第105話:リリアで遊ぶ
「失礼します」
たまには一日休養日……正確には予定のある日という事で、時間になるまでリディスの部屋で寛いでいると、メイド長がやって来た。
「来ましたか?」
「はい。現在は客間にて待っていただいています」
今日は約束の日であり、最低でも二人ほど来客がある予定だ。
そしてその内の一人である、エルフのリリアがやって来たのだ。
何故俺が分かったかだが、アクマに教えてもらったのではなく、メイド長が直接来たからだ。
メイド長が動くのは基本的に重要な案件の時であり、もしもアンリが来たのならば、多分呼びに来ないだろう。
そのまま集まるまでは客間や食堂辺りで待ってもらえば良い。
もしかしたらリディスと話すために、突撃してくる可能性もあるが。
「少し確認したいのですが、態度はどうでしたか?」
「私が応対した限りは、気品があり、礼儀正しい方でしたね。しかし、何故ハルナの事を師匠と?」
「色々とありまして。アンリさんが来るまでは私が応対しておきます。ヨルム」
「うむ。我も行くのだ」
「ついていくよ~」
一名多いが、いつもの事なので無視して客間に向かう。
メイド長だけはシルヴィーの扱いに慣れ始めているが、他はまだまだである。
シルヴィーの事が知られていなければ、シルヴィーの能力でどこかにいる一般人に偽装出来るのだが、時既に遅しである。
シルヴィーのこの能力はアクマの感知能力すら欺くのだが、シルヴィーを知っている人にとっては効果がない。
あくまで神力を誤魔化して、違和感を無くしているだけなので、顔を知っていれば効果がないのだ。
「お待たせしました」
「おはようございます師匠。指定されたものはこちらになります」
客間に入ると、荷物を床に置き、何故か座らずに立っているリリアが居た。
訓練中ならばともかく、今回は一応客となるので、相応の態度をとってもらいたい。
「ありがとうございます」
荷物はそのままアイテムボックスに放り込んでおき、リリアを椅子に座らせる。
因みにリリアはその様子を見ても特に反応しない。
既に訓練の時にアイテムボックスを何度か使っているし、魔法少女であること以外はリリアに知られても問題ない。
エルフと言う種がハイエルフを信仰し、ハイエルフがシルヴィーの使徒で有る限り、俺の事を広めようとする事はない。
まあ広められたところで困ることはあっても、問題はないのだがな。
十年もすればいなくなるわけだし。
「この度はリベンジの機会をいただき、ありがとうございます」
「いえ、気にしないで下さい。ただの気紛れですから」
何せ会った当初は本当に殺そうとし、興が乗ったからと殺さず、中々に根性があるからと訓練をつけた。
これを気紛れと呼ばずに何と呼ぼうか?
やっていることは、魔女とそう変わらないだろう。
いや、仇なそうとしてきた奴しか殺す気はないので、問答無用で殺さないだけ有情だろう。
魔界のサタンの国では、誰も殺していないし。
「それでも、一人のエルフとして強くなり、ニーア様の下で今も誇りを持って働けているのは師匠のおかげです」
「でしたら今日の戦いに勝ってください。それがあなたの出来る恩返しとなります」
「はい! ……ところで、そちらのメイドは?」
意気込んだリリアは俺の隣に居るヨルムを見て疑問を零す。
ヨルムの事……話してしまっても問題はないが、素直に話すのはあまり面白くない。
僅かに身構えている辺り、リリアはヨルムの異質さに気付いているのは間違いない。
ならば……。
「此方を」
いつも嵌めている手袋を外して、手の甲をリリアへと見せる。
そこにはヨルムの召喚紋がでかでかと描かれており、知っている者が見れば腰を抜かすものとなっている。
まあ知っている者が居るかと問われれば、多分いないだろう。
シルヴィーに確認した所、この世界が生まれてからレッドアイズスタードラゴンと契約を結べたものは誰も居ない。
つまり、召喚紋の形を知っているのは誰も居ないのだ。
ついでに言えば、レッドアイズスタードラゴンの姿を知っているのも少ないだろう。
「召喚紋……魔物という事ですか?」
「はい」
「ですが……言葉を話せて、姿を変えられる魔物なんて……それに、ドラゴンの様な紋様という事は……」
レッドアイズスタードラゴンの事は分からなくても、この世界で言葉が話せて変身出来る魔物が、どんな魔物か位かは知っている者は多いだろう。
現にリリアは驚き、パクパクと口を動かしている。
