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第7話 人間

あれからまた日常へと戻り、今は仕事終わりの帰宅途中。

何故かいつもより軽い気持ちを抱えながら歩いていると、それに水を差すように聞きたくもない声をかけられる。


「ユウキくん、久しぶり~」


俺の進路を塞ぐようにシンとフェイが立っている。

シンの言うとおりにアイと暮らしているため、彼女がこれ以上関わってくることはないと思っていたが、それは甘い考えだったようだ。


「もう、僕に会うたびにそんな嫌そうな顔をするなんて、悲しくなっちゃうな~」


「何も、用はないはずだろ」


「う~ん、君が素直な子なら心配はしないんだけどね~。ちょっとだけ、あの娘と仲良くしているのか気になってね~」


彼女の真意は読めない。

本当に心配しているのか、他の狙いがあるのか、どちらにしろ、答えない訳にはいかないとアイについて考える。

彼女の全てを受け入れたつもりはないが、それでも、今の俺は彼女へ向ける嫌悪感は薄れつつあり、お互い普通に生活できるようになっている。

しかし、素直に今の気持ちを吐露するとシンの思惑通りに事が進んだと思われてしまう。

それだけは避けたいので、あえて嘘をつく。


「残念だが、アンタの思い通りにはならないさ。娼婦との生活なんてうんざりしていたところだ」


その瞬間、彼女が纏う空気の温度が少しだけ下がるような感覚を覚えた。


「それはそれは、よかった」


どういうことだ。


「キミ、まだ子作りしてないでしょ」


その一言に嫌な予感が背筋を走る。

ここは嘘でも否定したほうがいいのか、と思いきや、パッと雰囲気が変わりいつもの飄々とした様子に戻る彼女。


「ま、キミはそんなことをする人じゃないってわかっているけどね。うん、やっぱり、まだやってないみたいだ。まだあの娘との仲も深くはなっていないようだし、これで、僕の心も痛まずに済むよ~」


わざわざ向こうから話しかけてきたんだ、こんな要領を得ない話だけで終わるはずがない。


「用件はなんだ。さっさと話してくれ」


「実はね過去にあの娘とヤッた人がねぇ、具合がよかったからまたやりたいって言っててねぇ。きっとキミは娼婦になんて手を出さないだろうと思って、その人に子供を仕込んでもらうことにしたんだ~」


「は?」


「で、本当はさ、ユウキくんにも確認したほうがいいかなって思ったんだけど、めんどくさいから、今朝、彼女を連れて行ってヤッてもらっちゃった」


一気に冷や汗が溢れ、めまいがし始める。

さらに追い打ちをかけるように、彼女の話は止まらない。


「いや~、それが終わった後、彼女を迎えに行ったんだけどさ、泣きながら自分のアソコから精液を掻き出そうとしている姿が健気でね~。今までそんなことはなかったんだけどさ、君との新婚生活に希望を持っていたのかもしれないね~。でもいいよね。さっきキミは、あの娘との生活がうんざりって言っていたし、余計なことをする手間が減ったもんね。だから、今度からその人にあの娘とセックスしてもらうからさ、その後の子育てだけ頑張ってよ。それでいいからさぁ」


彼女の話を遮り、俺は衝動的にシンは近づき胸倉を掴んでいた。


「あれれ~、どうしたのかな~」


「ふざけるなよ!そんな、そんな馬鹿な話があってたまるか!」


「バカな話だって?何を言ってるんだい?日ノ国人の女は娼婦として働き子供を産む存在だ、当たり前の話じゃないか」


心底嬉しそうに話す彼女。


「お前は!なんとも思わないのか!」


ついに、吹き出し大声をあげて笑うシン。


「何を今さら!教えてあげようか。人間はねえ、クズなんだよ。どんな聖人君子でも薄皮一枚剥いでしまえばクソの塊なんだ。わかる?クズみたいな人間もいる、なんて話じゃなく、人間は元々クズなんだよ。ま、人間なんて他者の痛みなんてわからない上に強力なエゴまで備え付けているんだから、当然なんだけどねぇ」


