第41話 晩餐
街中を進む俺たちは人々からの熱烈な歓迎に呑まれる。
その歓待ぶりは凱旋パレードの様相で先程と同じ様に歓声を上げる人々と祈りを捧げる人々が道の脇に並んでいる。
そして、その波に流されて誰と話すこともなく歩みを進めると開けた場所に到達する。
今までの乱雑に建てられ密集した家々とは違い、圧倒的な大きさの豪邸。
庭には緑が生え、これ見よがしに噴水まで設置してある。
「ここがパヴァティ家が住む家になります。さぁ、お入りください」
鉄格子の門が開き案内されるまま敷地に足を踏み入れる。
とにかく今は休みたい。
今までの疲労と先程の騒ぎ、すぐにでもベッドに倒れ込みたい。
そんな思いとは裏腹に、豪邸の入口、重厚な両開きの扉が開き眩い明かりが全身を突き刺す。
エントランスに足を踏み入れた瞬間、その光景のおかげで眩暈がしそうな錯覚に陥ってしまう。
広い空間、正面には階段、その他には様々な場所に通じているであろう通路や扉がある。
装飾も凝っている様で紋様が刻まれたシックな白色の壁や柱に歴史を語る絵画が飾ってあり、大理石の床は鏡のように磨き上げられ皆の踵の音が優雅に響いている。
そして、天井にはシャンデリアがきらめき柔らかな光彩を空気中に漂わせている。
それに、視覚だけではなく呼吸をすれば自然と生花の鮮やかな香りが鼻をかすめる。
どこもかしこも目を凝らせば、これでもかと言わんばかりの装飾や彫刻に胃もたれがしそうだ。
「それでは食堂に案内いたしますわ」
*
食堂も相変わらず豪華絢爛で、中央には巨大な長テーブルが鎮座しており、その上には豪勢な料理が所狭しと並んでいる。
「さぁ、席にお座りください」
室内に待機していた侍女らがこちらへ近づき、皆に声をかけ、それぞれ席に案内する。
「ユウキ様ですね?こちらへどうぞ」
そのうち一人の侍女に声をかけられ、何故か俺は上座の方へ案内される。
それに、彼女が俺の名前を知っている事も気にかかる。
心にざわめきが現れつつも、上座に座るラヴィニアの左側の席に着くと、俺の左隣にカタリナ、目の前にミス・アナが座る。
居心地が悪く、思わずラヴィニアに声をかける。
「席を変えても問題ないか」
「そんな、白の列車を運転する勇者様とお話し出来ると楽しみにしていましたのに。どうか、そのままお座りください」
そのあまりの剣幕に浮かせた腰を思わず落としてしまう。
「わかっていただけましたか。ぜひ、気楽に過ごしてくださいね」
その後、目の前に置かれた空のグラスにワインが注がれる。
そして、全員のグラスが満たされると。
「僭越ながら、音頭をとらせていただきます」
ラヴィニアが恭しくグラスを手にし立ち上がる。
「白の列車に乗る御一行がこの国に辿り着き、こうして共に食卓を囲める奇跡に感謝します。この先、皆様がこの世界に光を灯せるよう、私たちは全力で支援いたしますわ。それでは、この素敵な出会いに乾杯!」
嬉しそうに声を上げグラスを掲げる乗務員組。
「さぁ、食事が冷める前に、どうぞお召し上がりください」
その声掛けが終わる前にラティとベルが勢いよく料理に食らいつく。
そして、エイブは豪快かつ繊細に肉料理を頬張り、トーコは勢いよく酒をあおる。
毒は入っていないようだ。
「ユウキさん、食べましょう」
「ああ」
目の前で静かにワインに口をつけるミス・アナのおかげで緊張しながらも肉料理に手をつける。
美味い。
なんて虚しい。
最低限の食事しか出来ない人々がいる一方で、食べ切れないほどの美味い飯を貪る人間もいる。
不平等、不公平は当たり前だが、こうも露骨で顕著な落差を突きつけられると何も考えずにはいられない。
