第101話:風が淀んでいた学園
「……おほん。因みにどうして負けたのですか?」
一度咳払いをして気を取り直したメイド長は、先程の失態をなかったように聞いてくる。
「流石に三人揃って勝ってしまえば、色々と勘繰る者達が現れると思ったからです。元々リディス様は噂がありますからね」
「なるほど。実際の戦いを見てないので判断出来かねますが、リディス様の立場を考えれば妥当ですね」
実際はなるベく目立たないためって理由だが、正直リディスがいる時点で目立っているので、焼け石に水である。
学園のクラス分けがどうなるか分からないが、出来ればリディスとヨルムとは別になって欲しい。
俺だけならばそんなに騒動も起きないだろうからな。
『でも前回は色々と起きてたよね?』
(過去は過去だ。それに、騒動の中心は俺だったが、悪いのは魔女だろう? 俺だけならば何も起きなかったさ)
魔法少女になってタラゴンさんの所に住む話が出た時に、色々とあって学園へと編入し、寮暮らしとなった。
ここまでは良かったのだが、新人同士の魔法少女を競わせる大会にて、魔女が色々と悪さをしたのだ。
戦い自体は安全を考慮してシミュレーターにて行われたが、シミュレーションでの死が現実での死になるように細工され、更にこの世界で言うヨルムクラスの魔物を召喚されたのだ。
当時の俺はとても弱く、本気で死を覚悟して戦った。
最終的にアルカナであるフールのおかげで助かったが、フールが居なければ今の俺はいなかっただろう。
色々と置き土産をされてアクマを裏切ると能力が使えなくなる制約を課されたが、どの道アクマが居なければ俺は戦えないので、本当の意味で俺がアクマを裏切ることはないだろう。
今となっては懐かしい思い出だ。
まだ一年位しか経っていないけど。
「とりあえず試験につきましては、リディス様は間違いなく主席合格。私達も問題なく入学できると思います」
「報告ありがとうございました。当主様宛の手紙を書きますので、私はこれにて失礼します。それと、ハルナは夕食の準備をお願いします」
「畏まりました」
夕食の準備をするのは別に構わないのだが、普通に作っても良いのだろうか?
いや、豪華な食事を作るのは、正式に試験の合格通知が出てからだな。
今日は無難に、ベヒモスの肉を使った料理でも作るとしよう。
折角なので、少し品を増やしてやるとしよようか。
リディスの好物であるハンバークとヨルムが好きな唐揚げ。それとあっさり目にしゃぶしゃぶサラダなんかも良さそうだ。
「それでは私は夕食を作ってきます。大丈夫だとは思いますが、リディスは試験の自己採点をお願いします」
「分かったわ。ヨルムを借りるけど良いかしら?」
「どうぞ。記憶力は確かなので、存分に使って下さい」
「うむ。問題は全て覚えている故、任せるが良いぞ」
アクマという外付けの記憶装置を使っている俺とは違い、ヨルムはその頭で全てを覚えている。
ドラゴンは知恵と財宝の化身と呼ばれる事も有り、その頭脳は中々のものだ。
ファンタジー系の作品の中では最上位種なんて呼ばれる事も有り、全てのスペックにおいて人間より上として扱われる事がある。
まあ例外的な人間や英雄なんて奴らに倒されるのが落ちなのだが、とにもかくにもヨルムは結構役に立つのだ。
さて、煩い二人もいなくなったし、夕食を作るとするか。
結構手間がかかる料理が多いからな。
「へーい。ハルちゃーん。頑張った私にご褒美はないのかーい?」
シルヴィーを居ないものとして扱っていたのだが、厨房へ移動する俺に引っ付いてきた。
「随分とだらけていたようですが、学園では何を?」
「学園長にちゃんと釘を刺しておいたよ~。それと、杖の素材に気付いてたみたいだね~」
ふむ。それは驚きだな。
メイド長に見せた時は、凄い杖とは分かっていたが、素材までは見抜けていなかった。
ヨルムの以外のRISドラゴン……いや、RISドラゴンはヨルムだけなのだが、レッドアイズスタードラゴンは俺が確認出来た限り討伐された記録はない。
しかし素材自体は極少量だが出回っている。
市場で手に入れた可能性もあるが、カイルの仲間が賄賂として学園長に見せている可能性もあるので、別段知っていてもおかしくはない。
学園長で元シルヴィーのお世話係だし。
それに知られているからと言って問題があるわけでもないし、対策をしなくても良いだろう。
「そうですか。因みにシルヴィーから見て学園はどうでしたか?」
「うーん。風の流れが澱んでるかな~。居心地は良くないね~」
まあ、あれだけ色々と陰謀的なものが渦巻いていれば、自由を愛するシルヴィーにとっては居心地は良くないか。
