第106話:リリアVSアンリ
今回の戦いだが、二人がどう戦おうと周りに被害が出てしまう。
片やSランク冒険者であり、もう片方も精霊魔法を使えるエルフである。
ギルドに申請したとしても、出来れば止めて欲しいと断られる事になる。
因みに前回は城壁の外まで行き、被害が出ても問題ないところで戦っていたそうだ。
俺の魔法を使えば裏庭で戦っても問題ないのだが、折角なので前回二人が戦った場所で、今回も戦ってもらうことにした。
理由は正直無いのだが、色々あって一度も街の外へ行けてなかったので、これを機に外へと出てみることにしたのだ。
まあ出るのは街の北側であり、森が広がっている方なので、何かあるわけでもないのだがな。
何か予定があると言うわけでもないので、それなりの準備をしてから、歩いて目的の場所へ向かう。
「それにしても、まさかこんな事になろうとはね……」
門を抜けて、少し歩いたところで、アンリがリリアを見ながら呟く。
「師匠のおかげで、私は自分の弱さを知ることが出来ました」
「エルフってもっと頑なだった筈なんだけど、ほんの数日で何をやったのよ……」
まあ確かにエルフは寿命が長い分、人よりも変化を嫌うだろうが、誰だって死にかければ価値観が変わるものだ。
何せ、そうしなければ死んでしまうのだから。
「少し訓練をしただけです。ヨルムでも耐えられる程度のね」
「何をしていたかは知らぬが、我に耐えられぬ事はない」
「……」
先日の訓練で、アンリはヨルムがどれくらい戦えるのかを実際に体験している。
魔法は本気を出していないとは言え、アンリと同程度の火力を出し、肩車されている状態でメイド長の剣を受けれる体幹を持つ。
そんなヨルムが耐えられる訓練と言われても、困惑するだけだった。
そしてリリアはヨルムが何なのか知っているので、話を聞かないふりをしている。
凛々しくなったものだな。
それから他愛もなない話が続き、目的の場所に到着する。
この二人が作ったと思われるクレーターが幾つかあり、とても分かりやすい。
「それでは始めましょう。一応結界を張っておきますので、本気でやっていただいて構いません。それと、生きてれば治しますので」
「そう。なら、この前の鬱憤もあるし、派手にやらせてもらうわ」
「私も全力でやらせていただきます」
アンリは先端に宝石らしき物が填められた杖をどこからともなく取り出し、リリアは背負っていた槍を手に持ってから距離を取る。
アンリの杖は武骨な長杖であり、接近戦をすることも視野にいれているのだろう。
見栄よりも実用性を取っている辺り。Sランク冒険者の名は伊達ではないらしい。
この前の訓練では使っていなかったが、それだけ本気と言うことだろう。
「楽園の公園」
不可視と耐久力を重視した結界を張り、鎖で椅子を作り出す。
普通に作った結界なだけあり、反動があまりないな。
「これは……」
「流石師匠……」
二人揃って結界を見上げているが、さっさと戦いを始めてくれないか?
1
ハルナによって結界が張られたは良いものの、リリアとアンリはしばし呆然としてしまう。
そんな中先に動いたのはリリアだった。
ハルナの訓練により、ハルナが如何に規格外か知っていた分、立ち直りが早かったのだ。
小手調べとばかりに、アンリの四方にエアロボムを展開する。
一撃でも食らえば意識を失うだけではすまない威力だが、アンリは直ぐにエアロボムの魔力を感じ取り、込められた魔力と同程度の魔法を放ち相殺する。
更に自分の周辺の地面に氷の刺を生やす。
アンリは純魔法使いであり、距離を詰められるのを嫌う。
なので対策として地面を支配したのだ。
魔法の枠を一つ取られるが、氷の刺を展開している間は、直ぐに反撃が出来る。
しかしリリアはお構いなく氷の棘を風の魔法で吹き飛ばし、アンリへと接近して槍を振るう。
更に遅れるようにして、アンリの左右からウィンドカッターが接近する。
アンリは槍を受け流し、地面の氷を使ってリリアにアイスランスをこれでもかと放つ。
そして足下に風魔法を展開して、リリアから距離を離してウィンドカッターを避ける。
前回とは違い、がむしゃらに魔法を使うのではなく、意味のある魔法を使うリリアを見てアンリは認識を切り替える。
力押しで勝つのは、流石に厳しいと。
「ダークミスト」
氷の刺を解除して、辺り一面に黒い霧を展開する。
リリアはウィンドストームで吹き飛ばそうとするが、霧は吹き飛ぶ事なく、リリアの視界を塞いでいく。
そして、霧の中から様々な魔法がリリアに向かって放たれる。
