第28話 カリナ
俺は今、無数の厄介な視線を浴びていた。
準備ができたと神父に連れられ辿り着いた場所は、シスターと子供らが昼食をとる部屋だった。
子供らは突如現れた浮浪者に無言で興味を示している。
「このお兄さんは色々な悲しいことに遭い、ここへやってきました。皆さん、優しくしてあげてください」
俺をフォローするように話す神父に子供らの純粋な返事が響く。
ああ、耐えられるはずもない。
俺のような穢れた人間がこんな場所に存在するなど、許されるはずもない。
そう立ち尽くしていると。
一人の少女が席から立ち上がる。
その褐色の肌で黒髪を首元まで伸ばした少女は俺の元に進み、俺の手を取った。
小さく温かい手が俺の手を握る。
少女は曇りのない瞳で俺を見つめている。
こんな俺を食卓に誘ってくれているのだろう。
俺は、泣きそうになっていた。
何故、この期に及んでも人の体温が胸に届くのだろう。
何故、俺の心は痛みを訴えるのだろう。
割り切って生きていかなければ傷だらけになる世界で、何故、この感情は消え去ってくれないのだろう。
「お兄ちゃん、一緒に食べよ」
「……ああ」
それからのことは、どこか夢を見ているようで、はっきりと記憶に残っていない。
この世界にこんな場所があるのか。
明日に怯えず、笑顔が溢れる場所が。
食事を終え、気付けば俺は用意された空き部屋の布団のベッドに横になっていた。
今まで緊張していたのか強烈な眠気が襲ってきている。
『惑わされるな。これすらも、あの神父が仕組んだのかもしれない。また、同じ痛みを味わいたいのか』
頭の中で響き続ける警告の声すら、どうでもいい。
俺はそのまま眠りに落ちた。
*
翌朝。
深い眠りについていた俺を起こしたのは、あの時、俺の手を引いたカリナという名の少女だった。
「お兄ちゃん、おはよう」
「ああ」
「朝ごはんができてるから、行こ?」
上半身を起こし立ち上がろうとするも、身体が思うように動かない。
「お兄ちゃん、どうしたの?どこか痛いの?」
動きを止めた俺を心配するカリナ。
彼女は優しく俺の頭を撫で始める。
「大丈夫、大丈夫だからね」
その無邪気さに俺の胸は締め付けられる。
温かなものに触れれば触れるほど、進むべき道が曖昧になる。
だが、いつの間にか俺の身体は軽くなっていた。
「もう大丈夫?」
「ああ。お腹が、空いたな」
カリナにパッと笑顔の花が咲く。
「行こ!」
立ち上がった俺の手を嬉しそうに引いて歩き出すカリナ。
その時、俺の心内には出会ったことのない感情が生まれていた。
*
あれから、子供らの共同生活に戸惑いながらも少しずつ体調を整える日々を送り数日の時が経ち、特にやることもなく時間を持て余したタダ飯食いの俺は孤児院で家事の手伝いをすることとなった。
そして、今はシスターと共に夕食を作っている。
台所は水道とコンロがある程度で、そこにある食材も上等ではなく、この孤児院の経営が苦しいことが見て取れる。
しかし、清掃は行き届いており、シスターが子供らを思う愛情が表れている。
そんな中でまともな料理の経験がない俺は、調理を始める彼女の隣で泥のついた野菜類を洗っている。
冷たい水が手から体温を奪い痛みを与える。
あの時のアイの赤切れた手を思い出す。
これよりもよっぽど痛かっただろうに、毎日、料理を作ってくれていた。
どうして、あんなことができたのだろうか。
俺はふと、シスターに向けて疑問を投げかける。
「毎日、料理を作るのは大変じゃないか?」
「え?ええ、そうですね。でも、やりがいがありますから」
「やりがい?」
「そうです。相手はいろんな事情を抱えている子たちですから、愛情を持って接しても何も届かないことがあります。何か出来ることも、そんなに多くはありません。でも、食事は違う、当然のことですが、用意すれば食べてくれる。その時は、みんなが笑ってくれる」
またしても、あの時、食事をしていた俺を見つめ微笑むアイの姿が思い浮かぶ。
後悔の色を濃くした記憶がより重くのしかかる。
「それがとても嬉しい。だから、どんなに疲れた時でも、それが力になる。それが、私が皆に提供できる安穏な時間。そして、私の愛が皆の血肉になれば、子供らが成長した頃、この想いを繋いでくれると信じています」
「……そうか」
俺も、もう一度やり直すことができるだろうか。
過去に向き合い、新たな明日を歩むことが出来るのだろうか。