「それにしても、よく燐国から脱出できましたね。白の列車が日ノ国から出発したと聞いた時は心配で仕方ありませんでした」
「普通なら無理だっただろうな」
味覚が鈍り始めた時、ラヴィニアが口を開き、ミス・アナが答える。
「そうですよね。一体、どんな奇跡を使ったんですか?」
「奇跡なんざ、起こすまでもないさ。ただ、賭けをしたんだ。燐国の幇会とな」
幇会、賭け。
それは雑談として聞き流せるような内容ではなかった。
「まぁ。賭けとは、どんな内容の?」
「大した事ではない。燐国を渡る間は幇会以外が私たちに手出し出来ない様にする事、私は直接手出しをしない事、その二つを条件とし、希望号が燐国を抜けることが出来なかった場合には希望号そのものと私を含めた乗員の全てを幇会に譲渡すると。その賭けが受け入れられなかった場合、希望号の旅が燐国の領土で終われば列車ごと全てを無に還すつもりだと。幇会であろうとなかろうと奇跡が詰まった白の列車と私を欲するのは当然。奴らは二つ返事でそれを受け入れた」
口を挟まずにはいられない。
「……言っている意味がよくわからない」
「希望号が燐国、またはその同盟国のノルドニア付近を何の障害もなく走れたのは何故だと思う」
「それは……。いや、障害がなかった訳ではないだろ」
「あんなのは、可愛いものだ。まぁ、燐国でお前が殺されてしまえば賭けに負けていた訳だが。なぁ」
そう言い少し離れた席のリュウの方を向くミス・アナ。
まさか。
彼は悪気ない様子で答える。
「俺に切符を渡したのはあなたでしょう。責められる筋合いはありませんよ」
それだけ言い残し食事に勤しむリュウ。
「あいつは、幇会の人間なのか」
「そうだ。だが、ただの下っ端だ。幇会の連中とコンタクトを取りつつも最小限のリスクで済ませる、まさに適した人材だろう」
ああ、呑気に食事なんてしている暇はなかった。
「ふん、憤るのは結構だが、他に選択肢はなかったと知れ」
「それなら、軍に襲われたのは何故だ。あんな男、信用に足るはずがない」
「燐国の情勢もそう単純ではないという事だ。奴らは幇会より先んじて希望号を手に入れたかったのだろう。賭けをしていなければ、あそこから一歩も動けなかった可能性も十分あった。彼は与えられた役目を果たしただけだ」
食器を握る手に力が入る。
「ユウキさん、大丈夫ですか?」
カタリナに声を掛けられる。
苛立ちの矛先も見えないまま、訳もわからぬまま感情をぶちまけても仕方がない。
最も恨むべきは自分の無知、無力、それでも。
俺の情緒が不安定になっている間に、ラヴィニアが再び口を開く。
「それでも、燐国で最も強大な勢力の幇会が相手です。彼らが飼っている魔禍軀も登場したのでしょう?」
「そうだ。あれが投入された時点で私たちに勝ちの目はなかった。だが、ユウキ、お前が現れた」
何故か微笑みを見せるミス・アナ。
「奴の赤い髪、あれは魔禍軀の中でも最強の部類、赤焰覇に間違いない。それをお前は抑えたのだ、誇っていい」
「まぁ、ユウキ様はそんなに凄い御方だったのですね!」
わざとらしい驚き方をするラヴィニア。
そんな言葉で俺の気が晴れるはずもない。
「そして、私たちは賭けに勝った。だが、それで諦める幇会ではない。今後、奴らは手段を選ばす私たちを襲ってくるだろう」
「まぁ、それは大変ですね。微力ながら、私たちも全力で支援させていただきますわ」
その後、俺は食事に集中出来る精神状態ではなく、味が無くなった塊を咀嚼するだけの時間となった。
どこまでが魔女の手のひらの上だ。
俺は本当に、目の前の命を守る為に、という裸の意志を抱えて進んでいけるのだろうか。




