第100話:メイド長への報告
「お帰りなさいませ。試験お疲れさまでした」
アーシェリアを放置し、いつの間にか合流していたシルヴィーと一緒に馬車へ乗り、家まで帰って来た。
色々とあったが、当初の目的通りリディスが首席になるのはほぼ確定だろう。
一つだけ懸念事項があるが、それはアーシェリアを上手く使えば何とかなる筈だ。
無論懸念している事が起きないのが一番だが、貴族社会に法やマナーを求めるのは意味の無い事だ。
「紅茶の準備をして起きますので、汗を流してきてください」
「分かったわ」
「りょうかい~」
「……」
シルヴィーの返事に対して何とも言えない表情を浮かべているが、俺にはなにもすることは出来ない。
部屋へと戻り、着替えの下着を持って風呂場に向かう。
何故か一緒に入ろうとしてくるヨルムとシルヴィーを追い出し、鎖で壁を作って入れないようにしておく。
三人でシャワーを浴びるのは不可能なので、一緒に入ろうとしてくるとはバカなのだろうか?
『いやー、終わったねー。二度目の入学試験お疲れ様』
(それは嫌がらせか? 入試だけならばこれで四度目なんだが?)
男だった頃の高校と大学入試。死んで女になってからの魔法少女の学園の入試……編入と今回の試験。
二回目と言い張るって事は、俺が男だった時の事をカウントしていないのだ。
『そんなわけないじゃないか。それにしても、結構多かったね』
(そうだな。やり手なのもあるが、それだけ今の国に不満があるのだろう)
俺を殺そうとした試験官以外にも、リディスとアーシェリアに向けて敵意や、善意以外の殺意にも似た感情を向けているのがちらほらと居た。
憎悪の化身であるフユネが居る関係で、俺はそう言った敵意の感情を読み取るのが普通よりも上手い。
個人戦闘では役に立たないが、敵味方を区別して戦わなければならないような場では案外役に立つ。
『国家間規模での争いはほとんど起きていないみたいだからね。成り上りたい人達にとっては、今の平和は邪魔なんでしょう』
バッヘルンが公爵になりたいと思っている様に、爵位を上げたいと思っている貴族は沢山いる。
だが、平和な時に爵位を上げるのは相当難しい。
会社で言えば倒産間近の経営を立て直せば評価され、課長や部長に上がれるかもしれない。
しかし、何も無ければ評価されるのは日々の勤務態度であり、それは数年や数十年単位だ。
会社でこれなのだから、貴族社会となれば世代を幾度と重ねてやっと爵位が上がる。
更に言えば、通常は侯爵よりも上になる事は不可能だ。
公爵は王族に連なる者でなければならないというのと、四つ以上増やしてはならないので、公爵家の親戚になれても、公爵家に成り代わるのは制度的に無理なのだ。
つまり、公爵家になるには一族郎党を丸々潰すか、今ある公爵家を侯爵に降爵するか、或いは完全に爵位を喪わせなければならない。
まあお家取り潰し……爵位剥奪なんてのはそうそう起きないが、起こさせる方法も一応ある。
それも結構手軽にだ。
(クーデターからの戦争か、それとも戦争からのクーデターか)
クーデターを起こせば手軽に爵位の入れ替えやお家取り潰しができ、戦争が起きれば平和故に増えた人を減らす事が出来る。
スフィーリアの最終的な目的はそこら辺にあるのだろう。
上手くいけば公爵とは言わずに、王族になる事も夢ではない。
やり過ぎれば神や天使が介入してくるかもしれないが、悪魔でも召喚しない限りは、この程度で介入はしないはずだ。
戦争はともかくクーデターなんて事を企てれば、誰かしら裏切って王族側に付きそうなきもするが、王族の求心力が低いのか、それともそれだけ不満が多いのか……。
人同士の争いなんてのは不毛以外の何物でもないが、外敵が居なければ人なんてのはこんなものだ。
なんなら人類滅亡クラスでの戦いの中でも、利権やら何やらと争っていた。
俺の持論だが、人類とは常に争わなければ生きていけない生物だ。
中には平和を謡う者も居ると思うが、行きつく先は結局争いとなる。
何せ、平和の敵は争いであり、争いを求める存在を倒さなければならないのだから。
『どちらにしても、人類が滅ぶ程じゃあないからね。それに、最低限バッヘルンとの約束を守るきなんでしょう?』
(一応な。おあつらえ向きって訳じゃあないが、いい具合に敵がいてくれているからな)
『やり過ぎないようにね。あまりあれを喜ばすと、また暴れだすよ?』
(ちゃんと発散させるから大丈夫だろう。あれも人を殺したいだけであって、殺戮したい訳じゃあないからな)
アクマと話している内に、汚れも落とせて身体も洗ってもらったし、そろそろ出るとするか。
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「来ましたね。座って下さい」
シャワーを浴びてから食堂へ行くと、先ほど言っていた通りに紅茶とお菓子が用意されていた。
既にリディスが座っており、
久々にメイド長の紅茶を飲むが、少し楽しみである。
三人で椅子へと座り、紅茶を一口飲む。
ふむ。やはり美味しいな。
「改めてお疲れさまでした。試験の方は如何でしたか?」
「学科試験は間違いなく満点よ。魔法試験の方も、壊せたのは私だけみたいだから、問題ないわ」
