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第43話 こころむすび

──懐かしい音が聞こえる。

これは、生活の音だ。


目を覚ますと、俺は畳張りの部屋で布団に横になっていた。

何故、俺はあの忌々しい場所にいる?

上体を起こし周りを見回すと見慣れた寝室、しかし、明らかに様子が違う。

腐りかけなジメジメした部屋が一転、新築の様に暖かな光を蓄えている。


そして、先ほどから聞こえる水音や食器が触れ合う音。

まさか。


俺は急ぎ寝室から飛び出す。

ここも同じ様に、窓から差し込む日差しが全てを輝かせていた。

そして。


台所に立つ、女性の姿。

汚れ一つない白い肌に艶のある長い黒髪。

そして、シミひとつないワンピースを着ているその姿は。


彼女は水を止め手を拭き、こちらは振り向く。


「おかえりなさい」


その顔は見間違えようがない。

俺は彼女の元へ走り強く抱きしめる。

その瞬間、今まで言えなかった言葉が涙と共に溢れる。


「酷い事を言ってごめん、八つ当たりしてごめん、何も出来なくて、守れなくて、ごめん」


涙に濡れた謝罪の言葉で溺れそうになる俺を強く、アイは抱き返す。


「名前を付けて、呼んでくれてありがとう。お話をしてくれてありがとう。私が作ったご飯を食べてくれてありがとう。私を想ってくれてありがとう。謝らないで、私は幸せだった。ずっと言いたかった、ずっと伝えたかった」


その言葉で息を吹き返す。


「それなら何故、何故、死を選んだ!俺は、ただ、アイを追い詰める事しかしなかった、そうだろ?」


「ううん。私は、あなたの足枷になりたくなかった。私がいれば、あなたはあの場所から抜け出せなかった」


「そんな、ことは」


あの時の俺に、その選択肢はあっただろうか。

アイが死を選ばなければ、彼女と共に沼に沈んでいたかもしれない。

俺が弱いから、俺が情けないから、それほど強烈な動機付けが必要で、彼女は自分の命と引き換えに俺が希望号に向かう道を作ってくれたのだ。


「そんな顔をしないで。私は後悔していない。ユウキ、あなたは、たくさんの人に優しさを与えられる人だから。だから、あんな所で終わって欲しくなかった」


そうだったとしても、自殺するなんて相当な覚悟がいるはずだ。

俺は彼女にその選択しか用意できなかった。


「ずっと、ずっと後悔してた。全部、ぶっ壊れてしまえばいいと思うくらいに。誰かのために戦おうとしていても、それも曖昧なものなんだ」


「私は、ユウキが生きていてくれたら、それでいい。それ以外は何もいらない」


──ああ、そうか。

俺が生きる理由はここにあったんだ。


「やっぱり、俺は戦うよ。何処の誰ともしれない大馬鹿野郎にアイの魂を利用されるなんて耐えられない。だから、俺はこの世界の歪みを正すために進む」


「……うん」


「上手くいくかわからないけど、出来る限りのことはやってみせる」


「うん」


この時間が永遠に続けばいいのに、その願いが現実にならない様、腕を解く。

アイの顔が俺の瞳に映る。


「ここで待ってる。ずっと見守っているからね」


「ああ。俺もアイの事をずっと想っている」


目が覚めるまで、俺たちは陽だまりの中で言葉を交わし合った。

どこまでも、アイの言葉が胸に刻まれるまで。



鳥の囀り、目が覚めた後、俺はベッドの上で動けずにいた。

だが、俺の胸の中には炎がうねりを上げていた。

クロムとやらの目論見を止め、アイの魂を救ってみせる。

もう迷わない、俺が進むべき道は照らされている。


今までにないほど力が満ちている。

俺は勢いよく飛び起き新しい一日に飛び込んだ。


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