第54話 不思議の国
「……どうして、止まらないのですか」
機関室でマイクを握り項垂れるラヴィニア。
彼女の叫びは地響きと鬨の声に掻き消され誰にも届かなかった。
そばに立っていたトーコが口を開く。
「本当に争いをしたくないのなら、命を懸けても拒絶していたはずだ。それをしない時点で、こうなる事は目に見えていた」
「どうして」
「手段と目的が逆なのさ。それが人間だ。さて、進むも逃げるも被害が大きそうだ」
「戦うのですか」
「当たり前だろ?」
ラヴィニアは悲しみと怒りに満ちた表情をしている。
「このまま侵攻を許したらダラサールだって無事じゃ済まない。皆が死んでもいいのか?さぁ、ここは私らに任せて、後ろで大人しくしててくれ」
悔し涙を浮かべ、返す言葉もなく機関室を後にするラヴィニア。
「さて」
「やっぱり、降伏しますか?」
ベルが口を挟む。
「死にたいのか、バカ。幸い敵は能天気にこちらへと向かっている」
「やっぱり、それじゃあ」
「迎撃準備だ!」
「やっぱりそうなるんですね〜」
戦線を保っていた敵軍は増援を伴い希望号へ。
その中心には無様に倒れるユウキの姿、カタリナに似た女はルシアンのしたいと共に姿を消している。
「おっと、その前に、あいつを何とかしないとな」
トーコは伝声管に駆け寄り大声を上げる。
「誰か!手が空いているものはユウキを回収してきてくれ!」
『承知した!』
間もなく返ってきたのはエイブの声。
瞬きする間に地響き一つ、ユウキの元に駆けるエイブの姿。
その様子を見てラティが呟く。
「まったく、ユウキさんも世話が焼けますね」
「そう言うなよ。この前まで一般人だったのに、結果的に、この星で五指に入る魔法使いに勝ったんだ。こういう状況じゃなきゃ英雄と讃えるところだ。なんて話している場合じゃない、二人とも早く持ち場につけ」
しかし、ベルは怯えた様子で動かない。
「でも、さっきの戦いで、この辺のアニムスが尽きてるんですけどぉ、戦えないですよねぇ。やっぱり降伏しましょうよぉ」
「お前はほんとに、人間相手だとてんで駄目だなぁ!」
「だって、化け物と違って人間は殺しても終わらないじゃないですかぁ!それに、今回は本当に大国の敵になっちゃうんですよぉ〜」
「ええい、うるさい!ラティ、連れて行け!」
「あいあいさー」
ラティに引き摺られ連れ去られるベル。
静かになった機関室、トーコは苦虫を潰したような顔で再び伝声管を手に取る。
「アリス嬢、聞こえるか」
少しの間を置き聞こえてくる声。
『何かしら?暇つぶしで忙しいのだけれど』
「丁度良かった。迫り来る敵を迎え撃たなかななならんのだが、どう考えても戦力が足りん。手伝ってくれ」
『あら、乗客に戦えだなんて、とんでもない車掌さんね。でも、断るわ。気が進まないもの』
苛立ち頭を掻くトーコは、深く息を吐き意を決する。
「わかった、交換条件だ。一日だけ、希望号の乗務員全員、アリスの人生の役者となろう」
『あら。あらあらまぁまぁ、素敵だわ。よろしくてよ。それなら、あのお馬鹿さんたちを、アリスの物語に招待してあげる』
*
希望号の前に立つアリスは踵を鳴らし、体を反時計回りに回し、ひと踊り。
「さぁ、始めましょう。アリスの、アリスによる不思議な物語を」
どこからともなく地面から緑の植物が生え、遠くのグランディア軍の前へ緑の世界を作り出す。
それは瞬く間に地平線を覆うほど。
いつの間にか距離の概念は消え、敵軍は不思議な国へと招待される。
兵も車両も一つの場所に集められ、保たれた陣形も崩れ、数千の兵が途方に迷う。
「起きて、ねえ、アリス。まさしくここが夢の世界。目を開けたまま見えるのは、不思議な冒険物語。ウサギにネズミ、子豚にトカゲ、さらには海ガメ、グリフォンも」
様々な動物、神話の動物、不思議の国に生きる生き物が、どこからともなく生えてくる。
「緑が揺れるザワザワを、裂いて聞こえる金切り声。いつものように、ハートの女王は出しゃばりね。罪の証明が必要ならば、彼らにタルトをあげましょう」
緑を裂いて現れる、ハートの女王は無数のトランプ兵と共に。
「さあ、叫びましょう!聞き飽きてしまった、あのセリフを!彼らが罪人であるのなら、憚るものは何もない!」
『首をはねよ!首をはねよ!』
恐れの中で鼓舞し地響き鳴らす無粋な敵が、わけもわからず勇敢に、不思議な国へと突き進む。
招待されたとも知らずに、彼らは森深くへと踏み入れる。
いつの間にやら皆は小さく、車両もおもちゃになっていく。
ここはアリスの物語、全てはへんてこ素敵な夢へ。
小人になった敵兵を、動物たちが食い尽くし、トランプ兵は手持ちの槍で首を刈る。
阿鼻叫喚の血みどろ世界でアリスは踊りを踊り出す。
「つまらない現実は何処へやら。このまま、醒めない夢に冷めない熱を与えましょう。ああ、これは、わたしのための物語」
トランプ兵の持つ槍が、小人の兵に滑り込む。
飛び跳ねる首、赤い血潮に咲く花が、アリスの世界を鮮やかに。
まだ足りぬ、まだ足りぬ、世界を彩る色取りは、どれだけあってもいい、と。
「どうしましょう、これじゃあまるで足りないわ。時間さんにお願いしても、六時のままで進まない。可哀想な帽子屋さん、可哀想な三月ウサギ」
あっという間に進んでく、中途半端な終幕へ。
殺して殺して飽きずに殺してやり過ぎたのが運の尽き。
いつもそう、アリスが求める永遠は、求めるほどに離れてく。
「だって、仕方がないじゃない。こんなに世界が憎いのだもの。殺さなければ仕方ない」
悲鳴は小さく無へ向かう。
二足歩行の生き物たちは地平線と同化する。
残る景色は精彩に、欠けた屍、凪となる。
広い世界にポツンと独り、観客席はがらんどう。
「ああ、つまらないわ。アリスが生きるに足る世界はどこにあるのかしら」
その呟きを遮るように、空気を震わす羽音が響く。
遠くに見えるは空に浮かぶ黒い影。
まだまだ終わらぬ人の業、馬鹿は死ななきゃわからない。
死出の旅路へ続く行列、途切れることなく地の獄へ。




