第102話:リディスVSメイド長VSヨルイル
いつも通り盛況で夕食を食べ終え、リディスとヨルムによる自己採点により満点だと発覚した日から次の日。
「それではみせて頂きましょう」
「……分かったわ」
現在俺は裏庭でニーアさんが使っていた不可視の結界を真似て作った、簡易結界を張っている。
昨日のメイド長の発言通り、リディスの力を試すために二人は剣を構えている。
流石に剣は刃抜されているものであり、俺とメイド長が戦う時とは違う。
リディスはあれでも令嬢であり、それなりには怪我などに注意してやらなければならない。
普通の治療では深い傷を傷跡無しで治すのは難しい。
これは魔法による治療にも言える事だが、俺の場合はそこら辺を魔力によるごり押しが出来るので、手足が千切れてもどこから千切れたか分からない位綺麗に治す事が出来る。
ついでに人の身体の構造や構成情報などをアクマからダウンロードできるので、どんなケースも対応可能である。
勿論死んでいなければって言葉が付くが。
「アインリディス様の強さ……か」
「魔法もやっと使うらしいけど、気になるわね」
今日の訓練だがリディスの魔法を解禁するにあたって、本格的なものにするためにカイルとアンリを呼んである…………と言うのは嘘で、報告を兼ねて訪ねて来たので、そのまま見学をすることになった。
それとガッシュはギルドに用事があり来ておらず、エメリナは教材の打ち合わせの為に学園へ行っているのでいない。
アンリは実技の臨時教師となったので、基本的に教材は必要なく、三属性の魔法を自由に操れるだけあって頭が良いので、教材は一般的に学園で使っているのを元にすると言っていた。
体系化されている魔法は覚えようとすれば誰でも覚えられるので、捻った教材は必要ないのだろう。
逆にエメリナ側は少し特殊となるので、実技は程々で座学が基本となる。
回復魔法は光属性の専売特許であり、他の属性では使用できない。
固有属性ならば可能かもしれないが、光属性の使えない人にとってはあまり関係なく、回復魔法は知識が大事なので、その様になっている。
まあエメリナの方は選択授業となるので、あまり関係ないだろう。
「行きます!」
「どうぞ」
リディスとメイド長の訓練が始まり、リディスがいつもの訓練では出していない速さで踏み込む。
既に身体強化をしているのだろう。
試験ではこの一撃で終わってしまったが、相手がメイド長なので、普通に躱されてから反撃をもらう。
「炎よ!」
反撃をいなしながらリディスは魔法を唱えて、魔法陣をメイド長の斜め後ろに展開する。
「あれは!」
そして魔法陣を見たアンリは驚きの声を上げ、食い入るように魔法陣を見つめる。
使われている魔法が違うとはいえ、魔法陣から魔法が放たれる様を見れば、馬鹿でも気付く。
流石に訓練に乱入するような事はしないが、徐々に目付きが怪しくなり始める。
「これがリディス様の魔法ですか。私の事は気にしなくて良いので、どんどん使って下さい。ですが、隙は見せないよう」
「くっ! 氷よ、降り注げ!」
流石に杖と剣の併用を出来る技量はまだなく、もしも杖を出して魔法を使おうとすれば、メイド長はそこを叩くだろう。
技量はなくても筋力的に片手でも剣を使えはするが、相手がメイド長では簡単に隙を晒す事になる。
メイド長は上空から降り注ぐリディスの魔法を、風の魔法で容易く蹴散らし、こんどは自分からリディスへと剣で攻撃する。
氷の剣による二刀流をしてはいないので、本気ではなさそうだ。
「若いのに思い切りもある良い動きだ。あの人を相手にしているのに、恐怖による動揺がまったく無い」
「そうね。魔法についてはまだ未知数な所があるけど、あれだけ剣を使いながら魔法も使えるなら…………いえ、それよりも、あの魔法は絶対にあの時のと一緒だわ。先ずは繋がりを聞き出すのが先よ」
「はは。ちゃんと礼節を弁えて、踏み込み過ぎないようにな」
今にも歯ぎしりをしそうなアンリをみてカイルは笑い、その間にリディスはメイド長に負けてしまっていた。
無理に攻めようとしたリディスの剣を風の魔法で吹き飛ばし、空いた胴体に剣を突き付けたのだ。
今のリディスにとってメイド長はアンリ以上に苦手な相手なので、まあ妥当な結果だろう。
メイド長はリディスの上位互換の様なものだし、魔法だけならばともかく、剣も一緒では勝ち目はない。
例の武器を使えば勝てるかもしれないが、同じ条件下では無理だ。
「基礎がしっかりとしているだけあり、魔法が使えるようになってもバランスが良いですね。これならば試験で勝てたのも納得できます」
「ありがとう……」
「同じ頃の私と比べれば、数段強いので自信を持ってください」
一応本気を出して負けたので、珍しくリディスが悔しそうにしている。
手も足も出ずにメイド長に負けたが、三ヶ月でこれならば悪くない結果だろう。
