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第27話 神父

灰色の空の下、肌寒さを感じながら癒えることのない身体で、ただひたすらに歩く。

娼婦街を抜けた先、木造の家屋が立ち並ぶ田舎町の風景が俺を迎える。


背の低い建物の中で鐘塔を探すことなど簡単なはずだが、土地勘のない場所ではどちらに進めばいいのかすらわからない。

道を聞こうにも、これでは。


ここは先程の場所とは違い奴隷のような人間は見当たらず、白人らの生活圏のようで、俺のようなウロウロしている人間には嫌悪の視線が送られている。


何故、俺はこんな思いをしながら、そこを目指し歩いているのだろうか。

この行動すらも誰かに仕組まれたものではないのだろうか。

俺は一体、何をしたいのだろうか。


『相棒、俺が助けてやる。だから、余計なことを考えるなよ。お前の立っている舞台も、お前を苦しめる世界も俺がぶち壊す。とにかく今は生きることだけを考えろ』


その甘言は、今の俺にとって危険なものだった。


『気にするな。全てが終わった後、自分の人生を歩めばいいんだ。こんな訳のわからない場所に連れ出されたお前が何者かになる必要なんてないんだ』


その言葉が、前へと歩みを進める力を与える。

二本の足を動かしているのは、果たして俺の意思なのだろうか。


『気にするな。今はとにかく休める場所を探せ。邪魔者が現れたら、また殺せばいい』


悔しいことに、彼の声は今の俺にとって導になっていた。

そして、何があっても相手を殺せば問題ないという倒錯的な考えが確かに前へ進む勇気を与えていた。


そのまま歩き続けると開けた場所に辿り着く。

中央には噴水があり、それを取り囲むようにベンチが並んでいる。


丁度いい。

ベンチへ向かい腰掛け、空を見上げる。

灰色の天井、これから先の未来を暗示するように空は雲に覆われている。

どこに行く必要もなく、どこにも行けない。

それなのに、ふと思い浮かぶのはアイの姿。

あの時、素直になっていれば、違う未来があった。

周りの日ノ国人のように生きれば幸せに生きていけた。

あの女さえ現れなければ。

だが、これが現実だ。

目の前の現状が現実だ。

後悔なんてクソの役にも立たない。


「迷える子羊よ、悩みがあれば話しなさい」


ふと聞こえた男の柔らかな声。

顔を正面に向けると、修道服を着た初老の男性がいた。

彼は断りも入れず俺の横に腰掛ける。


「まさか、こんな場所に来客があるとは驚きました。どちらから、何のためにいらしたのですか?」


「……期待していたんだ、あの道に進めば違う明日があるのだと。でも、そんなものはまやかしで、何の力もない俺が何かを掴めるはずもなかった。ただそれだけの話だ」


「色々と訳ありのようですね。もし行き場がないようでしたら、ひとまず私の家に来てみませんか」


「何が目的だ」


「そうですね。はっきりと言いましょう。あなたのような素性の知れない者が現れて、住人たちが不安に思っているのです。しかし、手荒な真似はしたくない。それに、あなたは話が通じる人のようだ。ぜひ、私の住む場所でお茶でも飲んでいきませんか」


「……なぜ、警察にでも通報しなかった。何を企んでいる」


「ここで自ら国家権力に関わろうとする人間はいません。あれらは腐ってますからね。だから、戦争があちこちで起きる中、ようやく手に入れた安寧を、いたずらに失いたくはないのです」


