第103話:アーシェリアからのお願い
訓練により庭が荒れ地一歩手前になり、アンリに会わせたい人が居るので、明明後日空けておくように言った次の日。
いつも通り朝食を食べていると、少し顔色の悪いメイドが食堂へとやってきた。
『来たみたいだねー』
(朝から元気なことで)
アクマの一言から、メイドが何も言わなくても何があったのか察することが出きる。
「お食事のところ申し訳御座いません。シリウス家より、アーシェリア様がお越しです。アインリディス様に会いに来たと申していますが、いかがなさいますか?」
怪訝そうにしていたメイド長はメイドの話した内容を理解してリディスを睨み、当のリディスは俺に視線を送ってくる。
主な目的は俺だろうが、建前としてリディスへ会いに来たと伝えた可能性は大いにある。
まあどちらへ会いに来たかは、この際どうでも良いのだ。
公爵ならば先にアポイントを取ってから来てほしいのだが、向こうには向こうの考えがあるのだろう。
あまり周りに知られたくないとか、自分の周りの人間を使えない理由があるとか。
若しくは思い立ったからと来た可能性も否定できないが、それは本人に聞けば良いだろう。
聞かずに俺は逃げる気だがな。
「お嬢様。一体いつシリウス公爵家とお知り合いに?」
「少し入学試験であったのよ。私と言うよりは、ハルナの方が知り合いみたいよ」
「それはまた……いえ、それよりもどういたしますか?」
「客間にてお待ちいただいて下さい。少しお待ちいただく事になる事もお忘れなく」
固まったのもほんの僅かで、直ぐに適切な命令を出し、メイドを下がらせる。
他人の目がある時は、中々のものだ。
しかし、ギリギリのタイミングだったな。
ほとんど朝食は食べ終えていたので、そんなに待たせなくても良さそうだ。
「私は片付けをした後に、フェニシアリーチェへ少し出掛けてきます」
「駄目よ」
脊髄反射みたいな早さだったな。それほどまでのアーシェリアと俺抜きで会うのは嫌か。
『絶対にハルナへ用事があるんだから、逃げるんじゃないわよ!』
(メイド長も居ますし、私は必要ないと思うんですけどね。あれって煩いですし)
『公爵に向かって何を言ってるのよ! とにかく、ハルナも一緒よ!』
ふむ。リディスに念話を教えたのは失敗だったかもな。
まあ回線を開いているのはアクマなので、閉じる事も開くこともこちらで出来るのだがな。
「流石に相手が相手ですので、ハルナもしっかりとメイドとして働いて下さい。皿洗いなどは此方でやっておきますので、先にアーシェリア様のお相手をお願いします」
「……承知しました」
メイド長に言われたならば仕方ないし、ヨルムと一緒にアーシェリアに、会いに行くとするか。
折角だし、緑茶を出してやろう。
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「失礼します」
「あら、やっと来たのね。私を待たせるなんて……」
「アーシェリア様。流石にそれは……」
客間に入ると、アーシェリアと一緒にクルルも居り、馬鹿な事を言おうとしたアーシェリアへ苦言を呈した。
朝っぱらから押しかけておいて文句を言うなんて、お嬢様ムーブをするならば此方にも考えがあるが、どうやらクルルの苦言を無駄にはしなさそうだ。
「分かっているわよ。ただの冗談よ。朝からごめんなさいね」
「いえ、お構いなく。リディス様は用意に少し時間が掛かりますので、飲み物をお飲みしますか?」
「お願いするわ」
「畏まりました。淹れてまいりますので、それまではヨルムと戯れていて下さい」
「うむ」
ぽいっとヨルムを放り投げ、昨日の内にリリアから取り寄せた急須でお茶を淹れる。
淹れ方は少し雑だが、下手なティーパックよりは美味しいのが淹れられている事だろう。
流石に苦いまま出すのは憚られるので、甘くしといてやる。
ニーアさんの発言的に、そのまま飲める人間は少ないらしいし。
ついでに作り置きしておいた、ココアクッキーも出しておく。
結構大量に作ったのだが、少なくなってきたので、また後で作るとしよう。
リリアにココアの粉末も頼んであるし。
「お待たせしました。先日知り合いから頂いたエルフ茶とクッキーになります」
「エルフ茶なんて珍しいわね。どうやって手に入れたの? 王都でも売ってないはずだけど?」
「知り合いのエルフに譲っていただきました」
「エルフ茶……ですか? 私は初めて見ましたが……」
アーシェリアの方はどうやら緑茶の事を知っていたようだが、クルルの方は知らないらしい。
ほとんどエルフの中でしか出回っていない物だし、知らない方が普通だろう。
「一応人でも飲みやすいように甘くしてあります」
「気が利くわね。私が初めて飲んだ時はそのまま出されたけど、あの苦みは苦手よ」
「私は苦い方が好きですので、そのままです。良ければ通常のを淹れましょうか?」
「このままで構わないわ」
即答か。
まあ子供にこの味は厳しいものがあるか。地球のよりも苦みが強いからな。
おそらく茶葉に含まれるカテキンの保有量が多いのだろう。
お湯で淹れるのではなくて、水出しで淹れれば苦みも抑えられ、甘みが増すかもしれない。
甘いと言えば、緑茶で作るクッキーとかもあるな。
粉末があれば、作ってみるのもありかもしれない。
