第104話:学園の会議
アーシェリアの肩の荷が下りた所で、アーシェリアが俺の紅茶を淹れる腕が見たいとの事で、紅茶を淹れる事になった。
何故、腕を知らずに頼んだのだと聞きたくなるが、ここは堪えておくとしよう。
さて、コーヒーに品種があるのと同じく、紅茶にも様々な物がある。
それはこの世界でも同じであるのだが、流通の関係で手に入れるのが難しい品種がある。
そのため、そんなに沢山の品種を飲み比べて、良い悪いのを探すのは難しいのだ。
最低限品種に拘りながらも、その品種にあった淹れ方をすることにより、美味しく飲むといった方法を取っている。
正直飲みやすい飲みにくい位でしか紅茶に拘りがないので、俺が使っているのはブロッサム領産のであり、淹れ方はクエンテェのを真似させてもらっている。
そんな訳で緑茶を全て下げてから、紅茶を淹れて四人へと出す。
四人分の紅茶を淹れるとなると結構時間が掛かるものだが、火の魔法が使えるおかげで、沸騰までの時間を大幅に短くする事が出来る。
これで水の魔法が使えれば水流の操作で茶葉の広がりなども操作できるのだが、それは流石に贅沢と言えるものだろう。
折角紅茶を淹れるという事で、茶菓子を用意したい所だが、流石に面倒なので今回は見送る。
その代わりと言う訳ではないが、紅茶用に数種類のジャムを出しておく。
「……手慣れているわね。流石ブロッサム家のメイドと言った所かしら?」
「恐縮です。お好みで砂糖やジャムをお使いください」
コーヒーはブラックで飲む俺だが、最近は砂糖を入れて飲む方が好きだ。
紅茶はコーヒーよりも味の変化が早く、酸味が出やすいので砂糖を入れる位が丁度良い。
その分、紅茶用のお菓子は甘さ控えめにしたりしているが、どうせ成長しないこの身体にはそんなに意味がなかったりする。
「これは……私より上ですね」
「へぇ。手際だけではなくて、味も素晴らしいわね。王家で主流とされている淹れ方とは違っていたけど、これはこれで味わい深いわ」
「淹れ方につきましては、ブロッサム家のクエンテェ様の淹れ方を参考にさせて頂いています」
「え、お母様の?」
おや? 思いの外リディスが驚いたが、言っていなかっただろうか?
……まあ良いか。
「これならば問題ないわね。因みに、ケーキとか焼けるのかしら?」
「簡単なものでしたら問題ありません。味についてはヨルムが保証します」
「うむ。ハルナのケーキはとても美味いぞ」
これまでヨルムに作ったのは、ケーキはケーキでもパンケーキやホットケーキだけだが、一応ケーキである。
盛り付け次第では店に出せるようなものだが、面倒なので皿にドンと乗せて終わりである。
おやつで母親が作ってくれるような感じだな。
流石にお茶会の席で出すのは…………いや、あれならありかもしれないな。
作ったことはないし、材料があるか分からないので、後で確認してみるとしよう。
「そう。ならケーキもお願いね。少し面倒だけど、お茶会の前日に来て一度作って貰えるかしら? 一応王子に出すものだから、確認の必要があるのよ」
「問題ありません。迎えについてはお願いしますね」
悔しそうに紅茶を飲むクルルを視界の端に納めながら、ゆっくりと紅茶を飲む。
お茶会まで二週間あるわけだし、材料はどうにかなるだろう。
最悪はアクマの知識を使って自作すれば良い。
そんなに難しいものではなかった筈だからな。
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「これから会議を始める。が、その前に二つ連絡事項がある」
ローデリアス学園のとある会議室。
二十名程の教員が学園長の方を向き、静かに座っている。
そこに学園長の柔らかな声が響く。
しかし学園長の声とは裏腹に、会議室内にはヒリついた空気が流れていた。
「長年剣術科の教員として勤めていたガレス先生だが、諸事情により退職なされた。今頃は冷たい床の上で暮らしているか、或いはその下に埋められていることだろう」
