第35話 発進
「エイブさん!ユウキさんを先頭車両に連れて行ってください!」
希望号へ近づくと、何故か希望号の屋根の上に大きいトランクケースを持ったラティと、確か、ベルという名のメイド姿の女がアナヒレイターより二回りほども大きい白銀のライフルを抱え立っていた。
「目の前の敵はどうする!」
「ベルが何とかします!周りの奴らは私が撹乱するんで安心してください!」
エイブの大声に答えるラティ。
希望号の周囲には、こちらは距離を詰めるゴーレムが数機いる。
ミハイルの仲間らの健闘に期待していたが、やはり、少人数では全機の動きを止めるのは難しかったようだ。
そのような中で、何やらぶつぶつと呟いているベルが蹲踞の姿勢で銃を構える。
「天上に輝く神々よ、御名を称え祈りを捧げます。我が声を聞き届け、無数の時を越え幾千の闇を裂きし御業を今ここに集わせ、煌めく御心に従い、この道を照らす光を齎したまえ」
あの時と同じように、彼女の周りに光の粒子が舞い始める。
「無垢なる人の願いを砕け散ることなき力としてこの手に与えたまえ。我が祈りと共に、この一撃を聖なる矢となし全ての障害を粉砕する力を」
銃身の周りに稲光が走り始める。
彼女は一体、何者なのだろうか。
「主の名において敵を打ち貫き、存在そのものを消し去らん。聖なる光よ、天の裁きを下し、闇に紛う絶望を消し飛ばせ!」
次の瞬間、腹に響く発砲音と耳をつんざく金属の摩擦音が空気を揺らす。
光となった弾丸は流星のように空気を裂き一直線にゴーレムへと向かう。
そして、ゴーレムの腹に着弾した光は爆発音を上げ、その巨体に穴を開けた。
バランスを崩し倒れていく一機のゴーレム。
ベルは次弾の準備をしている。
「ここは、彼女らに任せてよさそうだな」
エイブの言う通り、俺は希望号の運転席で機を待てばよさそうだ。
俺たちはそのまま先頭車両へと向かった。
*
希望号へ乗車した途端、鎧は解け全身に重い疲労感がのしかかる。
また、魔禍軀に殴られた腹もズキズキと痛み、エイブに支えられ運転席に座らされた後も気を抜けば意識が落ちてしまいそうになっていた。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「……そうか。私に出来ることがあればよかったのだがな」
「気にしないでくれ。あとは俺に任せろ」
「承知した。この命、お前に預ける」
それだけを言い残し去っていくエイブ。
そして、続け様に伝声管からトーコの声が響く。
『よく帰ってきた。さあ、あとは逃げるだけ、と言いたいところだが、希望号の燃料が少ない。魔装鉄路を展開しなきゃならんが、そう長くは持たないだろう。そこで、だ。乗客の中から誰か生贄になってもらわなければ──』
「ふざけるなよ。誰の命もいらない、俺の命で走らせる。馬鹿なことは考えるな」
『……お前、誰だ?ユウキの身体に誰か乗り移っているのか?いや、そう意気込むのはいいが、この旅において、お前の役割は重要なものなんだ、それだけは避けたい』
「黙ってくれ。優先順位なんて、誰かの犠牲になっていい命なんて、ある訳ないだろ。……聞いてくれ。ここが俺の正念場なんだ。ここで命を賭けられずに同じことを繰り返してしまうなら、俺はもう、自分を許せなくなる。だから、走らせてくれ。皆のために、俺の命を使わせてくれ」
沈黙、そして。
『……わかった。そこまで覚悟ができているのなら、もう何も言わない。だが、自暴自棄にはなるなよ。お前と乗客の皆の命を救う最善を選べ』
わかっている。
俺にはまだ、償わないといけない罪が残っている。
死ぬつもりはない。
そして、覚悟を決め希望号の操縦桿を握ると、以前に比べ滞りなく希望号と意識が重なる。
希望号、今まで迷惑をかけた。
謝って許されることではないとわかっている、ただ、今だけは皆の命を守るために走ってくれ。
俺の声に応え希望号は魔装鉄路を展開する。
その瞬間、握る操縦桿から体力を吸われるような感覚に陥る。
さて、ボロボロになったこの身体で、どのくらい持つか。
その不安を掻き消すように俺は叫ぶ。
「希望号、走れ!命のため、希望のため、力を貸してくれ!」
希望号が歓喜の汽笛を上げ走り出し、今までにない力強さで皆を運んでいく。
目の前にあるのはベルの射撃で山積みになったゴーレムの残骸のみ、この程度なら突っ切っていける。
『ユウキ!障害物があるが、問題ないか!』
「ああ、問題ない!この程度、希望号は吹き飛ばす!」
加速する希望号は前方に光の盾を展開し残骸の山の前まで距離を詰める。
そして、激しい衝突音と衝撃に襲われるも、希望号は傷一つなく包囲網を突き抜けた。
『よっしゃあ!ユウキ、よくやった!このまま、燐国が手出しできないバラディアの国境まで向かうぞ!』
バラディア。
確か、燐国の西にある国の名。
そこまで行けば助かるのなら何も問題ない、そう思いたいが、俺の心臓の鼓動は早くなり、確実に限界が近づいていた。




