第52話 目覚め
避ける、避ける。
手加減はしていない、せめて、一瞬で終わってくれと願いながら逃げ回るルシアンに接近しては全力でレーヴァテインを振っているというのに、紙一重で躱される。
『奴が狙っているのは、お前の魔力切れだ。悠長にしている暇はないぞ!』
わかっている。
だが、これが限界だ。
『ふざけるな、ここは戦場だぞ!お前の限界なんぞ知ったことか!死ぬ気で持てる全てを吐き出せ!』
ああ、そうだ、弱気になるな。
「──ッグレイプニル!」
距離を取るルシアンを囲うようにグレイプニルで壁を作り逃げ道を塞ぎレーヴァテインの出力を上げる。
そして、彼を目掛けてレーヴァテインを振るう。
「劫火よ、走れ!」
唸る炎が地面を走り全てを燃やし尽くし、一瞬、ルシアンの姿が見えなくなる。
『下だ!』
いつの間にか、ルシアンは俺の懐に潜り、右手には青く光る剣を握っている。
気づいた時には、胴に一太刀を入れられていた。
そのままレーヴァテインを振り下ろすも、既にルシアンの姿はない。
「なるほど、いい鎧ですね」
腹に違和感。
腹部が空気に触れ熱を感じ、動きを止めてしまう。
『問題ない。臓器には達していない。俺が止血してやる。だから、恐れるな。恐怖の先に生はない、逃亡の先に勝利はない。戦え』
腹に痛みが現れ始める。
奴隷の時は痛みなどどうでもいい存在だったのに、やるべきことがある今は、それが恐怖に変わる。
全ての攻撃が躱され、逆に一太刀をくらったというのに、奴に勝てるのか?
その疑問が心に闇を広げていく。
『また悲しみを繰り返すのか!思い出せ、お前のために死んでいた者たちを、お前のせいで死んでしまった者たちを!ここで奴を殺さなければ、皆、殺されるんだぞ!後先を考えるな!今が全てだ、今、勝たなければならないんだ!』
わかっている。
でも、体が思うように動かない。
『歌に耳を傾けろ!お前は、一人で戦っているんじゃない!』
「──戦場で呆けるとはいい度胸ですね」
刹那、腹部の壊れた鎧、その隙間に青い剣が現れる。
ルシアンは離れた場所に立っているというのに、何が起きた。
貫かれた。
衝撃すらない。
血の気が引く感覚、俺はそのまま倒れてしまう。
『相棒!』
「下らない幕引きだ。少しでも戦火を巻き起こす火種になればと、期待していたのですが」
暗い。
このまま死ぬのか、俺は。
何も出来ず、誰も守れず。
全身の力が抜け落ち意識が薄れていく。
俺は、また。
*
──ここは、何処だ。
目が覚めると、赤黒い世界に俺は立っていた。
フォルティミアはいない、腹の傷も消えている。
ただ、肌寒い。
その時、聞き覚えのある唸り声が地響きの様に反響する。
地獄、ここは、ヘルヘイムか。
俺は、死んだのか。
「死んでない」
声。
振り向くと、赤黒く血に濡れた肌をした人の形をした顔のないものが立っている。
「私たちは、人の心を忘れなかったもの。地獄の様な世界で惨殺されても希望を持ち信じあう事を忘れなかったもの。人間の尊厳を、捨てなかったもの」
彼はこちらへ近づいてくる。
「この悲嘆の輪廻を止められるのなら、お前にその意志があるのなら、私たちが力になろう」
この世界の暗さに次第に目が慣れると、その背後には幾人もの屍人が立っていた。
耳をすませば、赤子の泣き声も聞こえる。
「頼む、もう、悲しみは充分だ。一つ、また一つと増える痛みの連鎖を断ち切らねばならぬのだ」
これは、牙を持たぬ人々の祈りの声。
そうだ、何を寝惚けている。
この力は彼らのためのものじゃないか。
「俺が、俺が終わらせてみせる」
「ああ、そうだ。それならば、私たちは幾らでも力を渡そう」
目の前まで近づいてきた彼は、俺の腹に手を添える。
「受け取ってくれ。私たちの、祈りを」
苦しみ、痛みを伴う血に濡れた想いが俺の頭に侵入する。
力が滾る。
俺はまだ戦える。
*
「──Layn zura, senai yol, narun ne yarel.Mi ne veyan — soar no tarn.《届かぬ祈り、それでもなお、私は貴方を信じる。詩よ、貴方の運命を導く光となれ》」
歌が、聞こえる。
力無き者の声が紡ぐ希望の歌が。
俺は立ち上がる。
目の前には倒すべき敵。
「……まさか」
「Vo miran! yura no sel saran vayel no lyr — salen no astra vo nen!《輝け!希望の世界を紡ぐ意志よ─願いの燈となれ!》」
一気に怒りが沸点まで湧き上がる。
ああ、内側から破裂してしまいそうなほど、鼓動が全身を叩いている。
怒れ、ありったけの怒りを身体に込め解放しろ!
レーヴァテインの出力が増し、周囲に生える雑草が一瞬で炭化し、空気中の水分を全て蒸発させ地に渇きをもたらす。
気付けば右手にレーヴァテインは無く、鎧が赤色に燃えていた。
もう、魔力切れの心配はない。
「──万象の意志よ、我が命に応えよ。蒼穹の律、静寂の檻を解き放ち、今ここに青の覇道を示さん」
突然、視線の先でルシアンが何かを唱える。
彼の体に青い回路が浮かび上がり、全てのアニムスが集中している。
「従え、アニムス、舞え、蒼き魔。我が栄光を刻みつけよ!蒼き理想の降臨者となりて!」
アニムスの奔流、その渦中に立つ彼の姿は神の領域に足を踏み入れていた。
全身の青い回路を浮かべたまま、溢れる魔力で構築された儀礼装束を身に纏い、背に浮かぶ魔力の渦から雷光を走らせている。
今の俺には理解できる、あれが、どれほどのものか。
「我は蒼き信徒なり。新たに生まれる秩序を阻まんとする愚者に鉄槌を下す神の使いなり」
上等だ。
相手が神だろうが何だろうが殺してみせる。
命を守る、未来への可能性を繋ぐ事が出来るのなら俺は躊躇わず、この手を汚してみせよう。
この、世界を焼き尽くす炎で。




