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第42話 世界の話

食事の後、随分と心配そうな顔をしたカタリナと別れ、各人はそれぞれ寝室に案内された。

あの話を聞いた後の記憶が曖昧だ。


豪華な部屋、シャワーを浴びた後、天蓋付きのベッドに腰をかける。


迷わないと決めた。

それなのに、もう揺らいでいる。

だが、それでも、今更諦める事などできない。

選択肢なんて残されていない、最後まで進むしかない。


その時、何処からか涼しげな風が吹き頬を撫でる。

掃き出し窓は閉められていたはずだと振り向くと、開いた窓、闇の中にコートを靡かせるミス・アナがいた。

俺は急ぎ立ち上がり警戒する。


「約束していた、話をしようか」


そういえば、彼女の目的などを話してもらう約束をしていた。

悩んでいる場合じゃない、話を聞かない理由もない。

俺は立ち上がり、すぐに彼女の元へ向かう。


バルコニーの欄干に寄り街の灯りを眺めるミス・アナの隣に立つ。


「どこから話そうか。……そうだな、この世界の事を話す前に、まずは一人の男について語らなければならないな」


「男?」


「ああ、全世界の争いを引き起こした張本人、名をクロム・クラヴィスという。世界中に戦火が広がる前、遥か昔に彼はいた」


唐突な話に早速、躓きそうになる。

一人の男が今の世界の惨状をもたらしただと。


「元々、彼は人間嫌いが高じてゴーレムの研究に没入し引きこもっていた平凡な男だった。それだけなら何と言う事はない話で終わるが、やはり人間、と言うべきか。長年、魔術を用いゴーレムを作り続けて素晴らしいものを生み出す様になった彼の存在に、人々はカネの匂いを嗅ぎつけた」


ゴーレム、魔術。


「我が子の様に愛したゴーレムが人助けに使われ、クロムは人々に気を許し始めていた。自分が生み出したものが誰かを笑顔にする、そこに幸せすら感じていた。しかし、名が知れ渡るほど、悪意を持った者の目に入りやすくなる。ここからの想像は難くない」


「……争いに、利用されたのか」


「そうだ。人の歴史ではよくある話だ。善意で生み出したものが悪事に利用される、そして、クロムの技術も流出し、戦火は止まることなく広がっていく。幸せの絶頂から失意の底へ、その時の感情など語るに及ばない」


人間に対する失望、絶望、それがどれほどのものか、俺は身に沁みて知っている。


「だが、それでも、彼は理想を追い求めようとした。人類と敵対せずに完成された世界を創ろうとした。おそらくは、人と築いた幸福な僅かな時間があったからだろう」


「完成された世界……」


「そうだ。そのためにクロムはこう考えた。この世から悲嘆を取り除くには絶対的な生きる意味が必要だと。そうすれば、人は間違わない。誰も傷つけない世界を創る、それを人類の絶対的な善としてしまえば、誰も迷わず苦しまない。しかし、一介の魔術師にとって叶えられる代物ではない。そこで目をつけたのが、神代の遺産、ユグドラシルだ」


ユグドラシル。

ミハイルたちが言っていた世界樹か。

魔法やゴーレムを見てきた俺でも、俄には信じ難い話だ。


「当時、世界樹と謳われていたそれは、見るも無惨な小さく細い枯れ木だった。しかし、腐っても別次元の世界を繋ぐ大樹、再び息を吹き返せばクロムの願いを叶える事など造作もない」


「本当に、世界樹なんてものが存在するのか」


「それは重要ではない。信ずる先に神が生まれる様に、人が存在を認識すれば、それは力を持つ。後は形と道理を与えてしまえばよい。そして、彼はそれを成した。大勢の人々の魂を栄養として与える事によってな」


なんと掴み様のない話だろうか。


「本来なら魂は循環するもの。時には自然と混ざり、時には人の意志に宿る。その理を乱すなど、到底許される事ではない。だが、奴は禁忌を犯した。世界樹を育てるために人間の魂を効率よく吸い取り栄養に変える仕組みを、この星に組み込んだのだ」


「それは、なんだ」


「戦争だ。世界樹の根が這う地面に人間の死体を転がし、かつ餌となる人間を増やす、となれば、これほど効率的なものはない。更に、魂の循環が止まれば今を生きる人々の魂は薄くなり、世界の統制も楽になる。そうして、クロムが率いる魔術教会、エヴァンジェルムが裏で暗躍し争いは全世界に広がった」