特段悲しむこともなく、学園長は淡々と話し、何事もなかったかのように話を切り上げる。
ガレスとはハルナの実技試験の担当をしていた教員であり、試験の様子を学園長により監視されていた。
試験官から試験生に対する攻撃は許可されており、大多数の人間がガレスの攻撃は問題ないものと思っていたが、学園長を含めて二人程、ガレスが何を行う気だったのか理解している者がいた。
その結果、ガレスは殺人未遂の実行犯として逮捕され、とある余罪によって死刑となった。
通常これだけ早く判決が出ることはないが、国に関わることなので、異例の早さでこの様な結果となったのだ。
「続いてだが、臨時教師として二名と新人教師が一名この学舎に加わることになった。先ずは軽く自己紹介を頼む」
「私から失礼させて頂きます」
末席に座っている女性が立ち上がり、一礼をする。
見るからに若く、ようやく大人の仲間入りをした程度の年齢に見えるが、その顔は真剣なもので、会議室全体に視線を送っている。
「本年度からお世話になります、ハロルド・ロブロイスキーと申します。若輩者ですが、生徒達を導けるように頑張らせていただきます」
最後に一礼をして、淡いピンク色の髪が少し揺れる。
「とある縁があって私がスカウトした教師だ。若いが、侮らないようにな」
「それはまた……」
「それでしたら問題ありませんね」
学園長自らが連れてきたと聞き、ハロルドの事を怪訝そうに見ていた者達は納得したように頷く。
無論、内心では気に食わないと思っているのが大半だが、学園長の前で態度に出す馬鹿はいない。
続いてハロルドの隣に席に座っている女性が立ち上がる。
その女性は緑色の髪に二色のメッシュが入っており、最低でも三属性の魔法を使えることを示していた。
「臨時教師としてしばらくの間勤めるアンリよ。私のことは知っている人が大半だと思うけど、宜しく」
「把握しているとは思うが、先日レッドアイズスタードラゴンの素材を寄付して下さった方だ。冒険者としてもSランクであり、生徒達の良い刺激となるだろう」
軽く一礼するアンリだが、思考は会議の事とは違うものに向けられている。
それは、前日見たリディスの固有魔法についてだ。
圧倒的な火力でレッドアイズスタードラゴンを倒した存在が使っていたものに酷似しているものの、リディスが使っていたのはレッドアイズスタードラゴンの時の魔法と比べると、蟻と象程の差がある。
しかし技術としては素晴らしく、全く同じ魔法をアンリが使うことは出来ないが、魔法陣を使った魔法というのを見て、アンリは魔法の新たな可能性も模索していた。
会議室内がピリついているのは分かっていても、全く気にしていない。
「最後は私ですね。アンリと同じく、暫くの間臨時教師として働かせていただきます、エメリナと申します。治療には自信がありますので、何かあった際にはお声お掛け下さい」
「此方も語るまでも無いと思うが、光魔法のトップクラスの使い手となる。我々すら学ぶことは多くあるだろう」
最後にエメリナが挨拶をして、学園長が頷く。
此処までは前座であり、本題はここからだ。
このピリついた空気も、本題のせいである。
「自己紹介も終わった事なので、本題に入ろう。一応国の威信に関わる事だから、忌憚なき意見を頼む」
「わざわざ会議をするまでも無いと思うのですが、どういうお考えですか?」
学園長の言葉に一人の男性教員が反論し、幾人かは男性に同意を示す。
この会議だが、本来ならば開く予定のないものだった。
既に試験の採点も終わり、合否は確定している。
補欠合格や、条件付きの入学についても前回の会議で終わっており、一部の者からしたら時間の無駄としかいえないものだ。
「なるほど。それはつまり、学園の規定通り、最も成績が良かった者を首席合格として良い……と言う事かな?」
「何を馬鹿な事を……」
失笑すら浮かべる者が居る中、何も知らされていないハロルドは内心で首を傾げた。
何故、当たり前のことを言った筈の学園長が失笑されたのか?
