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第48話 痛み

結局、部屋に戻り夕刻まで頭を悩ませても答えは出なかった。

いや、俺の思いは既に決まっているのだが、果たして勝算があるのか。

ミス・アナの話が真実なら、倒すべきは間違いなく魔術教会の連中だ。

だが、皆、口を揃えて無謀だと答える。


その時、扉をノックする音が響く。

夕食にはまだ早い時間だと思いながら対応すると、そこにいたのはラヴィニアだった。


「どうした?」


「唐突に申し訳ありません。少し、お話ししたい事がありまして。それと、お疲れのようですので、案内したい場所があるのです」


唐突な申し出に疑念はあるが、特に断る理由はない。

煮詰まった頭に水を差す、いい機会だ。

俺は深く考えずに彼女の言葉に従った。



「ここは?」


「浴室です」


廊下を渡り両開きの扉の前に辿り着いた後、その扉の向こうには豪勢な部屋が広がっていた。

金や赤を基調とした内装にドレッサーや姿見などが並んでおり、浴室と言われなければ、ここが脱衣所だとは思わなかっただろう。


「なんでまた、こんな所に」


「ダラサールは湯治が有名で、疲労回復だけでなく怪我の治療にも利用されます。今のユウキ様には癒しが必要でしょう」


何か裏がある気がしてならない。


「唐突に、あれだけ不躾なお願いをしたのですもの。せめて、このくらいはさせてください」


俺の表情を察してか、理由を口にするラヴィニア。

そう、深く考える必要はないか。

いざとなればフォルティミアを頼ればいい。


「わかったよ。そこまで言うならお言葉に甘えるよ」



浴場はさらに広く、床のタイルには汚れ一つなく、中央に鎮座する巨大な湯船が湯煙を上げている。

全く、どこもかしこも俺には似つかわしくない場所だと、脱衣を済ませた俺は脇のシャワー前に座り頭を洗い始める。

しかし。


途中、浴室の扉が開く音、俺は思わず声を出す。


「誰だ」


「私です。お背中を流しにきました」


その声の主はラヴィニアだった。

横目で見やると、タオルを体に巻いた姿が見える。

色々な意味で勘弁して欲しいのだが、彼女は躊躇なくこちらに接近した。

急ぎ頭を洗い流し、背後にラヴィニアの気配を感じながら俺は疑念を浮かべる。


「なんで、こんなことを」


「さっきも言った通りです。それでは、体を洗わせていただきますね」


彼女の手が俺の体に触れる。

距離が近い。

触れる体温、水音、彼女の澄んだ声が響き女の生々しさを鮮明に感じさせる。

俺は努めて冷静さを保つよう呼吸をする。

女。

アイとは違う、ほど良く脂肪を蓄えた柔肌。

吐き気がする。


「……傷だらけ、ですね」


「……まぁ、そういう場所に生まれたからな」


「それでも、ここまで辿り着いたのですね」


「自分の力じゃない。ただ、流されて来ただけだ」


「それなら、私のお願いも聞いてくれます、よね?」


やはり、話とはこれの事か。

湯治というのも口実で、この状況をつくるための行動だったのだろう。


「私たちの目の前には、隣国に攻め入り玉砕するか、魔術教会に滅ぼされるか、その二つの未来しかありません。どうか、助けてくれませんか」


ああ、もううんざりだ。


「もう一つ、最高の未来があるだろ。魔術教会の奴らを倒してありのままの世界を取り戻す未来が」


「それは幻想です。ただの自殺行為です」


「でも、倒すべき相手に敵わないから諦めるなんて、そんな情けない理由を抱えて生きていたくはない」


「生きていれば、可能性は消えないじゃないですか。だから、少しでも多くの命を守るために犠牲を払ってきた。それは、情けない事なのですか」


そうか、ラヴィニアは命の価値を知っているのか。

だが、魔術教会の願いが叶ってしまえば、その可能性がゼロになるという事は知らないようだ。

しかし、それは軽々しく口にしない方がいいだろう。

彼女らの希望を奪ってしまわないように。


「これは、俺の問題なんだ、もう後戻りはしたくない。大切な人を失ったあの時の悲しみが、いつだって俺の胸を灼いているんだ。未来のために誰かを犠牲にするんじゃない、過去、今、未来、その全てのために誰も死なせちゃいけないんだ」


「無茶です。お願いです、私たちと共にグランディアの軍と戦ってください。そうすれば、私たちは生き延びる事ができます」


俺の背中に、ラヴィニアの体が押し付けられる。


「私にできる事なら何でもします。何でも差し上げます。教会に逆らえば、殺されてしまう。お願いします、どうか、未来を繋ぐためにも……」


俺は答えない。

観念したのか、ラヴィニアは体を離す。


「……そう、ですか。わかりました。そもそも、自国の問題に協力してもらおうなど虫が良すぎますよね」


震える声、離れる体温。

また一つ、俺の目の前に悲劇が産まれる。

わかってる。

もう、過ちは繰り返さない。


俺は立ち上がり、去ろうとするラヴィニアに声を掛ける。


「抗おう。俺たちは自由なんだ」


彼女は立ち止まり、拳を握り振るわせる。


「……ふざけないで!そんなもの、力が無ければ意味がないの!綺麗事で、理想で救われるのは死にたがりの馬鹿だけじゃない!女子供を残して、男たちは逝って、それでも、全てを失わないように耐えてきたのに……」


震える肩、吹き出した感情露わに今までの気丈さは消え去っている。


「あなたも、楽になりたいだけなのでしょう。戦って死ねば凡夫も英雄になる、後の事は考えなくていい。その死には何の意味もないのに、残された人々に苦痛だけを与えて、それで終わり」


ラヴィニアはこちらへ振り返る。


「あなたも、同類なのでしょう」


「違う。死ぬためじゃない。胸を張って生きるために戦うんだ。もう誰も死なせない、遺恨も悲しみも残さない」


「いいえ、結果は同じです。どう足掻いたって──」


「勝ってみせるさ」


もう十分だ。


「死んでもなお、愛と勇気を与えてくれる人たちに支えられて俺はここに立っている。あんたもそうじゃないのか。俺は、ラヴィニアの本音を聞きたい。歯を食いしばって皆の命を守ってきて、その行き着いた先がこれで納得できるのか?」


「それは……」


「本当の願いを教えてくれ」


長い時間をかけて、今までの重圧から本心を覗かせるように絞り出した声で彼女は答える。


「……争いのない世界で、また、皆と、笑い合いたい」


「ああ、そうだよな」


進むべき道は最初から決まっていたんだ。

俺の中の迷いはとうに消え去っていた。

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