第49話 犠牲
腹を括った俺とラヴィニアは希望号の連中、ダラサール側の関係者を一堂に集める。
そして、テーブルの真ん中に地図を広げた彼女が話し出す。
「それでは早速、話を始めます。本来なら、我々は最も傾斜の少なく幅広のルートから進軍するつもりでした。こちらが先手を仕掛ければ、戦線はこの辺りになると思います」
ダラサールの中心から離れた位置にある山々を蛇行する、グランディアまで伸びる長い道。
その道を抜けると開けた平地が広がっている。
「ですが、呑気にしていると、逆にこちらに攻め入られてしまう。そうなれば市街地で争いが起きてしまう。もう、猶予はありません。明日にでも本当の敵を討たなければならない」
敵。
「この地区で戦乱を起こしている、いけ好かない男がいます。その名は、魔術教会エヴァンジェルムの信徒、ルシアン・ヴェイル。この男を殺さなければ平和は訪れません」
彼女が机の上に放り出した一枚の写真。
そこには隠し撮りされたような粗い画質で写る、金髪の男がいた。
「そのため、当初の目的であったグランディアとの衝突は避け、希望号と協力しルシアンを裏から表へ引き摺り出し殺すように方向転換いたします」
一瞬にしてどよめきが起こる。
「本気、いや、正気か」
トーコが俺に声をかける。
「ああ」
「……勝算はあるのか」
「そんなものは関係ない」
深くため息をつくトーコ。
「して、策はあるのか」
今度はミス・アナがラヴィニアに話しかける。
「希望号に走れない道はないと聞いています。当初の予定通りのルートを共に進み、敵軍が待ち構える目の前で我が国の国旗と白旗を掲げるのです。こちらが本当に争う気がないと示す事が出来れば、ルシアンは出てくるでしょう」
その言葉に笑い声を漏らすミス・アナ。
「確かに。幼稚だが、間違いなく奴は現れるだろう」
「しかし、一つ懸念点が。彼以外に魔術教会の信徒の増援があれば命を捨てる事になります」
「それはない。奴ら一人一人の力は強大だが、所詮は烏合の衆だ。統率した動きを取ることはない」
「……あなたの口からそれを聞けて、ホッとしました。それではユウキ様、その時はルシアンを、殺してくれますね?」
「……ああ」
殺す。
そう、殺さなければならない。
今までとは違う、正気のまま自分の意思で。
今になって重く伸し掛かる言葉が翳りとなり、それを必死で振り払う。
周囲は混乱したまま、ラヴィニアの独断で話が進んでいく。
そして、彼女は机を叩き声を上げる。
「これより、私たちは魔術教会に反旗を翻すために、希望号に全身全霊を持って協力いたします!」
自分の覚悟を確かめるためか。
これで、後戻りはできない。
「ふざけないで!」
しかし、そこに横槍を入れる人物が一人。
「さっきから勝手な事ばかり!先人たちが築いた尊い平和を、滅茶苦茶にするつもりなの!?」
見知らぬ婦人がヒステリックに大声をあげるも、ラヴィニアは冷静に言葉を返す。
「その平和に一体、何の意味があるというのですか。それは誰かの犠牲の上に成り立った幻想に過ぎません。血に濡れた現実から目を逸らし、安寧だけを享受し、揺籠の中で理想を語る。そして、その分だけ、どこかの誰かが代わりに血を流し続ける。今まで多くの命を奪ってきた私たちに平和を語る資格はありません」
覚悟が決まった彼女の瞳に迷いは存在しない。
「戦わなければならないのです。真の平和は自ら手にした勝利の下に現れる。このタイミングを逃せば、それに挑む事すら出来なくなってしまう。今こそ、悲嘆に別れを告げる時なのです」
そうだ。
勝って初めて、綺麗事は真を得る。
「そんな。言っていたでしょう、生きてさえいれば、いつか雨は止むと」
