第109話:主席のリディス
試験の結果が出る前日。
やはりと言うか、分かっていた事だが朝から学園の関係者……良い感じに歳を取った男性が訪れた。
顔の皴でそれなりの年齢なのは分かるが、この世界の人間は歳を取っても白髪になる事はないので、年齢が分かり難い。
客間に集まったのは俺とリディスとヨルムの三人で、シルヴィーは朝のコーヒーを飲んでからは見かけていない。
そのせいでなのだが、名前を聞かなくても目の前に座っている老人が誰なのか、直ぐに分かってしまう。
ついでに老人を出迎えた時の、メイド長の反応が反応だったので、そちらからも考察してある。
「突然の来訪すまなかったね。先ずは自己紹介をしようか。わしはローデリアス学園で学園長をしている、ガブリエル・ボワイエだ。本日来たのは、アインリディス君の試験結果について少し相談があってね」
人の良さそうな笑顔で自己紹介をした学園長だが、こう見えてあのシルヴィーの世話係をしていたのだ。
見た目通りの人間ではないだろう。
神様の相手やら公爵の相手やらをしていたためか、リディスは学園長を相手にしても堂々としていて、動揺がまったく見られない。
「先に断っておくが、君達三人の合格は確定している。三人共全体の中で十本指に入る、極めて優秀な成績だ。教育者としてはとても嬉しい限りだ。その中でもアインリディス君の成績は一番だ」
一番と言われたリディスは少しだけ口元をニマニマと動かすが、直ぐに横一線に戻す。
自己採点で学科は満点で、魔法試験の人形を壊し、試験官に勝ったのだから妥当な結果だろう。
問題はここからだ。ただ首席とするならば、態々学園長が此処に来る必要はない。
仮に来たとしても、一言祝いの言葉を送り、入学式当日にするスピーチを考えておいてくれと話す程度だろう。
「本来ならばもう少し賛辞を贈りたいのだが、本題に入ろう。入試試験で最も良い点数を取ったアインリディス君には主席入学とし、スピーチをしてもらう事になるのだが、少し困った事になっていてのう」
困り顔の学園長だが、この流れは見えていたし、王子が一人と公爵家から二人も入学する今年に、この三人を差し置いてリディスを首席とするのは少々難しい。
分かっていてやっているのだが、これで強引に首席の結果を取り消そうものならば、俺にも考えがある。
「怒らないで聞いて欲しいのだが、主席を降りてもらう事は出来るだろうか? それに伴っての配慮は勿論するし、単位や授業についても優遇すると約束しよう。どうじゃ?」
「お断りします」
リディスの即決に学園長は眉を潜めるが、直ぐに笑顔に戻る。
悩むならまだしも、真っ向から喧嘩を売ってきたことに驚いたのだろう。
子爵が侯爵に喧嘩を売るのはあり得ることだが、侯爵が公爵ないし王族に喧嘩を売るのは、あり得ない。
例えだが、侯爵までは会社で言えば雇われの立場だが、王族と公爵は雇用している側の立場となる。
逆らえば立場が悪くなるのは、馬鹿でも分かる話だ。
今の学園長の提案を飲むのが、王権の社会で生きていくには必要なことだ。
普通ならばな。
「……その答えを曲げる気はないのだね? そして、その答えの意味が分かっているのかね?」
「勿論です。仮に私個人ではなく、ブロッサム家が害されることになるならば、この国は他国より軽んじられる事になるでしょうから」
「そうだね。今のブロッサム家は王家より、忠臣と呼ばれる程だ。たかが王子のご機嫌取りで陥れようものなら、失笑を買うことになるだろう」
元々堅実な領地をしていたブロッサム家だが、例のコランオブライトのせいで、王家からの印象はストップ高となっている。
スティーリアが色々とやっているとはいえ、ブロッサム家の娘であるリディスにちょっかいを出している奴らは馬鹿だと思う。
親の心子知らずとでもいうのか、落ちこぼれだから相手がブロッサム家の娘でも、苛めて大丈夫と考えているのだろうか?