彼女は堰が切れたように、嬉しそうに言葉を紡いでいく。


「いいかい?善い人間ってのはねぇ、言い換えれば弱い人間なんだよ。この社会で勝つのはいつだって、他者を食い物にする自分勝手でわがままなクソ人間なんだ。その地位を得たからそうなるんじゃない、そういう人間が人の上に立つ、この世界はね、最初からそういう風にできているんだよ。遥か昔から、人間が生まれ集団で暮らすようになった時から今まで、その図式は何も変わっちゃいない。それなのに君たちときたら。反吐が出そうな甘い言葉を吐き合い、慰めの理想に溺れて無益な人生を送っているくせに文句だけは一丁前なんて、滑稽だとは思わないかい?そんなに怒るくらいなら、最初から僕の言うことを素直に聞いておけばよかったんだ。君たちが大好きな平和って言葉を貪りながら、家畜として生きておけば、ね。ホントに、笑っちゃうよ」


「殺してやる!」


「ちょっと待ってよ。僕だって今回の件は不本意だったんだよ。いやはや、キミが怒るくらいにあの娘を想っているって知っていたら、こんなことはしなかったし。だから、お詫びに、キミらを特別に助けてあげる。うん、素直に僕の言うことを聞いてくれるなら、奴隷から解放してやってもいい」


その、たった一言で俺の怒りは薄れ、余計なことを考えてしまう。

こいつは、どういうつもりだ。

嘘に決まっている、でも、もしこれが本当なら。

彼女が汚されていようと、もう一度やり直せるはずだ。


「あはっ、本気にしちゃった?あはは、面白いなぁ。口では綺麗ごとを並べながら、ちょっとでもおいしい条件を伝えるとこれだ。結局キミも僕らと同じ人間なんだね」


再び湧き上がった怒りに身を任せ勢いよく拳を振り上げるも、突然右から飛んできた固い何かに顔面を殴られ吹き飛ばされる。


「フェイ、痛めつけてやって」


地面に伏すや否や、上下左右から飛んでくる衝撃と痛みに耐えられず身体を丸めるも攻撃の手が止むことはない。

そして、どれくらいの時間が経っただろうか、痛みだけがはっきりと残る暗闇の中、耳元で声が聞こえる。


「力もないくせにくだらないプライドだけ持って生きて、それを踏みにじられるのはどんな気持ち?この世は力、金が全て、そう分かり切った答えがあるのに、大人になっても何もせずに賢人気取りで嘆いて、みっともないよねぇ。他の皆は運命を受け入れたうえで幸せになろうとしているというのに、君の命は凍っているよ」


「ちがう、おれ、は」


懸命に口を動かし反論しようとするも、痛みが走りまともに話すこともできない。


「ああ、いいよいいよ。負け犬の遠吠えなんてみじめなだけだからねぇ。そうやって死ぬまで言い訳していればいいよ。……それとも、まだチャンスが欲しい?」


全てが終わった、そう思った矢先の彼女の言葉。

つい俺は反応して顔を上げ彼女と視線を合わせてしまう。


「それじゃあ、毎日、あの娘と子作りしてる動画を僕に送ってよ。この端末をあげるからさ、毎日忘れずにね。そしたら、これ以上他の男にあてがったりはしないからさ。どうしてもってお願いするなら、これで手を打ってあげる」


これに頷いてしまえば、俺の意思は完全に折れてしまう。

それでも、俺が従わなければ、アイは凌辱の限りを尽くされる。

そう思うと俺の口は動き出していた。


「お、お願いします」


「聞こえないなぁ」


「お願いします!」


その時の彼女の心底嬉しそうな歪んだ笑顔は、一生忘れないだろう。


「しかたないなぁ、そこまで言うなら、許してやろうじゃないか。じゃ、さっき僕が言ったことは必ず守るんだよ~。今日から一日でも確認できない日があったら、すぐにあの娘を連れて行くからね~」


彼女は俺の目の前に携帯端末を置き、そのまま去っていく。

俺は、そこから動けずにいた。


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