メイド長もなんか初めて俺と戦った時よりも数倍強くなっていたし。
純戦士二人を相手に魔法を使いながら接近戦で戦うのは、流石におかしいと思った。
「区切りがついたのでしたら、少しアインリディス様と話をしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。何でしょうか?」
終わった事を良い事に、アンリがスッとリディスに近寄って行った。
中々の素早さだ。
「今使っていた魔法だけど、誰に習ったのかしら?」
「残念ながら教えることは出来ません。一応そういう契約になっていますので」
「くっ、じゃあせめてヒントとかない? それと、その魔法って他の人でも使えるのかしら?」
「それについても何も話す事はありません。魔法を使えるようにしてもらった御恩がありますので」
にべもなくリディスは断り続け、念話で俺に文句を言って来る。
勿論無視をしておくが。
「はぁ……因みにだけど、属性はどれ位使えるの? 学園での授業をするに当たって、これ位は教えてもらえないかしら?」
『どうするの?』
(それ位は教えても構いません。どうせ分かる事ですから)
文句以外の言葉にはしっかりと返しておく。
全ての属性が使えるのは破格の能力ではあるが、だからと言って強いかと言われれば、何とも言えない。
俺が魔法少女の時に、基本的に氷の魔法しか使っていないように、使えるからと言って使う必要は無いのだ。
特に俺は土属性の魔法を、全くと言っていいほど使っていない。
攻撃以外の魔法を使う場合に使う魔力が増えてしまう制約があるのも理由の一つだが、土魔法は視界を塞いでしまいがちになるので、戦闘に向いていない。
それと似たような理由で、風魔法も単体では微妙となる。
他と駆け合わせれば風はかなり有能だが、土は……戦闘には向いていないとしか言えない。
戦闘以外では有用だとは思うが…………まあ向き不向きの問題って事だ。
「属性は六属性全て使えます。固有魔法の為に少し使い勝手は違いますけど」
「それはまた……さっきのもかなり強力だったけど、今は最大でどの位使えるの?」
「……魔力測定用の人形を壊せる程度です」
アンリは目を閉じでからしばらく固まり、ゆっくりと息を吐く。
あの人形は俺が簡単に壊していたが、大人でも壊せる奴はあまりいない。
現在此処に居るメンバーならばカイルも含めて全員壊せるだろうが、そんな面子が集まっている方がおかしい。
「分かったわ。色々と聞いてごめんなさいね。その魔法を教えてくれている人に、私がお礼を言っていたと伝えてくれないかしら。おそらく命の恩人だから」
運良くアンリ達のパーティーを救った人間と、アンリ達を殺そうとしていたのが此処に居るのだが、言わぬが花だろう。
マッチポンプを疑われても仕方ないレベルだ。
「分かりました。伝えておきます」
「訓練の邪魔をしてごめんなさいね。私の用事は以上よ」
アンリは俺達の所に戻って来て、少ししょんぼりとした雰囲気を出す。
カイルはそんなアンリを見て苦笑いしているが、慰めようとはしない。
因みにヨルムは現在、カイルに肩車をしてもらっている。
そしてシルヴィーは屋根の上で日向ぼっこ中である。
「さて、次は魔法だけの訓練……と行きたい所ですが、流石に庭が荒れてしまいますので、剣を主体とした訓練をしましょう。手隙でしたらカイルさんとアンリさんもお願いします」
「いいわよ。ちゃんと手加減して上げるわ」
「……ちょっと降りてくれないか?」
「嫌だ」
入学試験という山場を越えたが、だからと言って何か変わるわけでもない。
今日はコーヒーでも飲みながら、リディスの訓練でも眺めるとしよう。
訓練に参加したカイルが少々面白い状況になっているが、よく首が持つな。
上に乗っているヨルムも足に力を入れ過ぎないようにしているみたいだし、カイルが動いても体幹に乱れがない。
何かのゲームで肩車をしているモンスターが、出てくるのがあった覚えがあるのだが、あれって結構理に適っているのだろうか?
カイルがリディスとメイド長を、相手取って有利に戦えている。
魔法をヨルムが相殺し、前以外の攻撃に対して対応する事により、カイルは正面にだけ気を付けて戦えば良い。
あまりにもカイルとヨルムの組み合わせが鉄壁なせいか、アンリは手加減してやると言いながら少しずつカイルとヨルムに向けて放つ魔法の威力が増していき、メイド長も踏み込む時に地面が陥没するほど強く踏み込むようになる。
リディスはただただ慌てているが、一応訓練という事で、真面目にカイルに攻撃を仕掛け続ける。
少々風が強く、鉄のぶつかり合う音が煩いが、良く晴れていてとてもいい日だ。
こんな風に休むのも、たまには悪くない。
……ああ、忘れる前にリリアにお使いを頼んでおこう。
それと、アンリとの再戦も組んでおくとしよう。