「私たちが一歩踏み出せば空は晴れるのです。それとも、この湿気た場所で腐るまで、来るかもわからない希望を待ち続けるつもりですか」
反論はないようだ。
「いえ、何も皆に付き合ってくれと言っているわけではありません。私一人が代表して乗車しますので、お気になさらず」
「しかし、燃料はどうする。そこに線路はないだろう。魔装鉄路を敷くために死ぬ覚悟がある奴はいるのか?」
トーコのもっともな指摘に決意が鈍らぬよう俺は言葉を返す。
「俺の命を使えばいい」
「馬鹿を言うな。お前には重大な役目があるんだろ。その前に消耗してどうする」
この提案は拒否されると思っていたが、どうやら協力してくれるようだ。
「勘違いするなよ。逃げる事も考慮して余力を残せと言っているんだ。玉砕覚悟の作戦に付き合うつもりはないからな」
それでも、こんな俺に機会をくれるなら十分だ。
「ちょっと待ってよ!」
今度は、大人しくしていたアリスが声を荒げる。
「どうして見ず知らずの人間のために命懸けの博打をしようとしているの、どうして当たり前のように話を進めてるの!?」
「希望号の運転手がそう言うんだから仕方ない」
「いつから希望号はお兄ちゃんの所有物になったわけ!?そこの聖女様も何とか言ったらどうなの!」
「私は、ユウキさんの意思に従うだけです」
その瞬間、アリスの周りに赤黒い魔力の奔流が発生し始める。
「どいつもこいつも私の願いの邪魔になるものばかり。ここで死んでもらおうかしら」
「落ち着け。希望号が終点に着くために、魔術教会はいずれ相手にしなければならぬ。奴らの本拠地に行く前に戦力を一つ消せると考えれば、そう怒ることもないだろう」
ミス・アナの言葉により次第に落ち着きを取り戻すアリス。
そして、仕切り直すようにトーコが口を開く。
「よし、それじゃあ話を戻すが、燃料はどうする」
「……もう一度、ヘルヘイムを走ればいい」
「何度も走れるような場所じゃないだろ。ミス・アナ、何か案はありますか」
「それなら、食い溜めするしかないだろう」
トーコの顔が少しだけ歪む。
その単語から碌でもない事が連想される。
「事前に希望号に人間を食わせる。食事に時間をかければ、わざわざヘルヘイムを呼ぶ必要もない」
重い沈黙が訪れる。
当然だ、今までの乗客とは違う、死ぬためだけに希望号の餌になれと言っているのだから。
「あの、つまり、希望号を走らせるために誰かが犠牲にならないという事でしょうか」
おずおずとラヴィニアが質問を投げかける。
「そうだ」
「そんな。皆を守るために戦おうとしているのに、それでは本末転倒ではありませんか」
再び訪れる悲痛な沈黙。
「……話はよくわかりませんが、犠牲になれば、この悪夢に終止符を打てるのですね?」
「お祖父様……」
沈黙を破ったのは高齢の男性。
「ここには、戦う事も出来ず、子をなす事も出来ない骨と皮だけの体のくたばり損ないが大勢います。もし、命が必要なら、私たちを使ってくれませんか」
「老人なら、より多くの数が必要になるぞ」
「構いません。現実から目を逸らし生き延びる日々を過ごすくらいなら、希望の礎となる道を選びます。皆も同じ考えのはずです」
老人の華奢な体に落ち窪んだ目、しかし、その瞳にはギラギラした強い意志が宿っている。
対して、ラヴィニアには迷いが生まれている。
「ラヴィニア、私たちも共に戦わせてくれ」
「でも、死ねば終わり、なのですよ」
「意志を繋ぐ者がいれば死は終わりを意味しない、そうだろう」
涙を浮かべるラヴィニア。
しかし、彼女は気丈に堪えながら決意を固める。
「わかりました。ユウキ様、必ず、必ず勝ちましょう」
「ああ」
「それでは早速、準備を始めましょう」