そもそも国という枠組み自体がシルヴィーに向いていないと思うが、それは今更だろう。
「なるほど。言いたいこと分かります」
「そう~?」
「ええ。悪意が満ちてると言いたいのでしょう?」
「うーん。そんな感じだね~」
人がいないことを良いことにシルヴィーは俺の肩に掴まり、浮遊しながらついてくる。
重さもないし感触もほぼないのだが、なんとなくイラっとする。
まあ邪魔にはならないし、放置で良いだろう。
厨房に着いたし時間も勿体ないから、早速作り始めるとしよう。
アイテムボックスから肉の塊と、その他諸々を出して処理をしていく。
我ながらキモイ鎖の動きだが、料理を作るだけならば俺よりも手際の良い奴は居ないだろう。
「何度見ても凄いよね~。天使達の戦いを見るより、これを見てた方が楽しいね~」
「私としてはその天使の戦いの方が、気になりますがね」
シルヴィーを探しに天使の一人でも来てくれれば、退屈せずに済むだろうが、中々来ない。
天使が無能なのか、それだけシルヴィーの隠遁が凄いのか。
何度も逃げているみたいだし、どちらもあるのだろうな。
最低限話の出来る奴が来ると良いのだが……。
リリア以下が来なければ良いが、つい殺してしまったなんて結果だけには注意しよう。
そのためにも、来週か再来週辺りに魔界に行っておくとしよう。
体感では一ヶ月に一回位戦っておけば、フユネを抑えることは出来そうだ。
さて、ハンバーグのタネと唐揚げの味付けも済んだし、スープの下準備も終わったので、全部一気に焼いて揚げて煮込んで盛り付けよう。
「シルヴィー。皿を並べて下さい」
「おけ~」
…………まあ良いか。
英語って一応地球固有のものだと思うのだが、似たような文化があったとしても別におかしくないか。
魔法も英語名だし。
その癖詠唱は日本語…………ああ、そう言えば俺に聞こえるのはアクマによって翻訳されているんだった。
そりゃあ変な風に聞こえるのも納得だ。
『変とはなにさ! 変とは!』
……もうそろそろ調理も終わるし、火の通り過ぎに注意しておかないとな。
ハンバーグは油からソースを作り、唐揚げは油を切ってから盛り付け、諸々を終わらせる。
そんなわけで一時間をかからずに、お代わり分をいれて約十人前の完成である。
ヨルムが居れば従者達の分を任せるのだが、シルヴィーに運ばせて鉢合わせすると面倒なので、俺が運ぶとするか。
シルヴィーは下手なことをされても困るし、コーヒーで釣っておこう。
「あら、ハルナちゃんが運んでくるなんて珍しいわね」
「ヨルムが手を離せない状況でして。今日の夕食はリディス様とヨルムの好物を作りましたので、少し油っこいですが、脂身はあまり使ってませんので、カロリーは気にしなくても大丈夫かと思います」
第二食堂に行くと、メイドの内の一人が掃除をしていた。
シルヴィーを行かせなくて良かったな。
「いつもどうもね。あっ、良ければこれ後で食べて」
「ありがとうございます。一応お代わりも用意してありますので、足りなければ厨房から持っていってください」
何かある度に貰っているのだが、一体いつ用意しているのだろうか?
まあ後でヨルムかシルヴィーにでも上げるとしよう。
さて、厨房に戻って残りを食堂に運んでしまうとしよう。
「あっ、戻ったね~。このコーヒーも良い感じだね~」
「それで今のところ育てている奴は、全てになりますね。何番目が好みでしたか?」
「二番目のかな~。良い感じに苦くて好きだったよ~」
ふむ。わりと俺と同じ味覚をしているのかな?
まさか俺と同じのを選ぶとはな。
もう少し収穫量が増えたら、 先ずは二番の畑を開拓するとしよう。
後はエルフの奴の味がどうなるかだが、まだまだ先なので楽しみに待つとしよう。
「分かりました。私は料理を運んでおくので、メイド長やリディスを呼んで来て下さい」
「は~い」
そう言えば入学までは一ヶ月の猶予があるのを聞いていたが、発表についてはいつだっただろうか?
『一週間後だよ。個人的には即日じゃないのが不満だけど、人力で採点しているから仕方ないね』
遠くから受験に来ている奴も居るわけだし、一週間ならばまあ悪くない早さだと思うもだがな。
時代的なものに文句を言っても仕方ない。
ただ、まだ一週間は王都の人口が通常よりも増えているという事だ。
外にリディスが出なければ直接ちょっかいを出してくる事はないだろうが、一週間の間は要注意だろう。
それと、アーシェリアが押しかけてくる可能性もある。
あいつだけならば良いが…………いや、あいつが来ていれば他の貴族が来ることは無くなる。
上手く活用してやるとしよう。
さてと、今日は若干疲れたし、さっさと夕飯を食べて寝るとしよう。