第30話 レジスタンス
俺は今、灰となった街に突如として現れた装甲車に乗せられ、荒野を走っていた。
運転席に一人、俺が座る後部座席の両隣に二人、ボロボロの軍服を着た男らが俺を攫ったのだ。
だが、そんなことはもう、どうでもよかった。
「まさか、こいつがこんなところにいたなんてな。くそ、こんなクズに、イワンは殺されたのか」
運転席の男がそう呟く。
イワン、あの神父のことか。
「こいつが黒の切符を持っていなければ、今すぐに処刑してやるのに」
なんだ、その気があるのなら、そうしてくれるといいのに。
そして、長い間、ひしひしと伝わる殺気に身を任せながら車に揺られると、ようやく車窓から見える景色に変化が現れる。
進行方向にコンクリート造りの平たく四角い建物が一軒だけ現れる。
屋根の上には巨大なパラボラアンテナがあり、建物の横に装甲車が数台並んでいる。
そして、地面から一本の支柱が生えており、そこには白背景に赤十字が記された旗が掲げられていた。
それは、燐国で希望号が発車する際に唐突に現れた集団が掲げていたものと同じであった。
*
降車した後に連れられたのは、先ほどの建物の中のとある一室。
窮屈さを感じる部屋の中央にはテーブルが鎮座しており、壁には世界地図や大量の書類などが貼り付けられている。
「ミハイルさん、連れてきました」
電灯は点いているものの薄暗い空間の中で、テーブルの向かい側に座っている男が反応する。
「ほう、鎧の中身はどれだけ狂った人物なのかと思っていたが、ただの腑抜けじゃないか」
他の連中と同じようにボロの軍服を着用した、ミハイルと呼ばれた顔立ちのいい白人が俺を値踏みするように眺める。
その声は確かに聞き覚えがあった。
あの、紫の鎧を纏っていた男だ。
「とりあえず、席に着いてくれ。話をしようじゃないか」
彼の対面の席へ、そばにいた男に無理やり着席させられる。
「イワンから連絡があった。黒の切符を持つものが現れたと。その後、黒の鎧が街を襲っていると。そこで連絡は途絶えたが、元凶はお前で間違いないな?」
「……さぁ」
「あれだけのことをしておいて、惚ける気か?」
「俺は、そんなつもりはなかった。この鎧が勝手にやったことだ」
周りの男は怒りを孕み、対面の彼は少しの間、思案に暮れる。
「お前、その力はどうやって得た」
「ミス・アナという魔女に無理やり押し付けられた。この手袋がそうだ。外そうとしても外れない、呪いのようなもんだ」
その名を口に出すと一瞬で空気が冷える。
「なるほど。あの魔女が関わっているのなら、その話にも納得がいく。おそらく、それには誰かの魂が込められているな」
何を納得したのか理解できないが、半ば自暴自棄にそれに同調する。
「ああ、そうだ。全部、そいつに乗っ取られてやったことだ」
そう発言すると、目の前の男は拳で強く机を叩く。
「生者が死者の魂に操られ、多くの命を奪った、そんな唾棄すべき弱者の行動で、我らが同胞のイワンは死んだのか!」
怒声が響き部屋は静まる。
今まで見せていた冷静さを一瞬で失った彼は殺気だけで俺を殺そうとしているように、こちらを睨みつける。
「何故、抗わなかった!お前は意思を持たない人形なのか!」
「そうだ。生まれてからずっと、誰かの傀儡でしかなかった」
全てを諦めた俺に怒りの矛先を失った彼は唇を震わせる。
そして、深い溜め息を吐き、ようやく平静を取り戻したようだ。
「単刀直入に話そう。私たちは、この世界から戦争をなくそうと活動する組織、イージスフォースに所属している部隊だ」
苛立ちを抑えながら彼は滔々と話し出す。
「そうだな、そんな私たちがお前をここへ連れてきた理由を話すには、色々と説明が必要だろう。そもそも、お前は何故、この世界にはこれほどの戦争が溢れているのか、考えたことがあるか」
「経済活動の一環、とは聞いたことがある」
「ああ、そんな話もあったな。だが、それにしては戦争で得たリソースを成長に割く暇も無いほど、大戦から紛争まで、あらゆるところで争いが起きている。本来なら、戦争とは外交の末に決裂した両国のどちらかが引鉄を引き始まるか、膨れ上がった宗教や正義がコントロールを失い起こるなど原因があるはずだが、今はそれが見当たらない。戦争が手段から目的にすり替わっている状態だ」