世の中には明文化されたものではなく、先例や前例と言ったものに従うべきといった考えがある。
それは一種の法すら曲げるものであり、分かりやすい例で言えば貴族は無罪だが平民は有罪にすると言った感じだ。
それはこの学園でも同じことであり、国の王子が居るのだから、多少の生意気には目を瞑ってでも主席合格にすべきといった声がある。
学園長は自身の権力を十全に使えば、リディスを首席合格として扱う事が出来たが、態々シルヴィーが訪ねてきた事により、少し考えを改めた。
この学園に派閥があり、一部の教員が企てている計画に多少ながら危機感を抱いている学園長は、これを機に炙り出しをすることにしたのだ。
「総合成績において、マフティー様より上の者は最低でも五人居る。更に言えば、その中の三人は貴族の後ろ盾あるとは言え平民だ。これでマフティー様を主席として扱うのは、流石に難しいと思わないかね?」
第四王子であるマフティーは少し性格に難があるものの、決して馬鹿ではない。
王族の固有魔法も使え、更に通常の魔法も使える。
剣の腕も悪くなく、頭も言動から受ける印象とは違い、どちらかと言えば良い方だ。
しかし、流石に相手が悪すぎた。
「でしたら、その三人を不合格として扱うのは如何でしょうか?」
「確かにそうすれば多少の順位には目を瞑れるだろう。しかし、それは学園の方針に反するものだ。それに、将来的に牙を向く可能性すらもある」
オルトレアム王国は豊かであり、外国に食料などを輸出する事により、良い関係を築いている。
オルトレアム王国が滅びれば割を食う小国は多く、何かあればオルトレアム王国に協力するだろう。
しかし、これには罠がある。
オルトレアム王国の領土は広く、一部を手に入れるだけでもかなりの利益を得る事が出来る。
つまり、オルトレアム王国を滅ぼす手伝いをする代わりに、一部の領土を渡すと契約をすれば、小国は容易くオルトレアム王国を裏切る。
この確率はオルトレアム王国を滅ぼそうとする国の大きさによるが、決して低いとは言えない。
豊かであるという事は、それだけ敵が多いという事なのだ。
平民とは言え、若い力を自ら捨てるなど、愚行でしかない。
「ならば、総合成績二位のシリウス家の御令嬢では駄目なのでしょうか?」
「それについてだが、本人から断られた。それと、もしも主席に選ぶのならば国外に行くとも言っていた」
「それは……」
アーシェリア・ペルガモン・シリウスは幼いながら魔法研究者として一部では有名であり、その他にも商人としての才覚も持っている。
他にも他人の才能を見抜く目を持っており、更に戦術眼も優れている。
長女でなかった事も有り、シリウス家の当主からほぼ独立しているため、正式な手段で国外に逃げられた場合連れ戻すのは難しい。
何より、自分の利益のためならば国すらも蔑ろにする胆力を持っている。
その事を知る者は少ないが、この場で無理矢理アーシェリアを首席として扱った場合、本当に国外に行く可能性を否定できない。
よって、泥を被りたくない者達は黙るしかない。
だが……。
「しかし、だからと言ってアインリディスを首席にするには、少々悪評が多すぎないでしょうか?」
全科目オール満点。いや、正確には少し違うのだが、大人でも破壊出来るものが少ない耐魔人形を粉々に壊し、試験官も難なく倒した。
目に見える形でこれ以上の成績を出した者はおらず、公平性の観点から公開して試験をしていた手前、リディスの異常は広く知られる事となった。
「その悪評も周りの者がばら撒いたものだ。確認した所、アインリディス本人は実家と今居る屋敷から基本的に出ていない様子だ」
「ですが、それでは学園の……国の威信が」
「失礼。少し宜しいでしょうか?」
場の雰囲気が険悪になり始めた所、アンリが手を上げる。
「発言を許可しよう」
「私はとある縁でアインリディス様の魔法を実際に見せて貰ったけど、あれが他国に渡った場合、かなりの被害を被る事になるわよ」
「それはどういう事かね?」
「詳しくは言わないわ。これは魔法使いからの観点であり、あくまで忠告よ。もしいらないなら、私が貰って帰るわ」
アンリはこの国の人間ではなく、あくまでも他国の人間だ。忠告も教師として働くのだから、最低限の責務としてしたもの……と思われている事だろう。
実際はリディスの手助けをするための発言であり、とある白いローブの少女との契約の内に含まれているものだ。
無論貰って良いのならば、リディスを持って帰りたいとは思っているが。
「現状では王子よりもアインリディスの方が上回っている。これは覆しようの無い事実だ。しかし、それがこれからもずっととは限らない。王にはお伺いを立てるが、今年はアインリディスを首席とする。何かあれば責任は私が取ろう」
アンリの発言に学園長が乗っかり、場が静まり返る。
ハロルドを含めた数名はこの会議の無意味さに、腹に据えかねているが、組織を運営する上では仕方のないものだと分かっても居る。
子供ならばともかく、彼らは大人なのだから。