第39話 お茶会
「ユウキさん、起きてください」
体を揺さぶられ渋々目を薄く開けるとカタリナが俺を起こしていた。
「もう少し眠っていただきたかったのですが、食事を持ってこられたみたいで」
そういえば、トーコが食事を持って来させるように言っていたような。
ああ、ちょうど飢えていたところだと、俺は体を起こす。
窓の外から差し込むオレンジの光。
車窓に目を向けると夕暮れ、地に生える草木、石造りの白い建物がちらほら見えている。
『もう、よろしいですか?』
部屋の外から声が聞こえる。
「ああ、問題ない」
そして、部屋の扉が開く。
なんと、そこにいたのはアリスだった。
その後ろで料理を乗せたサービスワゴンを運んできた様子のベルが神妙な顔で立っている。
「あら、ご挨拶も無しなのかしら?それとも、久々の再会で言葉が出ないほど嬉しいのかしら?」
いきなりアリスが現れるとは想像しておらず面食らってしまう。
そういえば、アリスと最後に話した時、彼女はパーティーを開くと言っていたか。
何にせよ、面倒な事が起きるのは間違いない。
「まぁいいわ。時間もないし招かざる客もいるけど、今からお茶会を開きましょう」
そして、遠慮なく入室し部屋の中央に立つアリスが右足の踵で床を叩くと、何処からともなく白い丸テーブルが現れる。
非日常的な事を何度か経験したものの、彼女の力はそれ以上に常軌を逸しているように思える。
「さぁ、ここに食べ物を置いてちょうだい。紅茶も忘れずにね」
渋々といった様子で入室し淡々と料理をテーブルに乗せるベル。
立ち所に並ぶサンドイッチやティーセット、テーブルとアリスが醸し出す雰囲気も加わり、あっという間にファンシーな空間が形成される。
「さぁ、早速お茶会を楽しみましょう、と、言いたいところだけど、まずは疲れ切ったお兄ちゃんに、存分に楽しんでもらいましょう」
隣に立つアリスが俺の目の前に置かれたカップに紅茶を注ぎ始める。
そして、カップに紅茶が満たされた瞬間、空腹より何より喉の渇きを訴える体が恥ずかしげもなく否応無しに動く。
それを口に含むと予想よりも温く丁度いい温度の芳醇な紅茶がスルスルと食道を流れ胃に落ち全身に沁み、あっという間に飲み干してしまう。
その間にベルは厄介ごとを避けるようにそそくさと去り、アリスは断りもなく俺の横、ベッドに腰掛ける。
「それにしても、お兄ちゃん。改心したみたいね」
改心。
唐突にアリスから投げかけられた言葉、その意図を俺は考える。
おそらくは、人類を滅ぼす事を善しとしたアリスに少なからず賛同していた俺が人助けに目覚めた事を非難しているのだろう。
もしそうであれば、彼女は俺に何か危害を加えるかもしれない。
ここは誤魔化すべきか。
「あら、何を勘違いしているのかしら?別に責めるつもりはないのよ。むしろ、心配しているの」
「心配?」
「人の命を助ける、そう決意したのよね?その生まれたての幼い意志を持っていれば、この世界は余計に残酷に見える。諦めによって見逃してきた些事が途端に許せなくなる」
人類を滅ぼすなどと宣った少女に似つかわしくない思いやりに言葉を返す。
「意外だな。頭ごなしに否定されると思ったが」
「アリスの目的は終点まで辿り着く事だもの。それが叶うなら、例え具体性に欠けてフワフワした下らない考えでも構わないわ」
前言撤回しよう。
やはり、この少女は俺の神経を逆撫でする生き物で間違いない。
「いいじゃありませんか。ユウキさんがその想いを貫くつもりなら、私が傍でお支えしますから」
「あら、さっきまで引きこもっていた人のものとは思えないセリフね。一人じゃ何も出来ないくせに口だけは達者なんて、なんて恥ずかしい聖女様なのかしら」
