第115話:二人の参加者
ドレスの着替えも終わり、軽く話し合っていると扉を叩く音がした。
「大丈夫よ」
扉が開かれると、ライコフが居た。
先程別アーシェリアの部屋で会った時よりも、燕尾服が心なしか綺麗になっているので、ライコフも着替えて来たのだろうか?
「お客様がお見えになりましたので、出迎えは如何なさいますか?」
「今から向かうわ。来たのは?」
「ブロッサム家になります」
最初に来たのはリディス達か。
早すぎるのも考え物だが、最初に来ることにより印象を良くしようとしたのだろう。
まあ早いと言っても三十分前位なので、友達の家に行くとかならば早すぎると言う程でもないのだろうか?
メイド服は部屋に居たメイドに任せ、ライコフの案内でリディスの所に向かう。
メイド服はアイテムボックスに仕舞っても良かったのだが、アイテムボックスの存在をアーシェリアに教えるのは避けておきたい。
間違いなく、あれこれ煩くなるだろうからな。
一度ロビーを通り過ぎ、中庭方面へ少し進んだ所にある部屋までライコフが案内をしてくれる。
部屋の中はかなり広く、一度ここで全員集めた後に中庭へ行くのだろう。
自己紹介等をここで済ませてしまった方が、お茶会もスムーズに進む。
部屋にはリディスとヨルムが座っており、アーシェリアが入って来たことで一度立ち上がる。
「先日振りね。それと、首席合格おめでとう」
「ありがとうございます。その話は誰から?」
「誰からも聞いていないわ。魔法試験と実技試験であれだけの事をやれているのだから、どうせ首席だと思っただけよ」
王子にお茶会の招待の為に連絡を入れていたのだし、王子の方が首席じゃないのならば、リディスが首席だと推理する事が出来る。
俺達の前に魔法試験と実技試験で試験官を倒せていた奴が居たならば話は別だが、居たならばリディスの時にあそこまで驚かれていないだろう。
「そのドレスはどうしたのだ?」
「アーシェリア様に押し付けられました。流石にメイド服では駄目と言われまして」
「当たり前でしょ。私だけならばともかく他にも居るんだから、最低限身嗜みを整えておかないと、どんな噂が広がるか分からないのよ」
一応シリウス家の息が掛かった侯爵家が来るのだが、だからと言って信用出来るわけではないのだろう。
本人はともかく、一緒に来る使用人が世間話程度である事無い事話さないとも限らない。
まあダメージなんて皆無なのだが、アーシェリアとしては少しでも煩わしくなるのが嫌なのだろう。
その癖こんなドレスを俺に着せているのだが……。
「あら? 他も来たようね」
軽く話していると扉が開き、子供が二人と使用人達が入って来た。
二人一緒に来たって事は、知り合いなのだろうな。
いや、シリウス家の息が掛かった二人なのだから、知り合いなのは当たり前か。
二人共壁を貫通している鎖に意識を奪われているが、アーシェリアが居る事に気付いて近寄ってくる。
片方はアーシェリアと同じ赤髪だが、オレンジ色に近い。
男であり、同い年にしては身体が大きく、筋肉も結構ある。
もう片方はリディスと同じくらいの身長の少女で、髪型が紫色である。
最低でも火と水の魔法が使えるって事だろう。
どちらも火の関係なので、シリウス家に縁のある人物だと分かる。
「来たわね」
「初めまして。プロキオン侯爵家の、ステファン・ネルガ・プロキオンです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ええ、宜しく」
先ずは男の方が挨拶をする。
きびきびとした動きから、見た目通り身体を動かすのが得意そうだ。
たが、礼儀もしっかりとしているので、脳筋って訳でもないのだろう。
「同じく初めまして。アルドラ侯爵家の、ジゼル・アルドラと申します。お会いできて光栄です」
「此方こそ。学園でも宜しく」
相も変わらずアーシェリアはふてぶてしい態度だが、二人ともそれに対して嫌悪感を出すような事はしない。
(二人ともどんな感じだ?)
