第114話:赤のアーシェリア。青のハルナ
「これはアイスクリームですか。そして、この黒い粒がバニラビーンズと呼ばれるもの……」
冷凍庫で冷やすのではなく、魔法によって冷やす関係で、あっという間にアイスクリームは完成した。
本当ならゆっくり冷やした方が良いのかもしれないが、魔法を使うことで空気を含ませながら冷やすことが出来たので、おそらく家庭用の奴よりは間違いなく美味しいだろう。
冷たい物だけでは腹に悪いので、紅茶も淹れておく。
「先ずはアイスクリームだけをお召し上がりください。その後は紅茶と一緒にどうぞ」
「それでは……」
僅かに迷いながら、クルルはスプーンでアイスクリームを食べる。
すると顔が柔らかく解け、ふにゃりと歪む。
どうやらお気に召したようだ。
「アイスクリームは食べたことがありましたが、ここまで味わい深く、コクのあるのを食べるのは初めてです。この風味がバニラビーンズによるものですか……」
「元の見た目は悪いですが、中々のものでしょう?」
「はい。…………あの」
「クルル様次第ですね。お互い、メイドとして仲良くしていきましょう」
「アーシェリア様の不満が溜まらない程度でお願いします」
完落ちしたクルルと共にしばしバニラアイスと紅茶を楽しみ、軽くバニラアイスの作り方を教えておいてやる。
バニラビーンズが流通しているかは知らないが、これは食べただけでは作り方や材料が分からない代物だ。
おそらくクルルも、作れるようになっても自分用にしか作らないだろう。
下手にアーシェリアに作れば、多分怒られることになるだろう。
いつどうやって作り方を知ったのかを話す場合、サボって俺と食べてたことを話す必要があるのだから。
「あの、そろそろ一度アーシェリア様の所に来ていただいても宜しいでしょうか? 時間が少し押してきていますので」
だらだらしていたところ、お茶会の予定時刻まで残り一時間となっていた。
着替える必要もあるし、そろそろアーシェリアの部屋に行ってやるとするか。
焼く行程は鎖を使えば、厨房にいなくても問題なく出来る。
俺単独では生地の量とかが心配だが、アクマを上手く使えば、着替えてる途中でも焼くことは出来る。
今更だが、お茶会の時間に合わせて作らなければならないのに、作る本人がお茶会に出てしまえば、どうしても出来上がってから配膳までの時間が空いてしまう。
俺だから良いものの、どう考えても嫌がらせの類にしか思えない。
「分かりました。後の行程は魔法でやりますので、配膳の方は宜しくお願いします」
「…………承知しました」
先日の調理過程を見せたせいか、少々反応が悪いな。
ここは驚いて間抜けな反応をしたり、声を上げてくれた方が面白かったのだが仕方ない。
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「やっと来たわね…………って、その後ろに伸びてる鎖は何なの?」
クルルの案内でアーシェリアの部屋に入ると、ドレスを着たアーシェリアが書類仕事をしていた。
勉強ではなくて仕事をしている辺り、独立しているという言葉の意味が良く分かる。
「時間になりましたら調理をするために、鎖を伸ばしておいているのです。これから着替えて会場に行くとなると、時間がないでしょうから」
「……確かにそうね。悪かったわね」
アーシェリアはしばし手を止めた後、言い訳せずに謝ってきた。
どうやら単純に、思い至らなかっただけか。
「構いません。私も、あの場に居たクルル様も、そこまで考え至らなかったのですから」
「分かったわ。話の前に、先ずは着替えるとしましょう」
アーシェリアはテーブルの上にある、何かの装置を操作してから立ち上がる。
すると、直ぐにライコフが部屋に現れた。
「お待たせしました。衣装室にメイドを待機させてありますので、いつでも問題ありません。ですが、あまり時間はありませんので、お戯れも程々にお願いします」
「分かってるわよ。ハルナ、行くわよ」
ライコフが開けたままの扉からアーシェリアが出ていくので、後ろについて行く。
二部屋ほど離れた部屋に入ると、そこにはドレスやら普通の服等が並べられていた。
流石にタラゴンさんが作った、クローゼットという名前の衣装部屋に比べれば可愛いものだが、それでも壮快である。
