第110話:お近づきの印
アンリとリリアを相手に遊び、学園長を弄んだ日から数日経ち、アーシェリアのお茶会の試食を作りに行く日となった。
俺が作ろうとしているお菓子の材料は、やはり一般的ではなかったため、市場には出回っていなかった。
加工食品を更に加工した様なものなので仕方ないが、元となる物はあるので、リリアに言ってサクッと用意して貰った。
エルフの店は品揃えが豊富なだけではなく、取引先も沢山あり、俺が求めているものもすんなりと手に入った。
ちょいと無理を言ったのでその分金を使ったが、今の俺にとって百円も一万円もそう変わらない。
十年もすればどうせ使えなくなるので、使える時に使って経済を回すのも、悪くない行いだろう。
たまには善行を積んでおかないと、アクマが煩いからな。
『それって善行じゃなくてただの散財。もしくは無駄使いだからね?』
(金なんて使ってなんぼだろう? どう使ったとしても、結果が全てさ)
今回は運よく直ぐに住処と金が手に入ったから良いが、他の世界に行った時はまた一からやり直しとなる。
外で暮らすことも出来るが、出来る限り布団で寝たい。
アクマの手により立場を捏造出来る可能性もあるが、こんな中世ならともかく、戸籍によって管理されている世の中の場合、身分証明となるものを個人で用意するのは大変だ。
まあこの事は一旦おいといて、現在俺はアーシェリアが手配した馬車に乗り、アーシェリアがお茶会をする屋敷とやらに向かっている。
幸いな事にアーシェリアが来なかったので、道中煩わされる事は無い。
まあ流石のアーシェリアもリディスではなく、俺を相手にはするのは態勢が悪い。
なので、代わりにクルルが迎えに来た。
煩いアーシェリアが来るよりは、何倍もマシだ。
「……あの」
「如何なさいましたか?」
俺の対面に座るクルルは困惑の色を浮かべ、俺に話し掛けてくる。
何故困惑の色を浮かべているのか分かっているが、俺から語るほどの事ではない。
「そちらの方は一体?」
「知らない人ですね」
「――え?」
馬車には従者を除いて、四人乗っている。
俺とクルル。それから手伝いとしてヨルムと…………シルヴィーだ。
珍しくアンリ達と外出した時は来なかったが、今回はしっかりとついてきている。
おそらく王都の外では、天使に知られないように紛らわすのが難しいのだろう。
森の中で一本の木を探すのは難しいが、野原にある一本の木は簡単に見付ける事が出来る。
まあ邪魔さえしなければ俺としては何も言うことはないので、無視していたら当たり前のように馬車に乗っていた。
そりゃあクルルも困惑するだろう。
「酷いな~。私とハルちゃんの仲じゃないの~」
「えっ? あの?」
正直ネタバラししても良いのだが、それはそれで騒ぎになってしまう。
大人しく、リディスで遊んでいてくれれば良かったのだがな……。
「冗談です。ただの小間使いです。シルヴィーとお呼びください」
「よろしくね~。あっ、これお近づきの印だよ~」
袖から小粒のコランオブライトを取り出したシルヴィーは、困惑しているクルルの手の上に乗せる。
クルルはわけも分からずお礼を言い、コランオブライトをポケットにしまう。
こいつは自分が神だと隠す気があるのだろうか?