学校は小さな国と呼ばれることもあるが、流石のバッヘルンでもやり過ぎている相手には遠慮しないだろう。
つまり、リディスが強気に出ても、リディスだけの立場が悪くなるだけで、他は問題ないってことだ。
どちらにせよリディスは、バッヘルンに首席になると豪語しているので、図らずもバッヘルンの後援を受けているとも言える。
「それでも、このまま首席となった場合、アインリディス君を攻撃してくる者が居るだろう。子供とはとても残酷なものじゃからな。それでも良いのかね?」
「初めから覚悟の上で私は此処に居ます。首席になるとお父様に誓っていますので、逃げる気は毛頭ありません」
多分そのバッヘルンだが、首席になることの重大性を正確に理解していないと思う。
もしも知っていれば、リディスが首席になると言った時点で止めていたはずだ。
なのに何も言わなかったのは、そう言うことだろう。
若しくはそこまでリディスが点数を取れると思っていなかったか……。
「覚悟はあるということか……。ならば、その覚悟を学園の長として受け止めるとしよう」
リディスの覚悟を聞いた学園長はにっこりと笑い、三枚の紙を差し出してきた。
それは合格通知表であり、リディスのだけは首席なだけあり、少し豪華になっている。
ついでに入学についての注意事項等も裏に書かれており、一度しっかりと読んでおいた方が良さそうだな。
「改めてとなるが、合格おめでとう。これから先様々な困難があると思うが、乗り越えられる事を祈ろう。まああの方が居る以上、最悪の事態にはならんだろうがな」
機嫌の良い学園長に困惑するリディスだが、学園長の言うあの方とはシルヴィーの事だろう。
そして学園長は勘違いしているが、もしもリディスが死にかけたとしても、シルヴィーは手を貸さないだろう。
相手が悪魔や天使だったら別だが、基本的にシルヴィーは観測するだけだ。
まあシルヴィーが気にしている人物に手を出すってのは、国王からすればたまったものではないだろう。
おまけにもしもシルヴィーが出るのならば、最悪の場面。一番場を引っ掻き回せる時だろう。
あいつは楽しければそれで良いと考えるタイプの人間……神だからな。
「それと先に断っておくが、ヨルム君とハルナ君のどちらかはアインリディス君と別のクラスになってほしいのじゃ」
「それは何故でしょうか? 恒例では成績順と聞いていますが?」
「少し訳ありの新入生が居てね。どうしても枠が一つ足りなくなってしまったんじゃ。無理強いをするつもりはないが、ハルナ君としては良い話だと思うが、どうかね?」
リディスの観察が出来ないと言っても、あくまでも通常の授業だけとなる。
下手な高位貴族と居れば俺自身が要らぬ騒動に巻き込まれる可能性があり、ならば離れていた方が特か……。
それに学園内なら念話が届くので、何があっても問題ないだろう。
「そうですね。私が別のクラスで良いです」
「ハルナ?」
「ヨルムやアーシェリア様も居ますし、何があっても直ぐに駆けつける事が出来るので、問題ないかと思います」
リディスが心配そうにするので、ハッキリと話しておく。
せいぜい王族や公爵に遊ばれてくれ。
「すまないね。入学についてはこれで終わりじゃ。すまないが、ハルナ君と個人的に話したいことがあるので、席を外して貰っても良いだろうか?」
流石のリディスも少し不機嫌そうにするが、相手が相手なので、文句を言わずに席を外す。
しかし途中で引き返し、ヨルムを取っ捕まえ、それから部屋を出ていった。
「ふむ。それにしても本当に真っ白の髪だね。染めている様にも見えない」
「地毛ですが、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。それよりも……」
「呼ばれて飛び出てさんじょ~」
学園長が話をする前に、シルヴィーがいきなり現れる。
今更現れるってことは、学園長の用事はこいつか?
「先日はどうもね~。話は聞いてたけど、おめでたいことだね~」
「下の方が動いていましたが、私の目が黒い内は一線を越えないように努めましょう」
リディスが首席だったが、やはり何か不正を働こうとしていた奴らが居たか。
「それで、例の素材の件ですが……」
「知ってるのはハルちゃんだけど、話は自分でね~」
「分かっております」
シルヴィーが出てきたのは、顔繋ぎのためか。
何やらお願いがあるって事だろうが、はて?