「それは……」
リディスの言葉を聞いたメイド長が俺の方を見るので、頷いておく。
今までリディスが魔法を使えるようになった事を教えてはいたが、どれだけ使えるかは話してこなかった。
一応満点を取れるとだけ説明しておいたわけだが、本当に取れるとはメイド長も思っていなかっただろう。
「本当です。確実に壊しましたので、不正を疑われない限り間違いなく満点かと。例の杖も使っていますので、逆に取れないと困りますが」
「……後で魔法を見せて頂いても?」
「隠す必要もなくなったので、明日にでも。良いですよね。リディス様」
「…………ええ」
何か言いたげな視線を向けて来たが、リディスは返事をしてから紅茶を一口飲んでから、再び話し出す。
「実技試験については試験官を降参させたのと、一撃も貰っていないので、こちらも滅点は無いと思います」
「それは素晴らしいですね。ですが、訓練を見た限りでは難しいと思ったのですが、どうやって勝ったのでしょうか?」
リディスの剣の腕は俺よりも上だが、同世代の剣の腕を比べれば決して最強とは言えるものではない。
見てないから分からないが、リディスに勝てる奴も多分いるだろう。
まあ、剣の腕だけに限ればだがな。
魔法による強化をすれば、同世代最強と言っても過言ではない。
「魔法による強化をして、一瞬の不意を突いて喉に剣を突き付けたの」
「なるほど。リディス様の剣の腕を考えれば、強化具合では可能ですね。御実家にも良い報告が出来そうで何よりです」
「王族が居るので成績だけでは首席になれないかもしれませんが、手は打っておきましたので、ほぼ確実に首席入学を出来ると思います。その後はどうなるか分かりませんが」
「……そういうことですね」
ニコニコ顔で紅茶を飲んでいるシルヴィーを見たメイド長は、察したのか一度頷いた。
多少暴れるのも辞さない予定だったが、シルヴィーが学園長と知り合いだったので、任せておけば大丈夫だろう。
潜在的な敵ではあるが、だからと言って表立って不正を働くような馬鹿ならば、既に尻尾を掴まれているだろうからな。
おそらく正式に結果が出る前に、リディスが学園の上層部に呼ばれるような事態になるかもしれないが、その時はリディス次第と言った所だろう。
不正を働くならばとのかく、脅迫や説得ならば俺が何か言う事もない。
リディスが気を強く持てばそれで済む話だ。
「おそらく学園側も何かしらの手を打つとは思いますが、王族や公爵が無理を言わない限りは穏便に事は済むかと思います」
「シリウス家は大丈夫でしょうが、何とも言えませんね。仮に首席になれなかったとしても、当主様は何も言わないと思いますが……」
「学園長は潔白な方らしいので、流石にリディス様に一言もなく決定する事はないとは思います」
俺とメイド長の話を聞いてリディスが二度見したり百面相を披露しているが、リディスからすれば寝耳に水なのだろう。
リディスも貴族は汚いものだと理解しているだろうが、基本的に引きこもりであるリディスは貴族の裏工作などを知らない。
嫌がらせや陰口などはされてきたが、それは直接的な物だけだ。
一応それらはスティーリアが手を回したものだが、貴族の本当の怖さをリディスは知らないのだ。
「そうですか。リディス様の頑張りが実を結んだのは分かりましたが、ハルナとヨルムはどうでしたか?」
メイド長が話題を変えたその時、ヨルムとリディスが一瞬だけ笑った。
これはあれだな。喧嘩を売っているな。
だが、今は何も言わないでおこう。
「学科については私もヨルムも満点か、それに近い点数だと思います。魔法につきましてはヨルムは七十程度。私は少し事件があり、例外的にですが八十点で確定となりました」
「事件ですか?」
「魔法で人形が空高く舞い上がってしまい、点数の確認が出来なかったのです。その結果、試験官達が協議をしてそうなりました」
周りに爆発の余波が広がらないようにした結果、まさか花火みたいに撃ち上がる事になるとは思わなかった。
まあ俺だけではなくアーシェリアの魔法のせいでもあるので、完全に俺が悪いわけではない。
今更だが、いっその事空中で爆発四散させても良かったかもな。
汚いというか、破片が散って危ない花火となってしまうけど。
「それはまた派手ですね。ですが、八十点でもリディス様が居なければ相当の高得点です。胸を張っても良いと思います」
「ありがとうございます」
「ですが、試験で手を抜いたのですから、学園でもその様に心がけて下さい。何か問題が起きた際、学園まで当主様がいかなければならない事態にならないように」
「承知しました」
まあブロッサム家から王都までは、気軽に行き来出来るような距離ではないからな。
移動だけで一日以上掛かるなんて、現代人の俺からすれば長すぎる。
地球ならば、手続きを抜けば家から一時間で地球の裏側に行くなんて事も可能だ。
転移出来る出来ないってのは、とても大きい。
「それで、最後の実技試験は?」
「ヨルムはリディス様と同じく無傷での勝利となります。私は負けました」
「……はい?」
俺が負けたと聞いた瞬間、珍しくメイド長は変な声を出した。
そんなに俺が負けるのっておかしいか?