視界は勿論魔法によって作られた霧のせいで、魔力による感知も機能しない。
アンリはSランク冒険者として名を馳せる程の高威力の魔法が使えるが、どちらかと言えば技巧派の魔法使いである。
絡め手でじわじわと追い詰めていき、弱ったところを刈り取る。
そんな戦い方の方が得意だ。
しかし魔物のランクが上がれば、それに合わせて魔力の威力も上げなければならないので、世間一般的にはあまり知られていない。
前回のリリアとの戦いも魔法の撃ち合いとなっていたので、リリアはアンリが戦法を変えたことにより僅かに焦りが生まれる。
だが、この程度で精神を乱す程では、ハルナとの訓練で生き残ることは出来ない。
確かにリリアが反撃出来ないように、決して弱いとは言えない魔法が襲い掛かってくるが、多少の無理をすれば打破できると踏んでいる。
「流浪なる青よ。天翔ける風よ。森の民たる我が声を届けん」
致命傷になりかねない魔法だけを槍で防ぎ、違和感を感じた方に魔法を放って牽制する。
「嘆きに暮れし日々は終わり、創生たる世界に想いを馳さん」
精霊魔法の詠唱。
リリアが使える魔法の中で最も威力があり、範囲も相応に広い。
長い詠唱が必要であるが、そんなのは関係ないとでもいう様に、リリアは詠唱を続ける。
そんなリリアの姿を見たアンリは、どんな魔法が使われようとしているのか分からなくても、魔力の動きでリリアが危険な事をしようとしているのだと察する。
「闇よ。吹き荒ぶ風を纏い、蒼き世界を覆い尽さん」
アンリが戦士ならば接近戦でリリアを止める手も取れるが、そんな事をアンリは出来ないので、展開していた魔法を全て解除し、リリアに対抗すべく魔法を唱える。
それはアンリが使える中でもトップクラスの魔法であり、三属性混合のこの魔法は今の所アンリしか使えない魔法である。
混合魔法とはその名の通り、複数の属性を混ぜ合わせえる魔法だ。
二属性でも合わせるのが難しい中、アンリは三つの魔法を混ぜ合わせる。
その威力は合わせる属性毎に乗算で上がり、その分制御が難しい。
簡単に使える手ではないが、そうしなければ危ないとアンリは危機感を募らせたのだ。
「大いなる聖霊よ。刹那の刃を此処に――グランドアブソリュート」
「されど一粒の希望は、白銀の嘆きを響かせん――イビルダムネイション」
同時に終えた詠唱により、氷の巨剣がアンリへと振り落とされ、その巨剣に向けて漆黒に染まった氷の龍が放たれる。
アンリはリリアが使った魔法に目を見開くが、負けじとばかりに魔力を込める。
魔法のぶつかり合いにより辺りは氷点下を下回り、草木が……空間が凍っていく。
そんな中、流石に少し寒いなとハルナは思いながら、戦いの成り行きを見守る。
拮抗していた魔法は、アンリの方が若干有利に傾き始め、氷の巨剣に罅が入り始める。
このままいけると思ったアンリだが、ふと、嫌な予感がした。
リリアの魔法に集中していたせいか、周りへほとんど気を配れていなかった。
一対一で魔法を撃ち合っているのだから、心配無用と思えるかもしれないが、戦いに絶対はない。
周りに意識を割いた、その時……。
「チェックメイトです」
「……」
アンリの首には、リリアの槍が添えられていた。
もしも……もしもアンリが精霊魔法がどんなものか知っていれば、こんな隙を晒すことはなかっだろう。
この世界の魔法は、魔法を発動している間は術者が常に魔法を管理しなければならない。
よって、魔法を発動しながら他の事をするのがかなり難しい。
強大な魔法となればそれは顕著であり、アンリもこの魔法を使いながら動いたり他の魔法を使うのは厳しい。
それはリリアも同じだが、精霊魔法とは精霊に魔力を渡す事によって、代わりに魔法を使ってもらう魔法だ。
つまり、精霊と意思伝達が出来れば、魔法を使ったまま他へとリソースを割く事も可能なのだ。
だからリリアはグランドアブソリュートを使うと同時に、風の魔法で自分の姿と魔力を覆い隠し、アンリの背後へと移動して槍を首へと突き付ける事が出来た。
更に周りに待機状態の魔法を複数展開しており、二重三重の構えもしてある。
対抗策を考え、アンリは少しだけ魔力を高めるが、その瞬間にリリアの槍が首の薄皮に食い込み、ため息を吐く。
「降参よ。負けたわ」
身体能力で劣っている以上、ここからの挽回は無理だと考え、アンリは素直に負けを認めた。
これが殺し合いならばアンリにもまだ手があるが、これはただの模擬戦である。
死力を尽くす必要は無いのだ。