴族。そして王族も当て嵌まる。
もしも国として白髪を禁忌としていれば、生まれて直ぐに殺して終わっていたのだが、邪教との戦いは一般には知られていない。
国民は純粋に第四王子の誕生を祝い、一部の人間は第四王子を殺そうと暗躍した。
それをこっそりと手を回して、落ちこぼれと言う評価に落ち着かせたのがアーシェリアだ。
その時の騒動も有り、アーシェリアはハルナの白髪を見て、過去の事を調べるに至った。
マフティーの騒動を収める時はそんな過去の事を調べることはせず、適当に誤魔化して収めたので、白髪が何故嫌われているのか深く調べようとしなかったのだ。
「冷静になって考えれば分かる事だけど、本来白髪は自然には発生しない色よ。仮に生まれたとしても、魔法学的には魔法を使う事が不可能だわ」
「……白に近いとだけで散々言われてきたが、その白がどうしたと言うのだ?」
マフティーは何故銀髪が嫌われているか勿論調べたが、それを語るものは誰も居なかった。
その頃はまだ幼く、出来る事が少なかったのもあるが、アーシェリアのおかげで騒動が収まって以降はマフティーとしてもあまり思い出したいものではなく、忘れようとしていた。
そして今になってアーシェリアに指摘された事で、ハルナの存在がおかしいと薄々気付きながらも、知らない振りをして聞き返す。
あの頃はいつ殺されるか分からぬ恐怖で満たされていたため、出来れば白髪の真実を聞きたくない想いもある。
だが、真剣に話すアーシェリアを見て、マフティーは逃げるわけにはいかないと自分を鼓舞する。
「それは……今度学園で教えて上げるわ」
「そう……か」
不敵な笑みを浮かべたアーシェリアは此処で話す事はせず、その事にマフティーは少なからず安堵する。
その事が歯痒く、人としての小ささを感じてしまう。
王族として胸を張れるように頑張ってはいるが、昔の出来事がトラウマの様にマフティーの胸に根付いてしまっている。
真実を知る意味……その事を今一度深くマフティーは考えた。
「此処じゃあ何所に耳があるか分からないからね。それじゃあ今度は学園で。出来れば私に関わらないようにね」
「俺としても、あまりお前とは関わりたくないから願ったりだ。お前の存在は大きすぎるからな」
「そうなるように動いてきたんですもの。当たり前でしょう。それと、例の子の事は聞いた?」
「例のとは、学園長が直々に入学を認めた奴の事か?」
「そうよ。平民らしいけど、全く噂がないのよ。それに、急に決まったせいでクラスの枠が一つ無くなったらしいわ」
ハルナだけクラスが別になった原因の生徒だが、流石にそこまではアーシェリアも知らない。
もしも知っていれば、今日の時点でハルナと学園に圧を掛けて、同じクラスになるように手を回していただろう。
「Sクラスは殆どが貴族となるだろうから、肩身が狭くなりそうだな。ペテルギウス家も居る事だしな」
「屑のことはどうでも良いわ。もしも入学までに何か分かったら教えて頂戴。それじゃあまたね」
クルルが屋敷から中庭に着たタイミングで、アーシェリアは会話を切り上げて屋敷へと戻っていく。
「白髪……奴は迫害されていたのか? それとも、王国の世迷言なのか……」
情報がない今は考えても仕方がないと、マフティーは思考を打ち切り、執事と共に帰って行く。
陰謀が渦巻く中、全てを力で解決できるハルナは、皿を洗っているのであった。