第107話:戯れハルナVSエルフと魔法使い
「降参よ。負けたわ」
アンリとリリアの戦いは、リリアの勝利で幕を閉じた。
これがただの魔法の撃ち合いならばアンリの勝ちだっただろうが、普通の模擬戦なので武器を使用する事が出来る。
魔法で時間を稼いでいる間に一気に距離を詰めて、首に槍を添えただけではなく、何が起きても良い様に、周りに魔法を待機させておいたのは中々素晴らしい。
勝てるとは思っていたが、結果だけで言えば完勝と言っても過言ではない。
しかし間近で見て思ったが、アンリの魔法も思いの外凄い物だったな。
俺がこれまでまともに見たのはメイド長とクシナヘナスの魔法だけだが、魔法だけならば本気を出す前のクシナヘナスと戦えるかもしれない。
身のこなしも悪くなく、状況次第ではメイド長にも勝てるだろう。
今回のアンリの敗因は、精霊魔法への対処を間違えたことだろうな。
動きを見る限り、精霊魔法の特徴を知らなかった感じがする。
まあ知っていたとしても、この結果は変わらなかったとは思うがな。
リリアの精霊魔法の範囲から逃げるには距離が近すぎるし、魔法を撃ちあう判断をした段階で、リリアに分がある。
模擬戦も終わったし、結界を解除して少し周りを暖めるとしよう。
此処一帯だけ真冬のような寒さだからな。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「見事なものね。魔法を操る技量も、戦い方も前回とは全く違ったわ」
「相手が誰であろうと、舐めるよう事はもうありませんので」
二人の怪我を治し、ついでに魔力も回復させてやる。
これで戦いは終わったのだから回復させる意味なんてない…………なんて思っているだろうが、気にしない。
これからまた魔力を使うことになるのだし。
「最後のって精霊魔法? 何であんな強力な魔法を使いながら動けるのよ」
「精霊魔法は私ではなく、精霊が肩代わりして魔法を使っているので、発動さえしてしまえばそれなりに自由に動けるのです」
「……なんて狡い魔法なのよ」
精霊魔法は一種の固有魔法みたいなものだし、場合によってはアンリが使った混合魔法よりも危険…………らしい。
訓練の休憩中に聞いた話だが、精霊魔法を使うにはまず精霊と意志疎通出来なければならない。
その次に精霊が好む魔力の質が必要であり、更に精霊に気に入れられなければならない。
そこからやっと精霊と契約するのだが、精霊次第では常に死が付きまとう契約となる。
基本的に精霊の方が上位存在であり、扱いを間違えると魔力だけではなく、生命力すら奪われかねない。
特に詠唱のミスは結構致命的な場合があり、暴発の結果死ぬ可能性が高いらしい。
何なら周りを巻き込んで、盛大な爆発をするのだとか。
メリットもあるが、デメリットも相応なのが精霊魔法なのだ。
まあそんな精霊魔法に対して、ほとんど詠唱無しで勝ててしまっているアンリはやはり上澄みの上澄みである。
この世界では。
「その代わり精霊の機嫌を損ねますと、死ぬ危険性のあるんですけどね。威力の調整も難しいですし」
「……なんで前回は使わなかったのよ?」
「……そう言うことです」
アンリのジト目に、リリアは目を逸らして答える。
前回は精霊にそっぽを向かれており、無理に使おうものなら、死んでいたかも知れないと、本人が俺に教えてくれた。
ようは使いたくても使えなかったのだ。
俺との訓練中に精霊魔法が使えた理由だが、リリアが覚悟を決めた事により、精霊が少しだけ認めてくれたらしい。
そこら辺はリリアの方で色々とあったらしいが、俺には関係ないので詳しくは聞いていない。
どうせ俺には使えない魔法だし。
何なら精霊はいないけど妖精モドキは俺の中に居るし。
「本当に扱いにくい魔法みたいね。まあ、だからこそ強いんだろうけど」
「奥の手の一つですので。なるべく頼りたくはないですが、あなたに勝つには必須でした」
魔法の技量が上がり、戦い方を学びはしたが、使える属性がほぼ同じである以上、基本的に使える魔法の等級が高い方が勝つ。
アンリが相手でなければ訓練で教えた小手先の技術ももっと役にたったと思うが、戦いになれているアンリの方が上手であった。
開幕のエアロボムを的確に相殺し、自分の有利なフィールドを作り出した時点で、リリアは戦い方を変えるしかなかった。
根比べではアンリの方が上であり、瞬間火力も今の様にアンリの方が上。
近接戦だけはリリアの方が上だが、それ以外は…………いや、ここまでにしておこう。
勝てるとは思っていたが、二度目は当分ないだろう。
「一勝一敗だし、もう一度戦わない?」
「現状では二度目が無いと分かっています。慢心していない状態では、絶対に勝てないと」
まあ初めからあんな三種の混合魔法なんて使われれば、リリアでは打つ手なしだからな。
しかも、あの威力であの速さだからな。
それに他にも手札を持っているだろうから、アンリが格下と侮どらず、開幕から強力な魔法を使えば、どう足掻いても勝てない。
おまけに三属性中二属性が妨害向きである。
「つまらないわね。けど、面白い物が見られた事については礼を言っておくわ」
「精霊魔法を使えるのは少ないですからね。Sランク冒険者でもこれまで見たことがなかったのですか?」
