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第29話 灰

何度目かの朝を迎え朝食の場へ向かうと、いつもと同じ光景が俺を迎える。

しかし、そこで違和感を覚える。

カリナがいない。

寝坊でもしたのかと思ったが、卓上に用意された食事に余りはない。


「カリナはどうした」


席に着いている神父に話しかけるも返事はない。


「……さあ、冷めないうちに食べましょう」


その疑ってくれと言わんばかりの態度に俺は問いただす。


「何を隠している。答えろ」


「いえ、ただ体調不良で休んでいるだけですよ」


「それなら見舞いに行ってやる。どこにいるのか教えろ」


俺の様子に子供らはざわつき不穏な空気が流れ始める。


「本当に、タイミングの悪い。わかりました、説明するので部屋を出ましょうか」


その態度は明らかに、子供らには聞かせられない事情があると語っていた。


「皆さんは先に食べていてください」


悟られないように笑顔を見せながら立ち上がった神父と二人で退室し部屋から離れた場所で神父は立ち止まり、こちらに身体を向け口を開く。


「彼女は昨夜、とある場所に引き取られました」


「それはどこだ」


「とある夫婦に引き取られただけの話ですよ」


「そんな素振りは見せなかっただろう」


「嘘は、つけませんね。そうですね、白の列車に乗って旅立つあなたには知っていただいた方がいいかもしれません。正直に話します、カリナは、娼婦街に連れていかれました」


「は?」


「そのままの意味です。カリナはこれから、娼婦として生きることに」


俺は神父の胸ぐらを掴み廊下の壁に叩きつける。


「あ、あなたも、わかっているでしょう。どの国だってそうです。お金にならない事業が生き残るためには、それ相応の対価を支払わなければならない」


「本気で言っているのか」


「本気ですよ。犠牲を出すことでしか子供らを守れない。全て、私の力の無さが招いた結果です。より多くの命のために一人を差し出す。それしか、選べなかった」


「何故、そう平然としていられる」


「これが、平然に見えますか」


彼は今にも泣きそうな顔をしていた。


「あんな、あんなに優しい子が、これから酷い目に遭うのですよ」


「だったら、なんで、抗おうとしない!力がなくても、戦って死んだ方が上等だろう!」


「死ねば何も残らない、意志が途切れてしまう。それだけは駄目だ。例え誰かを犠牲にして恨まれても、私は、この醜い世界に反旗を翻すまで、皆と共に生きねばならないのです」


ああ、何もせず何も守れなかった男が、子供らの命を守ってきた男に説教をして何になる。

今は、こんなことをしている場合ではないだろう。


俺は神父から手を離し孤児院を後にしようとする。


「どうするつもりですか!下手なことをして被害を被るのは他の子供たちなのですよ!あいつらは、人の命をなんとも思っていないのだから!」


『それなら全部、ぶち壊せばいい』


ああ、その通りだ。

俺は走り出し娼婦街へと向かった。



記憶を頼りに娼婦街の方へ到着するも、こんな時間だというのに男の姿もちらほら見え、すでに営業している店もあるようだ。


手遅れの可能性もあると焦りを感じながら辺りを眺め、店の前に立つ娼婦に声を掛ける。


「おい」


「ん?そんな血相を変えてどうしたんだい」


「昨夜、ここに少女が連れてこられただろう。どこにいるか知らないか」


「あんた、どこの人間?こんな時間から女を買いにくるなんて、軍のちゃらんぽらんか暇人しかいないんだけどねぇ」


間の抜けた様子に苛立ちを覚えた俺は声を荒げる。


「余計な口を挟むな。質問に答えろ」


「な、なんだい、いきなり」


「少しの時間も惜しいんだ。知っているかどうか、さっさと答えろ」


「こ、心当たりはあるよ。幼い新人が連れてこられるのはあそこだと思う。……そんな怖い顔をしないで、案内してやるから、ついてきて」


彼女は片足を引き摺り歩き始める。

俺はその不自由な姿に吐き気を催しながら、後ろをついていく。

そして、案内されるまま街の大通りから外れた路地へ向かい、懐かしい、香水のような甘い匂いが漂う中、怒りと悲しみを感じながら歩みを進めていくと、彼女は立ち止まり口を開く。


