第113話:お茶会。買収を添えて
「それでは先に行って参ります」
「ええ。粗相の無いように気を付けて行ってらっしゃい」
朝の身支度を終えて、朝食の準備を終えたタイミングで、メイド長に挨拶をしてから迎えの馬車に乗り込む。
本当ならばブロッサム家の馬車で向かうのだが、俺の場合は準備の関係で、早めに行かなければならない。
ブロッサム家の馬車だけ俺とリディス達を分けて運ばせるのは、ホスト側としてメンツが潰れるとのことで、このような形になった。
正直どうでも良いので、適当に了承しておいた。
先日とは違い流石にクルルは来ておらず、馬車の御者……だけが迎えに来た。
自分で扉を閉めて、上席に座っている人物を無視して座る。
直ぐに馬車は動き出し、馬の足が奏でる小気味良い音が規則正しく響き始める。
「……」
「……」
このお茶会が終わったら、バッヘルンの所に一度帰るとしよう。
時期的にまだリディスの合格報告は届いていないはずだし、驚かすことが出来るだろう。
ゼアーにも会っておかないと、また小言を言われるだろうし、ついでに茶葉も補充しておこう。
王都で買うよりも、鮮度が良いからな。
「ねぇ」
「何でしょうか?」
上座に座っている誰かさんが話しかけてくるので、仕方なく聞き返してやる。
「何で挨拶をしないのかしら?」
「では、何故此処に居るのでしょうか?」
「そんなの今日の用意を、全部任せてきたからに決まってるじゃない」
一応今日のお茶会の主催者が、これで良いのだろうか?
ふてぶてしくアーシェリアは、腕を組んで座り直し、俺をじろじろと見てくる。
「ねぇ、あんたドレスはどうしたのよ?」
「お菓子を作るので、持ってきていません。それに、ドレスを着るならばメイド服の方がマシです」
「お願いしたのは私だけど、参加者には参加者の礼儀ってものがあるのよ。私のを貸すから絶対に……いえ、着せるから作り終わったら顔を貸してもらうわよ」
「拒否権は?」
「ある訳ないでしょう」
大きなため息を吐かれたが、メイド服とドレスにそこまでの差なんてないのだから、このままでは駄目だろうか?
何なら安全面で言えば、このメイド服はこの世界でも有数のものだ。
『諦めなよ』
(とっくに諦めている)
ワンチャン、アーシェリアが「いいよ」と言ってくれる可能性もあったのだが、無駄な抵抗だったな。
俺だって我儘を通す気は無いし、仕方ないならば仕方ないで諦める。
この世界にはこの世界の、ルールがあるのだからな。
「クルルに何か頼んだみたいだけど、どんな手を使ったのかしら? クルルが素直に私以外の話を聞くなんて思わなかったわ」
「特別なことは何も。メイド同士のちょっとしたお願いなので、話を聞いてくれたのでしょう」
「ふーん」
どうやら信じてくれないみたいだな。
「今日のお茶会ですが、全員出席ですか?」
「残念ながらそうね。せめて馬鹿王子だけでも来なければ楽なのに、喜んで来るそうよ」
本人がいないとは言え、毎回馬鹿と言っているが俺も会いたくなくなってきた。
「学園には第三王子も居ますが、そちらはどうですか?」
「あれは論外よ。国の癌となる存在とだけ言っておくわ」
どうやらアーシェリアは、第三王子が何を企んでいるのか、少なからず知っているようだな。
何かされた可能性もあるが、深刻って程ではないだろう。
アーシェリアの性格的に、この国が滅ぶならさっさと逃げるだろし。
「それでは聞かなかったことにしておきます」
「賢明ね。学園でも近付かない事をオススメするわ。それで、馬鹿王子から聞いたけど、本当に首席になれたそうね」
「相応の努力はさせましたからね。裏工作も手を打っておいたので、妥当な結果になります」
「……あなた、もしかして政治も出来るのかしら?」
「一介のメイドとだけ答えておきます」
人を使う能力はあると思うが、人を使う才は俺にはない。
そして誰かを使うより自分で動いた方が楽なので、なるべく上の立場の人間にはなりたくない。
そしてアーシェリがアジト目で睨んでくるので、無視しておく。
再びアーシェリアが話し出そうとしたタイミング馬車が止まり、扉が開かれる。
開けたのはクルルだが、焦燥していて、アーシェリアを見ると大きく息を吐いた。
……こいつ、もしや何も言わずに出てきたのだろうか?