ついでに抹茶があれば抹茶ラテなども良いな。
緑茶があるのだし、抹茶の作り方を知っていてもおかしくない。
「……紅茶とはまた違った味がしますね。甘くはありますが……」
初めて緑茶を飲んだクルルは少し微妙な顔をするものの、一口二口と飲むにつれて、表情が柔らかくなる。
それなりに気に入って貰えたようだ。
「そうね。あまり甘くないけど、クッキーと一緒なら丁度良いわ。このクッキーはハルナが?」
「はい。私が作りました」
「ふーん」
意味深げな表情をアーシェリアがした所で、扉を叩く音がしたので、ヨルムを扉の所に放り投げる。
空中で一回転しながら見事な着地をしたヨルムは、そっと扉を開けた。
「ようこそいらっしゃいました」
「朝からすまないわね。それと、先日はお疲れ様」
接客用の服に着替えたリディスが部屋に入り、アーシェリアへ挨拶をする。
爵位に乗っ取った礼儀作法をしており、アーシェリアも笑みを深める。
メイド長に叩き込まれただけの事だけはあり、中々洗練されている。
そんな主人同士の挨拶を他所に、クルルは何かを言いたげにしながら俺をジッと見てくる。
さっきの曲芸について物申したいが、アーシェリアが何も気にしていないので、自分から何か言うのを躊躇っているのだろう。
ヨルムには立って貰ったついでに、俺用の緑茶をリディスへと出して貰う。
「……これは?」
「エルフ茶です。そのままお飲みください」
「そう……」
見るからに警戒の色を強くするリディスだが、アーシェリアが居る手前、下手なことを言えないのか、そのまま口をつける。
そして眉間に僅かばかりの皺を寄せて、クッキーを手に取った。
「ハルナ。リディスのお茶だけど……」
「私と同じのですね。添加物無しです」
「それはそうなるわよね。フフ」
それはそれは良い笑みをアーシェリアは浮かべ、クッキーを一枚食べる。
俺も褒美として、ヨルムにクッキーを上げておく。
「さて、場も温まったことですし、今日突然訪問した要件を伝えるわ」
「何でしょうか?」
「二週間後に、シリウス家主催のお茶会があるから、三人とも出席しなさい。ハルナとヨルムも、メイドとしてではなく、ゲストとして招くわ」
貴族様のお茶会とか面倒事が起きそうな予感しかないが…………うん? お茶会。
「お茶会と言うことは、集まるのはどの程度ですか?」
「嫌だけど第四王子と、侯爵家から二人位の予定よ。入学前のちょっとした顔合わせみたいなものね。本当は嫌だけど、断れない理由があるがあるから、あなた達を誘い来たのよ」
パーティーならば間違いなくリディスは浮くだろうが、お茶会規模ならば問題ないだろう。
それに、標的である第四王子も居るのはありがたい。
何やらアーシェリアは嫌っていようだが、先ずは会ってみないことには何も言えない。
まあ屑だとしても被害を被るのはリディスなので、何でも構わないのだが。
他にも数人招くようだが、アーシェリアが選別を……いや、選べないからリディスだけでもとねじ込もうとしているのだろうか?
「アーシェ様のお誘いでしたら、受けないわけにはいきませんが……」
「そんな嫌そうな顔をしないでよ。私だって嫌なんだから」
学園が始まるまで予定らしい予定のないリディスが、アーシェリアの頼みを断ることは出来ない。
そしてリディのメイドである俺達も同じくである。
「つかぬことをお聞きしますが、その侯爵家はシリウス家の意向により選ばれたものですか」
「そうよ。基本的に私には干渉しないようにして貰っているけど、流石に入学前に一度は顔見せをしておくようにと言われたの」
ギリギリまで他国に居たわけだし、アーシェリアは無意味なことをしたくない質なのだろう。
研究者気質とも言える。
「ああ、お茶会次いでだけど、お茶会の紅茶とお菓子をハルナに任せることは出来るかしら?」
「アーシェリア様!」
アーシェリアの爆発発言を聞いて、クルルが驚きの声を上げる。
俺としても何を馬鹿なことを思うが、割りと本気らしいな。
一応決める権限を持っているのリディスだが、一応確認しておくとしよう。
「公爵家でしたらお抱えの方々や、贔屓にしているお店等があると思うのですが?」
「肩書きは公爵令嬢だけど、私はほぼ独立しているから、あまり家を頼りたくないのよ。それと、ハルナの腕を買っているから、お店に頼むよりも良いと思ったの」
言い分は理解できるが、要するに少しでも借りや情報を他人に教えたくないって事か。
こいつ……もしかして王国の情勢に気づいているのか?
……まあ良い。俺の仕事が増える以外は別に面倒ではないし、リディスが遊ばれるのを見るのも一興だ。
「それで、ハルナを使う許可を頂けないかしら? 勿論お礼をするわ」
チラリとリディスが視線を送ってくるので、頷いておく。
タダ働きではなく、仕事としてならば、駄々を捏ねる必要もない。
「……分かりました。役に立てるか分かりませんが、どうぞハルナをお使いください」
「助かるわ。追って招待状を送らせて頂くけど、忘れずに受け取っておいてね」
「分かりました」
ほっと一息ついたアーシェリアはクルルから手帳を受け取り、何かを書いてから閉じる。
所作がどう見ても、社会人のそれを感じさせるな。
流石はこの歳で独立しているだけの事はある。