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第37話 サードブリッジ

そこは、赤黒い空間だった。

あらゆる場所から木の根のようなものが生え、それ以外は何も見当たらない。

そして、何故か希望号はどこまでも伸びる石造りの巨大な橋の上を走っていた。


「ここは、星に根を張る世界樹、ユグドラシルが生み出した幻想の世界、ヘルヘイム。お前たちが地獄と呼ぶ場所だ」


以前、橋を渡る時に地上に現れた、あれのことか。


「ここには一般に魔力と呼ばれるアニムスが満ちている。気づいているか?身体が楽になっただろう」


その言葉を受け、俺の体の震えは止まり希望号に体力と気力を吸われる感覚がなくなった事に気付く。


「ここなら誰の命も必要とせず、空間に満ちるアニムスを燃料とし希望号は走ることができる」


「……それなら、なんで、初めからそうしなかった」


そうすれば、多くの人が犠牲になることもなかった。


「言っただろう。この場所に来れば、後は全員死ぬか全員生き延びるかの二択しかないと。できれば、この手段を選択したくはなかった。地獄に飛び込むなどという馬鹿な事をな」


確かに、地上にいた時ですらあの有り様だった。

その中に飛び込んだのだとすれば、ここは目も当てられない世界のはず。

だが、今のところは特に異常もない。


「気を抜くな。そろそろ、奴らが希望号の存在に気付くだろう。そこからが本番だ」


耳をすませば遠くから地鳴りのような悲鳴や叫びが聞こえ始める。

やはり、そう簡単に事は進まないか。


「確かに、厄介な事が起きそうだ。だが、いざという時は皆に力を貸してもらえばいい」


俺より力を持った乗務員もいるんだ、俺はただ前へ進むことだけを考えればいい。


「他者の力を借りようなど望むな。今は私が全ての車両に結界を張っている。その中にいなければ皆の魂は一瞬でこの空間に吸い取られてしまう。ここでは希望号を走らせる事以外、何も出来る事はないのだ」