「ほら、着いたよ。あとは受付にでも聞いてくれ。それじゃあ、案内料をおくれよ」


到着したのは他の建物と同じように木造の荒屋で、俺は金をねだる女を突き飛ばし急ぎ建物の中に入る。

そして、女があげた悲鳴を聞き身構えている受付嬢に問い詰める。


「な、なんだ、あんた!」


「ここに昨夜連れてこられた新人はいるか」


「は?いや、いきなりやってきて何言ってんの?騒ぎを起こすつもりなら」


「──やっ、いやっ!」


その時、遠くから微かに聞こえた聞き覚えのある声。

俺はすぐさま受付横の通路に向かう。


「ちょっと!」


制止を無視し進むと、通路にいくつも並んだ扉が現れる。建て付けが緩い木造の扉を片っ端から蹴り飛ばし中を確認する。

そして。


──そこにはカリナと、それに覆い被さる裸の獣がいた。

その瞬間、怒りと憎悪が溢れ身体を突き動かす。


「な、なんだお前は!」


俺は自分の意思で初めて彼の名を叫ぶ。


「フォルティミア!」


『任せろ』


右手に熱が集中し、右上腕に鎧が発現する。

そのまま、俺は獣を思い切り蹴り吹き飛ばし、続けて、その頭を拳で潰した。

そしてすぐさま、悲鳴を上げるカリナを抱き抱え建物の外へと飛び出した。


『相棒!どうするつもりだ!』


この子だけは守らなければと、考えるより先に身体が勝手に動いていた。


『守る?守るだと!ふざけるな!こんなことをすれば、軍なり警察なりが動き出す。行く当てもないのに、そんなものを抱えて逃げ切れると思っているのか!』


そんなこと、知ったことではない。


『その偽善が何になる!一人救ったところで何も変わらないだろ!わかるか、人間に与えられた救済は死ぬ以外に用意されていないんだ!』


頭に響く喧しい声を無視し、ひたすらに走る。


『クソッ、お前はいつもそうだ!目の前の出来事に左右され、何一つ目的を達成できない!相棒、お前は心の奥底で望んでいたはずだ、この世界を、人間を全て否定すると!今がその時だろうが!』


黙ってくれ。

俺はどこまで行ったって人間なんだ。

今更、別の何かに成れなんてしない。

俺にお前の理想を押し付けるな。


『人間は醜いんだ!死ぬことでしか救われない!それなのに何故、命を生かそうとする!』


──ああ、そうか。

あの時のカタリナの言葉の真意に、今になってようやく気づく。


関係なかったんだ。

人間が醜いだとか、この世界の在り方だとか、そんなことは、今を生きている命には何の関係もない。


『それが全ての元凶だと、なぜ気づかない!何度、間違いを繰り返せば気が済む!何度悲しめば理解する!』


間違っていたっていい。

間違っても生きていていいんだ。

汚れていても、醜くとも、生きていい。

絶対的な善がないこの世界で過ちと悲しみを何度繰り返しても構わない。

ただ目の前の命を守り、明るい未来を信じて挑み続け進むことこそ、俺たちに与えられた希望だったんだ。


『ふざけるな!人間は滅ぶべきなんだ!』


ただ感情のままに走り街の大通りに出ると、そこには武装した軍服の兵が数人と娼婦たちが待機していた。


「あいつだ!」


こちらに気付いた奴らは警笛を鳴らし、こちらを取り囲み銃を構える。


「何者だ、お前は!どこから来た!」


どうする、この子を抱えたままで、あいつらを殺せるか。


「あ、あんたは……」


緊張が走る中、聞こえた声。

その声の主は、あの時倒れた俺を介抱したあの女だった。


「お前!あれが誰だか知っているのか!」


「い、いや、その、あいつは余所者で、私は関係なくて」


軍人の一人が拳銃を取り出し、取り繕う彼女の頭に照準を向ける。

気づけば俺は手に抱えるカリナを下ろし、叫んでいた。


「命を救う盾となれ!応えろ、フォルティミア!」


『ああ、そうだ!人間を殺すためなら、いくらでも力を貸してやる!』


黒い霧が全身を包み鎧を纏うや否や、地面を蹴り彼女を狙う軍人に向かい殴り殺す。

そして、間髪入れずに次々と軍人らを一人残らず捻り潰していった。


──状況終了、少しの時間も要さず、いくつも血の花が咲き辺りは静まり返る。

油断するな、まだ生き残りがいるかもしれないと警戒を怠らないよう辺りを見回す。

しかし、意図せず鎧は消え去り身体が一気に重くなる。

これは、俺の体力の限界か。


「なぜ、こんなことをしたの」


その隙を見て、あの女が話しかけてくる。


「この後、どうなるかわかっているの?余所者のあんたのせいで、私たちも罰せられるかもしれない」


俺は震える声で言葉を返す。


「本音を言えよ。本当はアンタだって望んでいるはずだ。何者にも犯されず生きていける場所を」


「それを今、あんたが台無しにしたんだ!」


彼女だけでなく、周りの女たちから非難の目、非難の言葉を向けられる。

そう、そうだ、わかっていたことだ。

俺一人が希望を胸に抱こうと、力の無い弱者はただ怯えることしかできないと。

誰も、変わろうとしない、この世界は何も変わらない。


「お兄ちゃん……」


その時、近くに来たカリナが不安そうに俺の手を掴んだ。

それでも、それでも俺は。


「余所者が、さっさと──」


「俺が守る!」


気づけば叫んでいた。


「敵がいるなら俺が殺す!悲しむ人がいるなら俺が守る!絶対に、俺が守ってみせる!だから、もう、誰も苦しまなくていい!」


何かが弾けた俺は地面に膝をつき、両手のひらで顔を覆い泣きじゃくる。


俺が守る。


「──そうだ。それが。それが、あいつに言ってやるべきことだったんだ……」


彼女に言うべきだった言葉。

こんな世界でも、お前の味方はいるのだと伝えなければいけなかった。

襲い掛かる魔の手から、この手で守らなければならなかった。

でも、アイは、もういない。

この世のどこを探したって、いない。


俺は大馬鹿だ。

そんな簡単なことに気づかなかったなんて。

それでも、今、目の前にある命なら。

まだ間に合う。

俺が、今度こそ俺が。


『相棒、あとは俺に任せな』


その言葉が聞こえた瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。



──気がついた時には、辺りは全て燃え尽きていた。

建物は炭化し崩れ落ち、所々に人の形をしたものが転がっている。

娼婦街だけじゃない、周りを見るも無事な建物はどこにもなく、地平線が広がっている。

全て、全てが灰になっていた。


そして、俺のすぐ傍には、煤に塗れた小さな腕が落ちていた。


俺はそれを拾い上げ、抱きしめ、泣き叫んだ。



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