「機会があれば、本来の姿をお見せしましょう。此処では少々狭すぎますので。ヨルム、自己紹介を」
「うむ。我はレッドアイズスタードラゴンのヨルムと申す。ハルナに負けたので、今は世界を知るために一緒に居る」
「よ、よろしくお願いします……」
案の定リリアは恐縮するが、ヨルムはこんなんだがニーアさんと同じような存在である。
敬う事はなくても、恐れるに足る存在なのだ。
まあ恐れているのはヨルムだけではなくて、俺もなのだろうがな。
ヨルムを倒しているのだし。
「ヨルムの事はおいておくとして、これからも商品の運搬をお願いしますね」
「それは問題ありませんが、師匠ならば転移で簡単に買い出しを出来るのではないですか?」
それは当然の疑問なのだが、そんな事をずっとやっていれば、直ぐに勘の良いメイド長なら、俺が何をやっているか気付いてしまう。
学園を卒業した後ならばともかく、今知られると面倒なので、偽装しておいて損はないのだ。
「私の能力を知られると面倒ですので、必要ないのならば使わないようにしておきたいのです。少量ならばともかく、今回の様な量を何度も運び入れていれば、不審に思われますからね」
「……なるほど。確かにそうですね」
「これから私は学園に入学となりますので、受け渡しの際に居ませんが、粗相のないようにお願いします」
「はっ」
何故普通に返事をしないのか気になるが、まあいいか。
それからも軽い雑談をしていると、扉を叩く音がした。
どうやら対戦相手が来たようだ。
おっと、手袋を外したままだったので、元に戻しておこう。
「呼ばれたから来たけどって…………」
「先日は失礼な態度を取ってすみませんでした。改めまして、謝罪申し上げます」
部屋に入って来たアンリはリリアを見て驚き、更に謝罪されたことによって俺とリリアの間で数度視線を彷徨わせる。
アンリからすれば訳の分からない状況なので、戸惑うのも仕方のない事だろう。
しかも普通に謝罪もされたわけだし。
「先ずは座って下さい。それからお話します」
「そう……ね。謝罪は受け取るわ。それに、エルフと戦うのは、案外楽しかったから気にしないで」
アンリを座らせて、紅茶を淹れる。
その紅茶をアンリは飲んでから、しばし目を閉じる。
「……一体何がどうなって一緒に居るのよ……」
「とある縁でエルフの経営している店に行きまして、喧嘩を売られたので買いました。それからアンリさんとの関係を知りまして、折角ならと少しだけ鍛えさせていただきました」
「なるほどねぇ……つまり、今度はあなたから喧嘩を売ると?」
「流石にリディスではまだ勝つのは難しいですからね。ですが、今のリリアならばアンリさんにも勝てるでしょう」
アンリの目が険しくなり、僅かだが魔力が荒れる。
見るからにキレているが、少し煽り過ぎただろうか?
まあやるからには本気を出してもらった方がリリアのためにもなるだろうし、結果オーライだろう。
「そう……なら、賭けをしない?」
「構いませんよ」
即答してやると、一瞬だけ表情が消えた。
Sランク冒険者を舐めているわけではないが、強さの底はヨルムとの戦いで見ている。
あれだけ限界状態での戦いで本気を出していないとは考えられないので、ヨルムとの戦いを基準にして考えれば、問題ない程度だ。
「なら私が勝ったら、アインリディス様の魔法について教えなさい。どうせ知っているのでしょう?」
「承知しました。なら負けた場合は?」
「そうね……私のオリジナルの魔法を、アインリディス様に教えるのなんてどうかしら?」
ほう……悪くはないな。
俺がアンリから欲しいものは、正直言って何もない。
魔法は属性が別だし、金も俺の方が沢山持っているだろう。
身分も既にあるし、パシりもリリアとヨルムが居れば事足りる。
人材としては悪くはないが、俺が今欲している技能を持っていないので、使い道はない。
たが、リディスの役に立ってくれると言うのならば、中々に良い提案だ。
魔法はインスピレーションが大事であり、アニメやゲームがないこの世界では、インスピレーションを得るのは難しい。
何もかも俺が教えていたのでは、リディスの成長に繋がらない。
それに、アンリに取っても魔法を教えるついでにリディスの魔法を見ることが出来るので、決して損だけではない。
「良いでしょう。その内容で賭けに乗りましょう」
リリアが緊張しているようだが、腑抜けているよりは良い。
精々アンリには、リリアの成長を驚いてもらうとしよう。