それでも、この魔女が力を貸してくれるのなら全て解決しそうだが。


「なぁ、あんたが力を貸してくれるなら、こんな状況も楽に乗り越えられるんだろう。それなのに、こんな回りくどい事をするなんて何を企んでいる」


「……そうだな。もし、この橋を乗り越えられたなら、それを知る資格もあるだろう。これが終われば、話してあげよう。私の目的も、この世界の事も」


「本当か」


「ああ。約束だ」


操縦桿を握る手に力が入る。

ようやく、この世界の事を知り先に進める。

何も分からまま抱いた、この想いを行動に移す事が出来る。

そうすれば、俺の中の想い出と向き合うことが出来る。


「だから、こんな所で終わらせるなよ。──越えて行け。己が信念の旗の下に、光を目指して」


そして、ミス・アナは黒い霧となって、その場から消え去った。


次の瞬間、馬の(いなな)きが響く。


再び、意識を希望号に沈めると、いつの間にか後方の橋の上に血に濡れた騎馬隊が現れ追走していた。

いや、それだけではない。

その奥に蠢くもの、絶望を体現した化け物たち。

蛞蝓のような巨軀に人間の顔を持つ生き物や、無数の触手の塊、その他の異形ども。

それらに踏み潰されながらも、ワラワラと現れる橋の上を這う人の形をした亡者たち。


悪い冗談だ。

あんな、理外の生き物が存在し、それが俺らを喰らい尽くそうと追いかけている。


いや、気にするな。

怯える希望号と俺自身に叱咤する。

そんなもの、気にしなければいい、逃げ切ればいい。

ここは魔力が溢れる場所、全速力で走れば問題ない。

現に、希望号に追いつく化け物はおらず、燃料の心配もいらない状況、この橋がどれだけ長くとも渡り切れるはず。


だが、その希望的観測も束の間、前方にも異形が現れ始める。


それでも問題ないと、俺は覚悟を決め突き進む。


異形にぶつかると軽い衝撃と体液が飛び散りまとわりつく感覚が身体に響く。

それでも、走り続ける。

次から次へと上がる悲鳴、憎悪の叫びを越え希望号の翳る意志に熱を与えながら進み続ける。


そして、遂に、目の前に巨大な異形の、肉の塊が現れる。

突き抜けられるか分からないが、前進する他、道はない。


戦闘車両をまとう肉が後方へと伸びていく。

暗くなっていく視界。

無数の悲痛な想いが身体に流れる。


殺された恨み、無情、生き残った人への妬み、羨望。

そして、後悔。

地獄に溢れるその想いが圧倒的な質量で身体を巡る。

呑まれてしまいそうだ、染まってしまいそうだ。


それでも。


こんなもので消えるはずがない。

アイへの想いが、この程度で霞むはずもない!


「希望号、目を閉じるな!後ろには皆が乗っているんだ、このくらいで諦めるな!」


その叫びも虚しく車輪は空転する。

こんな所で、終わってたまるか!


『──Dal sel han vo jor.《とある世界の話を始めよう》Eal lyr ken ne nen sel.《そこは詩が力となる世界》』


その時、どこからか澄み切った女性の歌声が響く。


『Nes tanar adan dara, lar kora de na.《その争いが絶えぬ大地の、大きな国でのこと》』


弦楽器の音のようにのびやかに響く歌声が全ての雑音を消していく。


『Rhia Harvestia to knar Fortitu na,doru terran,zura layn voan,myra mirah na hanar.《姫ハーヴェスティアと騎士フォルティトゥの、暗く暖かい、まさに愛がもたらした素晴らしき奇跡の物語》』


その歌を聴き、俺の魂は奮え全身に力が漲る。

そして、希望号は郷愁が含まれた涙を流し歓喜している。


『Ryl fol dara lar lyran rhia, Harvestia.《翼を畳み地を這い謳う姫、ハーヴェスティア》 Valar ziar luma no, senai fyra vora.《天蓋を穿つ月光に、届かぬ恋をした》』


いや、希望号だけではない。

あの、フォルティミアですら感情を高揚させている。

これは誰の歌声だ。


『Deir savir, nuin layn veyan da, tarn nel sor nol, veran rhia na narun kael.《神の御許、二人は愛を誓えど、運命に導かれし君の明日は糾う姫の憂き定め》』


いつの間にか澱んだ感情は全て消え去り、希望号を呑み込もうとした異形の動きも止まっている。

その奇跡ともいえる歌声は遂に、この世界に光をもたらす。


──希望号が光り始める。

そして、その光が異形たちを消滅させ、遮るものがなくなった橋に光輝く魔装鉄路を敷いていく。


『Nuin silan sel na esva, lilien senal yarel. Yura lyr voran ser valien la.《二人を分つ世界の理、重なることのない想い。それでも詩を運ぶ風が吹くのなら》」


希望号は再び走り出す。

絶望を振り払い希望を謳いながら、渦巻く憎悪に安らぎを与え光の速さで走っていく。


『Nyr valar layn renar da, lyran, mirah yura na lyr!《闇夜を照らして愛する者を助けるために、謳おう、輝く希望の詩を!》』


流れ続ける歌声に背中を押されながら何処まで続くか分からない橋を進むと、前方に一際輝く光源がポツンと現れる。

あれが出口だ、と希望号が教えてくれる。


この速さなら、すぐに辿り着くだろう。


『ユウキ、よくやった』


伝声管からトーカのねぎらいの言葉が聞こえ、俺は気になっていたことを真っ先に質問する。


「皆、無事か?」


『ああ。誰一人、死んでない。お前のおかげだ』


その言葉を聞き、俺は運転席に深く体を預ける。

俺が今まで犯してきた罪は、この程度で償えるものではない。

だが、今はただ、この心地いい感情に浸っていたい。


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