「あるにはあるけど、遠目でよ。それに戦争の最中だったから、話す暇なんてなかったわ」
そう言えばアンリ達は、別大陸から来たんだったな。
この大陸はそこそこ平和らしいが、流石に他の大陸の事までは知らない。
さて、話し合いはこの程度で良いだろう。
「面白い戦いも見られた事ですし、アンリさんには少しサービスをしてあげましょう。ヨルム」
「任されよ」
俺が先程使った結界の魔法を、ヨルムが展開する。
ヨルムは一応俺と同じく火と光の魔法がつかえることになっており、魔法を盗むという点においてはかなりのスキルを持っている。
簡単な魔法ならば、見ただけで再現出来るのだ。
そして結界が張られたことでリリアは少し顔色が悪くなり、アンリは眉をひそめる。
「サービス……ね」
「私に勝てたのならば、件の魔法について便宜を計ってあげましょう。それと、リリアはアンリさんに協力してください」
「はい!」
折角の野外であり、周りに配慮する必要もない場所。
少し位戦ったとしても問題なかろう。
両手から鎖を伸ばし、腰からも二本ほど鎖を出す。
すると何も言わずにリリアは距離を取り、アンリも僅かに遅れながらもリリアの隣まで下がる。
「アンリさんも話は聞いていると思いますが、私は火と光の魔法が使え、治療が手前味噌ながら得意です」
「……それで?」
「ついでに魔力量も相応と自負していますので……本気でどうぞ」
手始めとばかりに、リリアと初めて戦った時に使った蒼炎の円環を若干弱くした奴を放つ。
前回とは違い爆発の余波に指向性を持たせていないので、少し避けた程度では余波で丸焦げ……正確には全身大火傷となるだろう。
だが二人は揃って水の魔法で蒼炎の円環の余波を弱め、風の魔法で更に距離を取って逃げた。
それからリリアが妨害用の魔法で俺を牽制し、アンリが強力な魔法で倒そうとしてくる。
開幕に蒼炎の円環を使ったのが良かったのか、アンリの魔法には殺気にも似た思いが込められている。
正確には本気を出さなければ容易く地面を舐める事になると分かり、死力を尽くしているのだろうがな。
蒼炎の円環が着弾した地点は地面が液状化し、マグマの様になっているな。
次からはもう少し手を緩めるとしよう。
「ふざけた威力ね。あのドラゴンとの戦いを思い出すわ」
「アンリ。師匠ならばどんな魔法を使っても問題ありません。いえ、どんな手を使っても良いので、最善の魔法を」
「いつもよりは手を抜くので安心して下さい。それと、アンリさんはこの事を内密にお願いします」
アンリの表情が険しいものに変わるが、その状態で杖を一振りして俺の周りに魔法を展開する。
威力は……大体上級程度か。やはりリリアとの戦いではそれなりに手を抜いていたと分かる速さと威力だな。
だが……その程度ならばまだ鎖だけで問題ない。
飛んできたリリアとアンリの魔法を腕の鎖で消し飛ばし、氷……は使えないので、この世界ではジャッジメントと呼ばれる魔法を使う。
ざっくりと言えば、前にリリアへ向けて使った極光の下位互換だ。
魔法を撃ち消し、当たれば魔力を四散させる魔法となる。
難易度は戦略級となっているが、殺傷能力は無い。
その代わり範囲がとても広く、戦争とかで使われれば、一時的に魔法を使うのが難しくなるので、時と場合によってはかなり有能な魔法だ。
なので……。
「嘘でしょ!」
「訓練では見た事もない魔法を……」
戦争に参加していただけあり、アンリはこの魔法が何なのか分かったようだ。
だが、分かっていても逃れることは出来ない。
「ぐぬぬぬ…………ぬぅ!」
……少々ヨルムも余波を受けているが、まあ大丈夫そうだな。
結界に乱れもないし。
「混ざり合う闇よ。グルムテンペスト!」
「打ち滅ぼせ。アイスロアー!」
無理矢理振り絞る様な魔法だが……悪くない。本命は別なのだろうからな。
流石に鎖だけで打ち払える規模ではないので、追加でジャッジメントを放ち、接近してきたリリアの槍を鎖で弾く。
更に足元から生える氷の棘を炎で溶かし、空から迫る魔法の数々を天気雨の逆バージョンで迎撃する。
バカスカ魔法を撃っているせいか、二人共凄い勢いで魔力が減っているのを感じる。
回復させても良いが、なんやかんや良い時間だし、先に飯を食べよう。
「ナクバ・イルム」
とある女神を象った魔法が俺の後ろに現れ、アンリ達に光の雨を降らせる。
雨と言っても槍程度の太さがあるが、二人はほんの数本だけ防ぐのが精一杯で、四肢を地面へと縫い付けていく。
無論非実体系の光魔法なので、血が溢れたりなんて惨たらしい事にはならない。
これはとある光属性の魔法をアレンジしたものであり、本来の魔法は光の雨に打たれた者達を回復させるものだ。
それを魔力だけを貫き、拘束する魔法にアレンジしたのだ。
なので、二人はほぼ魔力が空になった状態で、地面でハリネズミになっている。
流石にこの状態で話しかけるのは気が引けるので、先に解除しておく。
「とりあえずこんなものですね。時間も丁度良いですし、お昼なんて如何ですか?」
「……そうね。いただくわ」
「きゅ~」
ギリギリアンリは意識を保てているようだが、どうやらリリアは気絶してしまったようだ。
まあ中々ショックを受ける見た目だったし、いくら俺の訓練で耐性が出来たとしても、流石に耐えられなかったか。