「アーシェリア様」
「分かっているわ。でも、私が居なくても準備位問題ないでしょう? あなたはこの私が見定めたんだから」
「……はい」
クルルを気にかけるアーシェリアだが、怒らせると面倒だと思い、煽てているのだろう。
現にクルルは怒ろうとしていた筈が、少し嬉しそうにしている。
もしも俺がクルルの立場なら、鎖で腹に一撃入れているだろう。
「ハルナの案内をお願いするわね。それと、準備が終わり次第、私の私室に通しなさい」
「承知しました」
アーシェリアは先に馬車を降りていき、そのまま屋敷の中へと消えていく。
我が儘なお嬢様だな。
一応客なので荷物をクルルへと渡し、先日と同じ厨房に入る。
材料の準備と、クッキーだけ先に生地を作って寝かせておく。
最近ふとおもったのだが、柔らかい鎖が無理ならば、鎖に柔らかい布等を巻き付けてれば、今以上に色々と出きることが増えないだろうか?
布を巻き付けた鎖は、消すと布が残る問題と、戦いではほぼ使えなくなるが、汎用性を上げることが出来る。
まあそこまでしなくても、ヨルムやシルヴィー等を使えば手は足りるので、多分使うことはないだろうがな。
さて、後は焼いて盛り付ければ終わる段階まで終わったわけだが、時間はまだまだ残っている。
終わったと告げれば、アーシェリアの部屋に行く必要があるし…………もう一品作るか。
リコッタチーズは使いきってしまったが、シルクは少しだけ残っているので、この際全て使ってしまおう。
(此処にバニラビーンズってあるか?)
『無いけど、その程度なら袋から取り出すふりをして、ボックスから取り出すことも出来るよ。一応自分で食べるために使うんでしょう?』
(まあな。お茶会用に沢山作れはするが、バニラビーンズがないならまた騒ぎになるかもしれないからな。因みに、この世界にバニラビーンズはあるのか?)
『あるよ。売られているかまでは分からないけど、自生はしているよ』
ならば後でニーアさんに話を聞いて見るとしよう。
植物関連と言えば、エルフに聞くのが一番だからな。
「クルル様。時間が余りましたので、アーシェリア様の部屋へ行く前にもう一品作っても宜しいでしょうか?」
「それはお茶会に出すようですか?」
「いえ、この場限りの物ですね。少々材料が余ってしまったので、使い切ってしまおうかと」
この厨房に居るのは、現在俺とクルルの二人だけだ。
味については問題なく、毒についても今回の場合は俺も食べるので問題ない。
向こうとしても、問題が起きた場合は俺とクルルの首を斬れば良いだけだしな。
「それは……つまり……」
「クルル様はお茶会に出る事は出来ませんので、宜しければ私といかがですか?」
「……お願いします」
悩みに悩んだ結果、クルルは堕落した。
アーシェリアに言われた通りに、部屋に案内するか、時間は問題ないので、報告を後回しにして甘いものを食べるか。
知ってしまっているから、抗えなかったのだ。
「分かりました。今から作るのはクルル様の魔法を使用しますので、少しお手伝いをお願いします」
「はい? わ、分かりました」
ちょいと間抜けな顔を晒したクルルは見なかった事にして、余り物とバニラビーンズで作るのは、お馴染みのバニラアイスである。
個人的にバニラアイスよりミルクアイスの方が好きだが、バニラビーンズが一般的ではないので、クルルを驚かせるならばバニラアイスの方が良い。
ついでに水の魔法使いなので、氷の供給も出来るだろうし、普通に作るより早く作れるだろう。
「あの、その黒い線みたいなのは?」
「バニラビーンズと呼ばれる、香辛料の様なものです。見た目は悪いですが、今から作るものに欠かせないものです」
アイスクリームを作るのは、パンケーキを作るよりもかなり楽だ。
どちらも美味しいものを作るとなると、結構大変だが、アイスクリームは基本的に材料が全てと言っても過言ではない。
クルルになるべく低温の氷を作らせ、その間にバニラビーンズと牛乳。それから生クリームを鍋で温める。
卵黄もシルクや粉砂糖を入れて混ぜておき、その後色々と混ぜ合わせたり冷やしたりして、良くかき混ぜれば完成である。
ちゃんとバニラビーンズのさやは取り出してあるので、初心者あるあるの失敗もない。
そもそもアクマの用意したレシピ通りなので、失敗のしようもないのだがな。