クルルは小石が何なのか分かっていない様子だが、流石に子爵の当主で国宝レベルの宝石を見たことがないとは考えにくい。
クルルが親に見せれば、後で騒ぎになるかもしれないが、俺は知らぬ存ぜぬを貫くだけだ。
「……ところでお茶会では、どんな料理を作る予定ですか?」
「それは作ってからのお楽しみとなります。材料は此方の袋の中にありますが、作る前に確認はするのでしょう?」
「……はい。安全確認のために見る予定です」
シルヴィーの件から急に話が変わったが、仕方のないことだろう。
こいつには関わるだけ損だし。
「因みに本日は、クルル様以外に誰か見るのでしょうか?」
「王子付きのメイドの方が、確認に来る予定となっています。それと、シリウス家から一人ですね……あっ」
俺達を抜いて三人の、計六人か。
多めに材料を持ってきているので、材料が足りないなんて事にはならなさそうだな。
本当ならばアーシェリアに頼まれたタイミングで、確認するべきだったのだろうが、作る料理を考えていたら忘れてしまっていた。
「教えて頂きありがとうございます」
「いえ、こちらも人数を伝えず、申し訳ございません。一応最低限材料を用意していますが、問題無いですか?」
「大丈夫です」
俺が個人的に持ってきた材料は二つだけだが、両方ともそれなりの量を準備してある。
片方はこの世界には無いものだが、折角なので今回使ってみようと思う。
反応次第では後で仕入れてみるのも手だろう。
軽く話している内に、馬車が停まる。
時間としては大体三十分程か。
ブロッサム家の屋敷が貴族街の端から三十分だと、やはり王城に近い場所なのだろうな。
もしくは逆に遠い可能性もあるが、それは馬車を降りればわかる事だ。
「着いたようですね。どうぞ降りて下さい」
身分上平民だが、客人であるためクルルが扉を開け、手を取って降りる。
ここら辺のマナーもメイド長に教えられているので、悲しい事にスムーズに対応できる。
これはヨルムも同じであり、クルルはヨルムがしっかりと手を取って降りた事で、若干驚いていた。
馬車を降りると目の前には見事な屋敷があり、辺りを見渡すと城が結構近い所にある。
まあたかがお茶会で遠くまで行く必要もないし、妥当と言えば妥当が。
全員降りてから遠ざかる馬車を見送り、屋敷の中に入る。
「この屋敷はシリウス家の屋敷なのですか?」
「いえ、アーシェリア様個人が所有している屋敷になります。一応管理はシリウス家となっていますが、気にする必要は無いかと」
これ程の屋敷を個人で……か。
流石としか言えないな。
屋敷に入って厨房へと案内されていると、妙齢の女性がクルルへと近寄って来て耳打ちする。
「そうですか。ありがとうございます」
「如何しましたか?」
「予定していた王家のメイドと、シリウス家からの監視の方が来たようです。ですので、先に挨拶へ伺っても宜しいですか?」
「構いません」
…………ふと思ったが、王家のメイドならばシルヴィーの姿を知っているのではないだろうか?
シルヴィーが王城のどこで何をしていたのかしらないが、知っている可能性は大いにある。
気になったのでシルヴィーを見るが、気にしている様子は全くない。
大丈夫なのだろうか?
「此方の客間になります」
厨房ではなくて客間へと案内され、中に入ると知っている男と、知らない少し年上だと思われるメイドが居た。
確か名前はライコフだったかな?
女性の方は茶髪で、結構冷たい雰囲気だな。
「お久しぶりです。それと入試お疲れさまでした」
「此方こそお久しぶりです。それと、ありがとうございます」
ありきたりな社交辞令を交わし、王家のメイドの方に目を向ける。
立場上先に挨拶をするのがマナーかもしれないが、ライコフさんが先に挨拶した理由を察して、先にライコフさんへ挨拶をした。
半ば無視される形となったが、これと言って嫌悪感を抱いている様子は無い。
そしてシルヴィーを見ても動じない辺り、どうやらあった事は無いみたいだな。
メイド長すらシルヴィーを見て慌てたのだし、知っていれば間違いなく反応を示すはずだ。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はブロッサム家でメイドをしていますハルナと申します。後ろの二人は手伝いとなるので、気にしないで下さい」
「話しは少なからず聞いています。私は第四王子のメイドをしているジュラバルと申します。本日は毒見と確認のために来ていますが、王子が食べるのに相応しい物を期待しています」
悪くないが、しっかりと釘を刺してくるあたり、しっかりとしている。
俺を相手にしても、しっかりとメイドの本分から逸脱するような態度を取っていない。
ライコフと一緒に待っていたので、何かしら話し合いをしていた可能性もあるが、まあ悪くない。
家名を名乗らないのは少々気になるが、俺を委縮させないための配慮だろう。
全くの無意味だが、中々出来る人だ。
「それは勿論です。早速取りかかろうと思いますが、作業も見学するのでしょうか?」
「はい。それと、使う食材も確認をしますので、よろしくお願いします」
「若い方々に混ざるのは少し気が引けてしまいますが、私もよろしくお願いします」
この中で唯一の男となるので、ライコフの気が引けてしまうのは分かる。
何なら俺も混ざりたくはない。
アーシェリアやメイド長が居ないのでマシだが、好き好んで女性の輪になんて入りたくない。
まあ愚痴はおいといて、さっさと厨房に行って始めるとしよう。
作るのは結構時間がかかるからな。