第111話:リコッタパンケーキ
「これは……」
「ふむ……初めて見ますな」
早速厨房へと移動し、俺が持ってきた食材を見たライコフとジュラバルの見せた反応がこれである。
さて、俺が持ってきた材料だが、一つは魔界で貰ったシルクである。
これは無難にクッキーを作るのに使う予定だ。
ついでにこの場限りで賄賂用にプリンでも作ろうと思っている。
お近づきの印ってのは仕事を、社会で生きていく上でとても大切なものだ。
小さな労力で相手の印象が変わるのだからな。
さて、俺が持ち込んだもう一つの食材だが、分類上はチーズとなる。
チーズと言うのはかなり分類が多く、様々な料理に使われている。
一種の万能食材と言っても過言ではない。
特に俺はミモレットが好きであり……この話は蛇足だな。
今回俺が用意したもう一つの材料は、リコッタチーズと呼ばれるものだ。
作り方は色々とあるが、今回はチーズのホエーから作った奴である。
そう、今回作るのはリコッタパンケーキ……正確にはリコッタチーズのスフレパンケーキと呼ばれる料理だ。
無論色々と工夫を凝らす予定だが、受けは良いだろうと予想している。
生クリームをたっぷりと乗せる予定だし。
「特殊なのはこの二つになります。此方の固形物はリコッタチーズと呼ばれるチーズです。もう片方はシルクの粉です。どちらも単体としてはあまり美味しくないですが、毒見をしますか?」
「そうですね。念のためさせて頂きます」
「私も同じく」
「私は遠慮しておきます。後でも同じですからね」
ライコフはやはり毒見をする気は無いか。
態々不味いものを食べる必要はないし、俺とアーシェリアの関係を知っているので、下手なことをするとは思っていないのだろう。
俺も何かしようとは考えていないし。
とりあえず先にリコッタチーズをスプーンに乗せて、二人へと差し出す。
「……確かにチーズですね。それにしては不思議な感触ですが」
「初めて食べましたが、悪くないですね。チーズにしては柔らかく、酸味もあまりありません」
俺の作ったリコッタチーズだか、思いの外ジュラバルとクルルには好評らしい。
チーズと名は付いているが、作り方が少し特殊だから、わりと甘みがある。
個人的には何とも言えない味だが、好きな人は好きなのだろう。
続いてシルクだが……。
「……こちらは上品な甘みがありますね。それに、口の中で溶けるようにして消えますが、砂糖と違って甘みが残りません」
「これほどの物が……これは一体どこで手に入れたのでしょうか? 出来れば価格次第では定期購入したいのですが?」
アラクネ印のシルクもやはり好評であり、クルルはかなり気に入ったのか、欲しいとまで声を上げる。
やろうとすれば魔界から買い取って卸す事も出来るが、中間業者なんて面倒なのでやる気は無い。
よって、クルルがこれを手に入れたければ、魔界からアラクネを召喚する位しか手はないだろう。
もしくは似たようなものをこっちで探すかだ。
多分魔物としてもアラクネは居ると思うし。
「ブロッサム家に訪れた旅の商人から買ったものですので、どこから流れて来たか分からないので、購入は難しいかと思われます」
「そうですか……」
少し落ち込んだクルルだが、直ぐに気を引き締めて直し、俺が持って来た材料について問題なしと判断してくれた。
かなり軽いが、この場での毒見なんてほとんど意味は無いので、さっさと料理を始めるとしよう。
クルルに材料のある場所と、料理器具のある場所を軽く案内してもらい、先ずは最低限必要な物をヨルムとシルヴィーに運ばせる。
そしてヨルムにはクッキー用の生地を作らせ、俺はリコッタパンケーキの生地を作り始める。
……と、その前に注意を促しておくか。
「調理に少し魔法を使いますので、身構えないようにお願いします」
「そうですか……」
何人揃って不思議そうな感じにしているが、一応許可を摂ったので鎖を三本出してメレンゲや生クリーム等を並行して作っていく。
折角なので少量だがシルクも混ぜておくか。
隠し味程度なので、他の分量を変えない程度で。
あれこれと混ぜてから更に合わせて混ぜ、フライパンでじっくりと焼いていく。
一応ヨルムの方も注意しておくが、問題無く進んでいる。
発酵の時間だけは魔法を使って短縮させ、ほぼ同タイミングで焼く工程に入る。