そして、優雅に自ら紅茶を注ぎ入れ飲み始めるアリス。
いつもの軽口かと思ったが、カタリナはバツの悪そうな顔をしている。
「引きこもっていた?」
「聞いてよ、お兄ちゃん。彼女ったら、普段は偉そうな事を言いながら希望号が襲われていた時は何もしなかったのよ」
それは考え難い話だが、先程のカタリナの様子から察するに燐国で俺と言い争いした事が原因で落ち込んでいたのではないだろうか。
それなら責任は俺にもあるだろう。
「あの状況で出来る事なんて無いだろう。それにもう、過ぎた事だ」
「……あ〜あ。その女の肩を持つんだ。呆れた。あの時みたいに口車に乗せられて操り人形みたいになっても知らないからね」
「もういい。それはもういいんだ。皆の命を助けられるのなら俺は何者であろうと構わない」
俺の発言にしかめっ面になるアリスと微笑むカタリナ。
「ようやく力を扱えるようになったからって調子に乗っているのかしら?誰かを守るためには誰かを殺さないといけないこの世界で、そんな戯言が通用すると思う?大きな力に翻弄され疲弊した無力な弱者の前で、何の苦労もせず力を与えられたお兄ちゃんが同じ事を言ったらどうなるかしら?」
その言葉でカリナを守れなかった時のことを思い出す。
反論すべきだが、今の俺に返せる言葉はない。
「お兄ちゃん、この世界でまともに生きようとしても損をするだけよ。諦める、それが正しい生き方。今の生活を受け入れ、外でなく内側に目を向け何も知らないまま生きる、皆そうしてる。それこそが自分に与えられた幸福だと思って生きている。そうして人類は長い歴史を築いてきた」
アリスは一口、紅茶を啜り再び話し出す。
「ただ川の流れのように生きていくだけ。時折現れる英雄や革命家も、ただそういう環境に生まれたからそうなっただけ。人は自然の一部、恣意的なものなど存在せず、神の奇跡もなく生きているだけ。それなのに、どうしてそんな意味がない事をするのかしら?」
「意味はあります」
アリスが二の句を継ぐ前に、そうきっぱりと言い放つカタリナ。
「人は自然の一部、そう言い切るには、人が築いた今の世界はあまりにも歪すぎる。その歪みを、欺瞞を振り払わなければ諦めに満ちた薄汚れた思想で溢れてしまう。私たちは違う明日を求めているのです。だからこそ、希望を求め進む道を選択して生きる人々を守るために抗わなければならないのです」
違う明日。
「そう、そうだな。そのために、幼稚だろうが何だろうが、目の前にある可能性を一つも見逃してはいけないんだ」
アリスは紅茶を飲み干し大きく息を吐く。
「どんな理想を語ろうと力が無ければ意味がない。それだけ立派な思想を持ったあなた達が、これからどんな無様な醜態を晒してくれるのかしら」
つまらなさそうに立ち上がったアリスは扉の前に立ち、スカートをつまみ上げお辞儀をする。
「退屈な時間をありがとう。あなた達の顔が絶望で歪む日を楽しみにしているわ」
そして、憎まれ口を叩き退室するアリス。
「ようやく静かになりましたね」
素っ気なく呟かれたカタリナの言葉に思わず吹き出してしまう。
そして、少しの沈黙の後。
「ユウキさん、もしよろしければ話してくれませんか?希望号と逸れた後、何があったのかを」
「……そうだな」
あの出来事を、あそこで出会った人々の事を一人の記憶に留めておくのは勿体無い。
それに、あの人達の生きた証を誰かに伝える事は、せめてもの贖罪になるはずだ。
俺は食事を摂りつつ、カタリナに今までの事を詳細に話し始める。
希望号が走る音が響く中、穏やかな時間が流れていった。