それが、どうしたというのだろう。
救いようのない人間が互いに殺し合う、ただそれだけの話だ。
「歯車が狂ったのは、遠い昔、戦地にゴーレムが登場し始めてからだ。それから、平和だった国でも戦争が起きるようになった。意味のない争いが繰り広げられるようになった。そして、初めてゴーレムが生まれた場所、西のヴァルドラ地方にある小さな枯れ木だった世界樹が成長を始めた」
世界樹。
理解が追いつかない、まるでおとぎ話を聞いているようだ。
「世界で戦争が激化し、世界樹は遠くから見てもその存在を認識できるほどに成長している。これは無関係ではないだろうが、ヴァルドラ地方は魔法使いが統治する秘匿主義の国。誰も手出しができない場所だ。そんな時に現れたのが、白の列車だ」
この男は、妄想にでも取り憑かれているのか。
「とある一人の魔女によって運行されてきた白の列車は例外なく西へ向かっていた。しかし、それが目的地へ辿り着いたという話はどこにもなく、橋を乗り越えられない、または戦争に巻き込まれ命運が尽きれば、また一から出直す。今までそれの繰り返しだった。意図はわからない、だが、これらの出来事は全て、繋がっていると見て間違いないはずだ」
長々と話し一息ついた彼は俺を厳しく見つめる。
「真実を知り戦争を止めるためには白の列車に乗り終点に辿り着かなければならない。だが、黒の切符を持たないものは乗車できない」
「持っていなくても乗車できるだろ」
「馬鹿を言うな。あれは列車の餌を釣るための甘言に過ぎない。既に私たちの仲間が検証済みだ。だから、私たちは黒の切符を持つ者をサポートする形で事を成そうとしているのだ。しかし」
彼は俺を一瞥する。
「今までは英雄の素質がある者や世界を救おうと意気込む者で溢れていたというのに。中身が無い殺人鬼に切符を渡すなど、あの女は何を考えているんだ」
再び大きな溜め息を吐き思索にふける男。
そして、気を取り直したように口を開く。
「ここから少し離れた西の平野で立ち往生している白の列車を確認した。燐国の襲撃により動力をやられたのかもしれない。更に悪いことに、おそらく燐国のゴーレムに白の列車は囲まれている」
「待てよ。何が何だか」
「時間がない。燐国は魔女がいるため迂闊に手は出せないが、それも時間の問題だ。既に膠着状態で一日が経っている。何も攻撃してこないと判断すれば、奴らは進軍するだろう」
「あの化け物じみた魔女がいれば、問題ないだろ」
「それなら何故、今までの白の列車は道半ばで死んでいった?彼女が協力すれば、終点に辿り着くなど訳もないのに。おそらく、あの魔女は別の目的があってあそこにいる。直接的な助けは期待できない」
ミス・アナの助けがなくても、希望号の乗員に任せておけばなんとかなるだろう。
今更、俺が出向いたところで何にもならないはずだ。
「だから、私たちはそれを阻止し白の列車を守らなければならない。しかし、敵のゴーレムの数が多い。癪だがお前の力がなければ難しいだろう」
「悪いが、俺はもう、あそこに戻るつもりはない。それに、俺は自分の意思で力を扱えない」
「そんなはずはない。お前の身体の主は他ならぬお前だ。忘れたのか?燐国で見せた怒りの力を」
確かに、あの時は俺の怒りが炎となりレーヴァテインが発現したように見えた。
「何故、あの魔女がそれに他の魂を込めたのかはわからない。だが、お前がその魂を上回る意志を持てば力をコントロール出来るはずだ」
「意思があれば、の話だな。俺はもう、何かを強く思う理由がない。俺は、お前たちとは違う」
「そうか。状況を説明し、協力してくれるのなら私たちの溜飲も下がったのだがな。まぁいい、とにかく私たちと一緒に来てもらうぞ。黒の切符を待つものは白の列車において重要な役割を振られているようだからな。おい、連れて行け、すぐに向かうぞ」
「はい!」
両隣に立つ男が俺を抱える。
俺はそれに抵抗もせず、再び建物の外に連れて行かれ装甲車に詰め込まれるのだった。