焼くのにかかる時間は大体同じなので、後は俺の方がミスをしなければ完成である。
「いやはや、アーシェリア様から聞き及んでいましたが、素晴らしい手際と魔法ですね」
「……その一言で済まして良いのでしょうか?」
ライコフとクルルの雑談を耳にしながら、焦げないようにひっくり返しながらパンケーキを焼く事に十分。遂に焼きあがった。
一皿に二枚ずつ盛り付け、生クリームと果物。それから粉砂糖で彩っていく。
最後にブロッサム領産の紅茶を淹れ、ヨルムの作ったクッキーを大皿にぶちまけて完成である。
「こちらがお茶会にてお出しする予定になる物となります。メインはリコッタチーズを使ったスフレパンケーキ。お口直し用のシルククッキー。お飲み物はブロッサム領産の紅茶となります」
暇をしていたシルヴィーに手伝わせてテーブルと椅子を用意し、相応のマナーを持って対応する。
流石に全員貴族であるので、対応される側としても完璧なマナーである。
年齢のせいかクルルだけ少し拙いが、目くじらを立てる程のものではない。
因みにちゃっかりだが、ヨルムとシルヴィーも椅子に座っている。
シルヴィーは持ち前の能力で違和感を取り払っているので、自然に座っている。
ヨルムはついでだ。一応参加者の予定だし。
「話には聞いていましたが、完璧ですね。それに料理も紅茶の淹れ方も見事としか言いようがありせん」
……ふむ。どうやらジュラバルは、俺の事を誰からか聞いていたみたいだな。
心当たりはメイド長とアーシェリア位しかいなので、どちらかだろうが、客間で特に反応しなかった理由が何となくわかったな。
どちらからの情報だったとしても、俺に対してちょっかいを掛けるなと注意されているだろうし。
「それでは早速いただくとしましょう。料理は出来立てを食べるのが一番ですからね」
ライコフが言う事は最もだが、王族が食べるとなると出来立てを食べる機会は少ないだろう。
毒殺ってのは一番簡単な殺し方だから、いくら対策をしてもし足りないことはない。
俺以外がフォークとナイフを持ち、先ずはリコッタパンケーキを食べる。
「……素晴らしい」
一番最初に声を発したのはジュラバルだった。
「侮っていたわけではありませんが、これ程のスイーツが食べられるとは思ってもいませんでした。誇張なく、王国で五本指に入る味です」
「パンケーキの焼き加減は勿論、このふっくらしていながら心地用舌触りがまた何とも……」
「不安はありましたが、これならば全く問題ありませんね。悔しいですが、ジュラバル様の言う通り素晴らしい出来栄えです」
「……」
「……」
五人中三人はべた褒めであり、お子様二人は無言でもぐもぐと食べている。
分量はアクマに任せていたので味見をしなかったが、どうやら問題なかったようだ。
分量と時間通りに作れば良いものは、アクマが居ると楽が出来て良いな。
「紅茶も王室で出しても問題ないですね。正直王家に欲しい人材ですね。アーシェリア様との関係がなければ、引き込めたのですが……」
「此方にも色々とありまして。ですが、これで理解していただけたでしょう?」
クルルをおいてけぼりにしてライコフ達がやりあっているが、一応クルルがアーシェリアの…………ああ、少し見えてきたな。
アーシェリアは一応独立しているので、もしもアーシェリアが何かやる場合は基本的にシリウス家名義ではなく、アーシェリア名義にするはずだ。
だが今回はシリウス家名義であり、アーシェリアも家から言われたとぼやいていた。
つまり主体はシリウス家となるので、ライコフが基本的に指揮を取っているのだろう。
この中でも一番年上であるし。
相手も王家のメイドなので、裏事情も色々と知っているだろうし、こんな場所に送り出される位だから、信頼されているはずだ。
クルルはアーシェリアのメイドとしてこの場に参加しているが、立場的に言えば客と同じようなものなのだ。
多少ハブられた対応をされるのも、仕方のない事だろう。
「そうですね。全てにおいて、王家が出席するお茶会に相応しい実力があるかと思います。王家側は相応しい者とは言えませんが」
「私は確認のために来ただけですからね。クルルも宜しいですね?」
「……はい」
少しだけクルルが不服そうだが、とりあえずこれでバッヘルンの目的に近づいたな。
お茶会が終わった後に、バッヘルンへ報告しに行ってやるとしよう。
きっと驚いてくれるだろうからな。