聞いた事もない情報が溢れるが、今の俺の頭の中は一つの事で一杯だった。


「世界樹の、餌に。それじゃあ、アイは……」


考えたくないのに、黒い靄が思考を染めていく。

魂の存在なんて考えた事もなかった、死後の世界なんてものを信じている訳でもない。

それでも、アイの魂が餌になって消費されてしまったというのなら、俺は。


「──彼女の魂は例外だ。私が黒の切符に結び付けた」


その言葉が耳に入り、彼女の方を向く。


「私は、魂の循環を、その存在意義を歪める様な輩は許さない。だから、せめて黒の切符を渡した者には何かをしたいと思ってな」


「結び付けたとは、どういう意味だ」


「世界樹の根に吸い取られない様にした、それだけの事だ。言い忘れていたが、私は稀代の魔法使いだ。難しい事ではない」


アイの魂が、ここにあるのか。

だが、それほどの力があるのなら。


「何故、何もしない。あんたなら、そのクロムとやらを簡単に殺せるだろう。世界を救えるだろう。それなのに、何故」


「私は、クロムの信念を、悪だと思い切る事が出来なかったのだ。彼は彼なりに幸福な世界を創ろうとしている。多くの犠牲を生み禁忌に手を染めながらも、途方もない時間をかけて事を成そうとしている。それでは、クロムには勝てぬ。魔術師から魔法使いへ足を踏み入れた彼に勝てる自信がない、勝たなければならぬという支えがない。……だから、私は白の列車を走らせ、彼の信念を打ち砕くほどの意志を育める者を募った。善悪など関係なく、ただ前に進める者を」


「でも、最後まで走り切った例はなかった」


「そうだ。生まれながらにして勇者だった者も、自らの身体一つで多くの人々を英雄も、誰一人。世界樹はクロムが目標とする大きさまで育つ寸前だというのに。私は、この期に及んでどうすべきか迷っているのだ」


ミス・アナですら思い悩んでいるのか。

だが、やるべき事は決まっているじゃないか。


「完成された世界、そんなものは糞食らえ、だ」


珍しく、ミス・アナは驚きの表情を見せる。

奴隷だった俺にはそれが間違いだと理解できる。


「絶対的な生きる意味に沿って生きる、そんな馬鹿な話があるか。間違えるから人間だ、生きる意味がわからないから生きる意味があるんだ。完成された世界で決められたレールの上を走るなんて、そんなもんは機械にでも任せておけばいい」


「皆が例外なく幸福になれるのかもしれないのだぞ」


「救いとか幸せとか、そんなものを求めるから馬鹿げた行動をしてしまう。誰かが救われると他の誰かが踏み躙られる事実を、この争いに満ちた世界が教えてくれたじゃないか。それが人間なんだ、全ての人が救われるのなら、それはもう人じゃない。人が一人で生きていけるなら有り得た事かもしれないが、そうはならなかったんだ」


「それなら、どうする。悲しみも苦しみも嘆きも満ちて溢れ返った世界で、どう生きる」


「わからないまま、間違い続けても、ただ前に進む。未来への可能性を潰えさせない為に戦う。それが、今の俺に出来る事だ。具体性がなくとも、目の前に映る現実を見定め、その都度、そのために行動する。それだけだ」


この想いを持つ事すら、彼女によって仕組まれた事かもしれないが、それでも。


「そうか。……それは紛れもない、キミ自身が自らの力で得た力だ」


俺の心を見透かした彼女が俺を見据える。


「今までの事は許してくれ。あれこれ策略して行動するのはあれで最後だ、これからは正面から戦おう。お前がそこまで覚悟を決めているのなら、最後まで突き進もうではないか」


「ああ。ところで、なんであんたはクロムとやらについて、そんなに詳しいんだ」


誤魔化そうとしているのか、ミス・アナは今までに見せた事のない微笑みを見せる。


「……そろそろ、身体を休めなくては今後に響く。これから先、期待しているぞ」


それだけを言い残し、彼女は闇に消えた。

そして、俺は少しだけ夜風にあたり、ベッドへと戻る。


ベッドサイドのテーブルには黒の切符、それを手に取りベッドの上で仰向けになる。


アイの魂を結び付けた。


俺は黒の切符を胸に抱き、眠りについた。

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