『ステファンの方は苦笑いって感じで、ジゼルの方はあまり気にしていないね。それよりも、リディスに興味を抱いているみたいだね』
こんな態度を取られているのに、気にしていないとは……貴族の子供も大変だな。
リディスに興味があるのは、当たり前の思いだろう。
家に言われて来た二人とは違い、リディスはアーシェリアが直々に呼んだ客だ。
タイミングの関係もあったのだろうが、二人はリディスやアーシェリアの試験を見られなかったのだろう。
侯爵家ってことは、それなりに早い順番だろうし、夕方まで待つのも辛いだろうからな。
「リディス。あなたも挨拶なさい」
「……初めまして。ブロッサム家のアインリディス・ガラディア・ブロッサムと申します。本日は宜しくお願いします」
アーシェリアとまだ来ていない王子以外の自己紹介が終わったところで、パンケーキを焼き始める。
使っているのはフライパンではなく、大きなグリドルなので、一度に大量に焼くことが出来る。
最初の火の管理だけ自分で行うことにより、一気に焼いた際の温度の低下を防ぐ。
焼いたクッキーは籠に入れ、摘まみやすいように並べておく。
「馬鹿王子はまだみたいだけど、先に中庭のテーブルに向かいましょう。話はそれからでも構わないわね?」
「……あのそちらの御二人は? 特にその青いドレスを着ている方は……」
アーシェリアが歩き出そうとしたところで、ジゼルが恐る恐る声を上げる。
俺としては一々自己紹介をしたく無いので、知らんぷりをしていたが、駄目みたいだな。
「この子は、今日のお茶会のお菓子を担当しているハルナよ。立場で言えばそうね……ビジネスパートナーと言った所かしら。そっちの無愛想なのはヨルムよ。ブロッサム家のメイドだけど、訳あって参加させてるわ」
「……」
流石に、直ぐに反応できるほどの肝っ玉は無いようだな。
どう反応するのが正解なのか、悩んで固まっているようだ。
シリウス家の派閥である二人は、下手な事を言ってアーシェリアの反感を買うことは出来ない。
何を思って俺とヨルムを呼んだのか。褒めた方が良いのか、貴族としての常識を説いた方が良いのか。
アーシェリアの対応に対して怒っていなかったし、今も決してヨルムや俺を見下しているわけではない。
「私とそこに居るヨルムに関しては、学園に居る一生徒程度と考えていただければ幸いです。アーシェリア様の態度も、学園での戯れみたいなものです」
「……成る程。それではハルナさん。ヨルムさん。今日は宜しくお願いするわね」
何が成る程なのか分からないが、ジゼルは納得したようだ。
「私とヨルムは、呼び捨てで構いません。この様なドレスを着ていますが、一般の出となりますので」
「一般の出だとしても、それだけの所作が出来るのでしたら、対等に見るべきだと私は思うの。ステファンもそうでしょう?」
「そうだな。学園に入学出来る実力があり、アーシェリア様のお眼鏡に敵って居るのならば、俺からは何も言うことはない」
おやおや、これまた普通の感じだな。
俺としては場を掻き回す様な感じになった方が楽しめるのだが、悪意の無い人間を巻き込むのはアクマのポリシーに反する。
仕方ないが、この場に合わせるとしよう。
「ありがとうございます。至らぬこともあると思いますが、学園でも宜しくお願いします」
「うむ。我もハルナと同じだ」
ヨルムの話し方にステファンとジゼルは、顔を合わせて苦笑いする。
そんな中アーシェリアは、俺達のやり取りを面白そうに見ている。
悲しいことに、アクマの力を借りなくてもアーシェリアが何を考えているのか良く分かる。
「自己紹介が終わったならさっさと移動するわよ」
アーシェリアの言葉で一度切り上げ、そっと入ってきたライコフの案内で中庭へと向かう。
そんな中パンケーキが焼き終わったので、皿に乗せた後に表面が少し冷めるで待つ。
直ぐにホイップクリームを乗せると、運び終わる頃には溶け始めてしまう。
なので、軽く粗熱が取れるのを待つのだ。
溶け出したホイップクリームというのも案外美味しいのだが、溶けすぎると食べ難くなるので、塩梅が大事だ。
また、クッキーや食器。紅茶のポット等はカート上に準備してあるので、後は盛り付けが終われば運ぶことが出来る。
そしてクルルは、俺が別皿に用意してやったクッキーを食べている。
カートを運んでくる時に、食べかすを付けて来てくれれば面白いだろうが、そんな初歩的なミスはしないだろう。
「ほう。全員で出迎えとは、中々殊勝ではないか」
後少しで中庭というところで、最後の一人が姿を現す。
これで全員揃ったみたいだな。