「ハルナ君に話と言うのは、レッドアイズスタードラゴンの素材についてじゃ。シルヴィー様に確認したところ、ハルナ君の名前が出てきてね。これは勘なんだが、アインリディス君の杖を作ったのは君だね?」
働きかけの報酬として、学園長はシルヴィーから情報を貰ったわけか。
別に誰にも話すなと禁じていないし、話が漏れるのは問題ないが、どこまで話したものか……。
シルヴィーの関係者だから、口の軽さ的に信用ならん。
とは言っても、研究者気質の人間は扱いが難しい。
とりあえずいつも通り流れに任せるか。
「そうですね。特殊な方法で私が作りました。勿論素材の用意も、私が自分で用意しました」
「……これは虎の尾を踏んでしまったようじゃな」
警戒心を露にするが、直ぐに四散する。
相手が自分よりも強者だと分かり、少し考えたのだろう。
人を見た目で侮ってはいけない。あり得ないということは、あり得ないのだ。
「素材を少しだけ分けて貰うことは出来ぬか?」
「報酬次第では差し上げましょう。私が直ぐに差し出せるのは、爪と鱗。それから翼膜を少しですね」
「ほぉ……。でしたら翼膜を手のひらサイズで二枚と、爪を百グラムお願いしよう。対価は……何か欲しいものはあるかのう?」
量としては控えめの様に聞こえるが、ヨルムの素材は金みたいなものだ。
希少価値としてはもっと上だが、加工の事を加味すればその程度だろう。
如何にレア度の高い素材とて、加工できなければ金策素材でしかない。
話は戻して、報酬次第とは言ったものの、欲しいものは正直なところ無い。
学園については全て工作済みであり、情報も今度ゼアーから貰う予定だ。
金は有り余っているし、唯一欲しいのは戦いの相手だが、魔界に行くのが手っ取り早い。
「……無いので、何か報酬となるものはありますか?」
「ふむ……」
流石に学園は悩むように呟き、シルヴィーを見る。
残念ながらシルヴィーは、俺の用意したクッキーを貪っており、学園長を無視する。
その結果、学園長は落ち込んだ。
「そうだな……学園にて問題が起きた場合、基本的にハルナ君の味方をする……なんてどうだろうか?」
「それは私に非があったとしてもですか?」
「犯罪にならない程度ならば味方になろう。まあ、シルヴィー様が気に入っている人物が事を起こすとは思っていないがね」
別に欲しいものがあるわけではないし、とりあえずこの条件で良いか。
素材なんてヨルムに言えばいくらでも手に入るものだし、世間では金でも俺にとっては雑草と同じだ。
「とりあえずその条件で良いでしょう。此方か約束のものになります」
アイテムボックスにある奴をアクマに出させると、学園長は目を見開いてから口に手を当てた。
やはり人が驚く様を見るのは、中々楽しいものだな。
「…………ふぅ、確かに戴いた。これは個人的になるが、ハルナ君とは敵対したくないものだ」
「今日の客は明日の商売敵。そうならないと良いですね」
「わはは~」
脅しというわけではないが、歯車の組合せ次第では学園はおろか国がなくなるかもしれないのだ。
ちょっとした助言だ。
学園長の言った下の者に気を付けろというな。
俺もあまりにも王族が愚かならば、動きを変えるし。
「そうか……今日はこれで失礼しよう。今度は学園で会おう」
「はい。本日はお越しいただきありがとうございました」
「……」
言葉に詰まった学園長を、メイドの仕事として玄関まで見送る。
どうやら少し遊び過ぎたようだな。
「からかい甲斐のある人でしょ~?」
「そこまででは。ですが、伝手が手に入ったことは感謝しましょう」
ついでに悪い人間ではないことも知れた。
何かあれば事件は学園長に投げれば、勝手に解決してくれるだろう。
さて、これでリディスの入学も問題なくなったし、次はバッヘルン…………の前にお茶会だな。