第50話 祈り
星空の下、希望号が停車する駅のホームに灯ったオレンジに照らされた人々。
希望号の先頭車両の前に、この街から集められた老人たちが立っている。
死に向かうというのに彼らは皆、活き活きとした顔をして笑いながら互いに話し合っている。
家族と別れを告げる老人すら、残される者の涙とは反対に希望に満ちている。
そして、ラヴィニアも祖父に声をかける。
「怖く、ないのですか」
「怖いさ。だが、痴呆を患い過去に囚われ死の恐怖から逃れるより、周りに迷惑をかけ眠るように死ぬより、怖れながらも意地を張って最後まで皆の力にならなければならないのだよ。他でもない、未来のためにな。それよりも、お前には、重荷を背負わせてしまうな」
「そんな、私は、女である事を理由に、ここまで卑しく生き残ってしまったのです。それなのに、こうしてまた、誰かを犠牲にする道を選んでいる」
「何を言う。誰にも選べなかった、真の平和のために戦う未来を選んだのだ。だから、前を向くのだ」
ラヴィニアは静かに肩を振るわせる。
「ユウキ、とやら。頼んだぞ」
重い言葉だった。
命を懸けた者の言葉。
いくつもの意味が込められた言葉。
果たしてそれに応えられるのか。
「さぁ、死出の旅が静かではつまらぬ!盛大に見送ってくれ!」
この国特有の行事だろうか、見送る者は皆、喪に服する事もなく歌を歌い音楽を奏でる。
その姿に悲しみは見られないと思いきや、皆、目の端に涙を溜めている。
そして、何人もの老人たちが希望号の先頭車両に足を踏み入れていく。
目の前に広がるのは地獄の入り口ではなく、新しい明日だと言わんばかりの揚々とした様子で。
その背後で、ラヴィニアは祈り続ける。
「さぁ、ここからは私らの仕事だ。お前は少しでも勝率を上げるための行動をしておけ」
トーコに声をかけられ、俺たちはその場を後にした。
*
屋敷へと戻り、いつもの面子で今後の事について話し合う。
「さて、ルシアンを殺す算段を立てましょう」
最初に、淡々と物騒な事を述べるカタリナ。
しかし、それがまさしく俺が行わなければならない事だ。
人殺しの経験はあるが、今回は平穏な状態で、自分の意思で殺さなければならない。
ラヴィニアにはあれだけ啖呵を切っておいて、心のどこかで、話し合いで済ませられたら、なんて考える自分がいる。
「ミス・アナ、何か作戦はありますか?」
「そんなものはない。ルシアンはアニムスを隷従させるんだ、その前では作戦など無意味だ」
「隷従?」
「そうだ。そこらの魔法使いはただアニムスを消費するだけだが、奴は空気に漂うアニムスそのものや人体に蓄えられるアニムスすら操る事が出来る。そして、その範囲は視界が及ぶ場所まで。視界に入れた人間を殺すも操るも自由自在。誰も勝てる道理がないのは、それが理由だ」
なるほど、ラヴィニアがあれだけ恐れていた訳だ。
「それなら、どうすればいいのですか」
「理外には利害をぶつけるのみ。奴がアニムスを操るなら、アニムスごと消し飛ばしてしまえばいい。お前の、レーヴァテインでな」
ミス・アナがこちらに視線をよこす。
そして、その言葉に暗い記憶が呼び起こされる。
あれが発現したのは怒りに感情が支配された時だけだ。
「はっ、そんな甘ちゃんに殺しなんてできやしないさ」
応える事が出来ずにいると、フェイが生意気な口を挟む。
「そんな奴に力を与えるなんて、宝の持ち腐れだ。だから、私に力を寄越せ。お母さんを蘇らせるためなら殺しでもなんでもやってやるさ」
しかし、ミス・アナは何も聞こえていない様に無視をする。
「重要なのは感情のコントロールだ。それさえ出来れば勝機は十分にある。フォルティミアと対話でもしておくんだな」
それだけを言い残して、いつもの様に黒い霧となり消えてしまうミス・アナ。
「クソが。おい、もしも明日までに覚悟ができていないなら、その手首を切り落としてでも私が代わりに殺るからな」
続いて、イライラしながら去っていくフェイ。
「ユウキよ、私から一つ言葉を贈ろう。怒りは胸に沈めるものでなく、両の足に込めて己を支える礎とするのだ。この、戦う漢の言葉を覚えておけ」
「いや、そもそも、そのルシアンとやらに怒りを向けられるかすらわからないんだが」
「断言しよう、問題ない。その時になればわかるさ」
思わずカタリナの顔を見るも、彼女もその言葉の意図を理解していない様だ。
ああ、気が抜けてしまう。
多くの人々の希望、祈りを抱えて進まなければならないというのに、こんな気持ちで挑めるはずもない。
いや、忘れるな。
アイのために全てを抱えて、この世界の理不尽と戦うと決めたのだ。
それに俺の感情なんて必要ない。
やるべき事をやるだけだ。