まあタラゴンさんの場合は、妖精の魔法でクローゼットを体育館程の広さに拡張していたので、比べる対象がおかしいのだが。
魔法少女のランカー達の額面上の所得は、国家予算を軽く越えているので、一着数百万する服を買い漁っても全く問題ない。
ランカーになると、死後は貯金のほとんどを国に接収される事となるのだが、こればかりは国の運営に関わってくるので、どうしようもない事だ。
俺の貯金はタラゴンさんに譲渡されるようにしておいたが、おそらくタラゴンさんは国に還元しているだろう。
俺の収入はたった一年の活動だったが、下手なランカーの生涯年収を越えていたからな。
「お待ちしておりました」
「着替えはお願いするわ。ドレスを選んでくるから少し待ってなさい。時間があれば色々と着せたかったのに……」
ぼそっと本音を漏らしてからアーシェリアはメイドを置いて、服を選びだす。
やはり時間ギリギリで来たのは正解だったな。
アーシェリアが選んでいるドレスだが、ワンピースに近いカジュアルな物となる。
パーティーじゃなく、しかも子供のお茶会なのだから、正装をする程ではないのだろう。
王子が居ると言っても、お茶会程度でキッチリとやっていては疲れてしまうし、金も必要となってくる。
「うーん。白や青も捨てがたいけど、黒も良さそうね……いや、ここはいっその事深紅でも……」
時間がないと言われている割にアーシェリアは悩みに悩み、その間にメイドは俺の身体を測定する。
おそらくアーシェリアが選んだ服の、丈を合わせるためだろう。
ついでに軽く化粧されているが、文句を言っても意味はないので、なすがままである。
「よし、今回は青にしましょう。直ぐに着替えさせなさい」
「畏まりました」
着替え用のスペースでパパパと服を脱がされ、一度袖を通してから直ぐに脱がされる。
それから凄まじい早さで丈や、余っている部分が直されていき、もう一度着せられる。
腕の手袋は取られなかったが、鏡を見ると色合いが良い感じに見える。
『ワンピースドレスね。魔法少女の時と同じ色で、中々似合っているじゃないか。青って好きな色なの?』
(確かに青は魔法少女の時と同じ名前だが、別に好きって訳ではないな)
そもそも好きな色と言われても、パッと思い浮かばない。
汚れないとか目に優しいという意味では黒色たが、好きってわけではない。
「ふーん。似合ってるじゃない。私は好きな色じゃないけど、対になっていて良い感じだわ」
「……これは我ながら見事ですね。しかし、あまり仲の良い様子を見せつけて宜しいのですか?」
アーシェリアとメイドが、俺を見ながら神妙な顔で話し合っている。
アーシェリアの着ているドレスは、俺のと少し違うが赤と青。ドレスのラッフル……フリルの向きも俺のは左でアーシェリアのは右となっている。
ついでに、公爵家にあるドレスなだけはあり、着ていても全く違和感がない。
「ハルナは良いのよ。この子の持つ才能は下手な国宝よりも価値があるわ。それに、こんな芸当を雑作もなくやってのけるのよ?」
「確かに見て見ぬふりをしていましたが、あの鎖は?」
「ハルナの魔法よ。オリジナルであり、ライコフが認める程のものよ」
「アーシェリア様のミスにより、お茶会の料理を作る時間に問題が出ましたので、現在この魔法で作っています」
これにはメイドも流石に絶句しながら、アーシェリアを見る。
当たり前だがアーシェリアはその視線を無視している。
この世界の魔法の仕様的に、厨房に鎖を出して料理するより、自分の近くに鎖を出して料理をした方が、微調整が効くのだ。
因みに光魔法は物質化させずに透過させる事が出来るので、厨房まで壁や扉を貫いている。
アクマのマッピング能力が有るからこそできる荒業だが、現在はクッキーをオーブンで焼いている所である。
「それはハルナにあげるわ。どうせ私は着ないし、卒業したらほとんどシリウス家に押し付けるつもりだし、構わないわね?」
「アーシェリア様の好きな様にして頂いて問題ありません。シリウス様もこの屋敷の権限はアーシェリア様にあると申しておりましたので」
なし崩し的にドレスを貰う事になったが、正直いらない。
アクマのアイテムボックスにはメイド服以外にも、ドレス等も沢山入っている。
俺の精神ダメージを気にしないのならば、場に合った服装をするのは問題ないのだ。