第53話 迷い
青のアニムスの奔流の中を赤い炎で切り裂きながら前へ進む。
常人なら簡単に圧殺されるであろう状況だが、俺は着々とルシアンに近づいていた。
両肩に罪を背負い、志半ばで死んでいった者たちの想いを支えに、この世の人々の嘆きを導に前へ進む。
炎を纏った右腕を振り払い、歩みを拒む青い壁を薙ぎ払う。
ただ、腕を振るう行為が全てを焦がす技となる。
遂に、視界は晴れ、あと少し進めばルシアンの元へ辿り着く。
「我が血潮は神の律、我が心臓は世界の炉。青の理よ、我が意思の下に終わりなき円環を成せ」
俺の頭上に現れる幾重にも重なる青の魔法陣。
「星の意思は光の糸へ。世界を滅ぼす悪しき化生を滅さん。──星雷」
甲高い音が聞こえ、今までとは比べ物にならない衝撃が降ってくる。
この鎧ですら、力を抜けばバラバラになってしまいそうなほど。
いや、どちらにしろ、このままでは耐えられない。
──イメージだ。
この青い世界に風穴を開ける力を。
炎を振り回すだけでは駄目だ。
衝撃に抗いながら、右手を銃の形に模す。
そして、人差し指に全ての力を込める。
集中、狙うは魔力が溢れる根源、天井へ。
ああ、指先が熱い。
このまま、放つ。
「貫けぇ!」
迸る熱線は青を吹き飛ばし、頭上の魔法陣を砕き溶かす。
視界が晴れる。
すかさず、狙いをルシアンへ。
再び放つ熱線。
それは、確かにルシアンの体の中心を貫いた。
だが、血も吹き出さず、彼は表情一つ崩さない。
「無駄だ。悪しきものは正義によって滅ぼされる、その理に逆らうことは出来ぬ」
たちまち再生していく体。
あれはもう、人間じゃない。
それなら、魂を消滅させるほどの熱量を与えるしかない。
その準備はもう、出来ている。
意識を集中させた時に見えた、ルシアンへと続く魔力の道。
そこに、グレイプニルを通した。
「……なに?」
ここで初めてルシアンの顔が曇る。
魂をも縛る鎖、それは彼を空中に固定していた。
これなら、避けられる心配もなくルシアンを殺せる。
右腕に炎を溜め、ルシアンの元へ。
一振り、それで足りなければ何度でも。
「何か、言い残すことはあるか」
「何も」
「……目的のために、数多の命を踏み躙り生きて、贖罪の一つもないのか」
「人間如きに、何の感情を抱けばいいのだ。醜悪な人間に対して、何を贖う必要がある」
下らない。
「神様ごっこは終わりだ。魂ごと消し飛ばす。無に還れ」
腕を振り上げる。
その瞬間。
──全てが、砕けた。
俺を纏う鎧も、ルシアンを縛る鎖も、全て。
「時間切れだ。ふん、迷いなど抱かず殺せばよかったものを」
体は凍え、激しい頭痛、眩暈、吐き気が襲い膝をつく。
「先ほどの言葉、そっくりそのまま返そう」
終われない。
まだ、何か手段があるはずだ。
ルシアンが手の平をこちらへ向ける。
そして、魔法陣が展開される。
まだ。
「無に還れ」
しかし。
俺は生きていた。
何故か、温い液体が顔にかかる。
ルシアンの背後、緋色の鎧、見覚えのあるその姿は。
「──カタ、リナ?」
黒の切符を渡された時の、カタリナの姿。
彼女が、ルシアンの胸を槍で貫いていた。
「……なぜ、このような事を」
「アニムスの使いすぎです。あなたのせいで数百年ほど、計画が後退しました」
「それが、どうした。こいつを殺せるなら、安い代償だ」
「クロム様は、それを望んでいません」
槍が抜かれルシアンは地に伏す。
先ほどとは違い彼の体から鮮血が溢れ、青い魔力が霧散していく。
何が起こっている。
「結局、お前たちのおままごとに、付き合わされていただけ、か」
そのまま、動かなくなるルシアン。
彼女は何の感情も無くこちらを見ている。
見た目はカタリナと同じだが、纏う雰囲気がまるで違う。
「お前は、誰だ」
「話をしている場合ではありません」
どういうことだ。
『止まりなさい!ルシアンは死んだのです、争う理由なんてありません!』
背後から聞こえるラヴィニアの声。
気付けば地平の先、軍隊らがこちらへ進軍している。
「引き際ですね。ですが、諦めてはなりません。進みなさい。その先に、あなたが望むものがある」
どうすべきかわからぬまま、俺は意識を失った。




