第31話 決意
再び装甲車に乗せられた俺は、追走するトラックと共に荒野を走っていた。
そして、今度は進路にカーキ色の大きめなテントが見えてくる。
これから何が起きるのだろうか。
*
「白の列車の状況は?」
「時間の問題ですね。ゴーレムらはジリジリと詰め寄っています。魔女が何もしなければ、そのまま突撃されるでしょう」
「白の列車は、何故動かないかわかったか?」
「わかりません。誰かが外に出て列車を修理するようなこともありませんし、沈黙を保ったままです」
テントの中には男らの仲間と思われる人物がおり、彼らは上空から撮った希望号の様子を映した液晶端末を眺めている。
切符を持たない客が乗る後方車両の殆どを失った希望号の周りには真紅色の滑らかな外装をしたゴーレムらが立ち塞がっている。
映像でははっきりとわからないが、それらの大きさは十数メートルはありそうだ。
その映像を盗み見していると、ミハイルという男がこちらを向き、真っ直ぐな視線を俺に送る。
「私たちは今から、あのゴーレムの群れを突破し白の列車を助けにいく。だが、正直に言って成功率は低い。お前の協力が必要だ」
「俺はもう、何もしない」
俺が何かをすることで多くの命が失われる、その恐怖で動けない。
しかし、その言葉に苛立ちを見せる彼。
「今、助けられる命がある。それなのに、何故お前は何もせずにいられる。魂に意思を乗っ取られるのが怖いのか?だったら、その魂を屈服させ従える気概を持てばいい」
何故、俺なんだ。
俺は奴隷だった。
そんな俺がヒーローになれるわけがない。
俺にはもう、何もない。
「クソッ、時間の無駄だな。皆、戦闘準備だ」
一瞬で慌ただしくなるテント内から外へ脱出し、ただ立ち尽くす。
空は晴れ渡り涼しげな風が吹いている。
今、全てを失った心に残るのはあの時の記憶。
俺はフォルティミアに問いかける。
フォルティミア、お前は、今までに愛した人はいるか。
その人が、自分のために命を賭けてくれたことがあるか。
言葉は返ってこない。
しかし、その時、フォルティミアの感情の揺れを感じ、フラッシュバックが起きる。
脳裏に、記憶にないドレスを着た女性の後ろ姿が浮かんだ。
そうか、お前も、そんな人がいたのか。
俺にも、いたんだ。
初めて一緒に暮らしてくれた。
初めて飯を作ってくれた。
初めて笑いかけてくれた。
初めて肌を重ねた。
そう、俺は、アイのことが好きだった。
そんな彼女が、命を賭けて俺をあの場所から連れ出してくれた。
でも、俺が全てを諦め死を受け入れてしまえば、アイの想いが無駄になる。
この世界からアイを想う人が誰もいなくなってしまう。
もう俺には何もない、そう思っているのに、それだけは、寂しいと思うんだ。
『それなら、ただ俺に身を任せ思い出に浸っていればいい。目の前の命を救うなんて余計なことを考えずにな』
駄目だ。
それじゃあ駄目なんだ。
何もしないで命が失われていく様を見ているだけなら、アイの笑顔が霞む。
唯一、残されたこの記憶と向き合うことができなくなる。
だから、俺は。
──涙が流れる。
命を助ける。
そして、アイと一緒に笑い合いたい。
全てを失った。
全てを諦めた。
それでもまだ、できることが沢山ある。
俺のために死んだ人のため、俺が殺してしまった多くの人のため、そして、今を生きている人のために、できることがいくらでもある。
力を貸してくれ、フォルティミア。
殺すためでなく、皆を守るために。
『俺のことを憎いとは思わないのか』
憎いさ。
でも、最も恨むべきは俺の力の無さだ。
俺が無力だったから、皆を苦しみから救うために殺す以外の手段がなかった。
今もこうやって誰かを助けようとしても、お前に頼るしかない。
『……俺には、人間に命を賭けてまで救う価値があるとは思わない。お前だって、そう思っていた。だが、それでも助けようとするのか』
そうだ。
俺は助ける。
『醜い、あの生き物をか。悲しみを繰り返すのか』
そうだ。
人に絶対的な善悪も生まれた意味も与えられなかったのは、きっと選択を繰り返し際限なく成長するためなんだ。
だから、何度悲しみを繰り返そうと目の前の命を指針に進むべきなんだ。
ああ、そうか、カタリナも、あの神父も、そのために行動していたんだ。
果てしない未来へ、その可能性を繋げるために。
それなのに、俺は取り返しのつかない罪を犯してしまった。
だから、こんな所で腐っている場合じゃない。
『それなら、示せ。今回だけは、お前の意思に従ってやる。だから、この絶望に満ちた世界で信じるに足る希望があることを証明してみせろ』
やってみせる、やってみせるさ。
俺の心に火が入った。