今までの経験では、誰かの口車に乗って事態が好転したことなど一度もなかった。


『相棒、余計なことを考えるな。今は回復することだけを考えろ。これが罠だとしても、俺が何とかしてやる』


考えることを放棄したいと思った矢先に、心を見透かしたような言葉が頭に響く。

その頃にはもう、すっかりと自分の意思は失われていた。


「決まりですね。案内しますから、ついてきてください」


言われるがまま、立ち上がり足を進める。


そのまま数分も歩けば、周りの建物より一際背が高い教会が見えてくる。

あれが、あの娼婦が言っていた場所か。

なるほど、あれは聖職者に助けてもらえという意味だったのか。

しかし、そのような場所では俺のような人間は歓迎されないだろう。

赦してはもらえないほど大量の人を殺したのだ。


「見えますか、私はあの教会で神父をしているのですよ。なので、職業柄、あなたのような方を目にすると、ついお節介を焼いてしまうのです」


俺に気を遣っているのか、ジジイ特有の饒舌か、どうでもいいことを話す神父。


「ああ、それと。教会の傍には粗末ですが孤児院がありまして。戦争孤児など行き場のない子供を預かっているので、騒がしいかもしれませんが」


「どうでもいい」


「……そうですか」



木造の教会は古びており、壁の白い塗装がまばらに剥がれ茶色の地肌が見え隠れしていた。

灰色の屋根瓦も所々欠けており、伝統ある建造物がこのザマでは街の程度が知れる。

そして、その隣には大きめの平屋が建っている。


「さて、お疲れのようですので、早速、あそこに向かいましょうか」


「あれは、なんだ」


「そう不安な顔をしないでください。ほら、賑やかな声が聞こえてくるでしょう」


確かに、神父が示した平屋の建物から幼い子供の声が響いている。


「ここで休める場所となると、あの孤児院しかないので。子供が苦手でしたら申し訳ありません」


あまりの親切さに嫌な予感が頭を擡げる。

今まであった奴らのことを思い返せば裏のない人間などいなかった。

そもそも俺のような見窄らしい余所者に親切であることがおかしいのだ。


「私を疑っているようですね。しかし、あなたのこれからのことを考えるなら、ここは素直に従っていただきたい」


「どういうつもりだ」


「あなた、白の列車の乗員でしょう」


戦慄が走る。


「そんな警戒をしないでください。先日の燐国との国境で起きた争いの音。そして、こんな場所にいるはずのない日ノ国人のあなた。白の列車といざこざがあったと小耳に挟んだものですから、そこから示される答えは一つでしょう」


「仮にそうだとして、なぜ、こんなことをする」


「白の列車が迎えに来るまで宿が必要でしょう。しかし、あなたは余所者でお金の持ち合わせもないご様子。それなら、是非、ここで滞在していただこうと思った次第です。ここでゆっくり休める場所となると、あそこしかありませんので」


「聖職者の温情ってやつか。だがな、あれが迎えに来るなんて有り得ないことだ。余計な気を回すな」


「何をおっしゃいます。黒の切符を持っているのであれば、必ず乗車することになるはずです。それまで休息が必要かと」


こいつは何者だ。

何を知っている、何を企んでいる。


「積もる話は後にしましょう。とりあえず、今だけは私を信用してくれませんか」


『相棒、ここは素直に従おう。何かあればコイツを殺せばいい、それだけの話だ』


「……わかった」


「ありがとうございます。それでは、案内しますね」


そして、俺は案内されるがまま孤児院へと足を踏み入れる。

壁や床は木造で歩みを進める度にギシギシと床は軋み、隙間風が吹いている。


「こんなご時世ですから、建て替えも難しくて。でも、生活できる水準は保っていますよ」


壁に補修の跡や整理整頓された掃除用具など。

それらを眺めながら廊下を進むと賑やかな子供らの声が近づいてくる。


「今、あの部屋でシスターが子供らに教えを説いたり勉強を教えたりしています。少し、覗いてみますか」


教壇に人のよさそうな修道服に身を包んだ白人の若い女性が立っており、肌の色がバラバラの様々な人種の子供になにやら説いている。


「みんな違ってみんないい。皆さん、この意味が分かりますか?」


「はい!みんなで仲良くしようということです!」


「いえ、そうではありません。皆、違うのですから独りが好きな子もいます。そういう子と無理やり仲良くしようとしても──」


「それでは、行きましょうか」


淡々とした様子の神父。

そのまま彼についていくと、とある部屋に案内される。

そこは客室のようで、この場所にしては上等なソファとテーブルが鎮座している。


「お座りください。今、お茶を淹れますね」


部屋の傍らにある給湯ポットと茶道具前でいそいそと茶を入れる神父。

彼は何を考えているのか。

俺のような薄汚い人間を招き、何の利があるのか。


思考を巡らせていると、目の前にティーカップがコトリと置かれる。

そして、対面に神父が座る。


「それではまず、自己紹介から。私、イワン・アレクサンドロヴィッチ・ペトロフと申します。是非、イワンとお呼びください。それで、あなたのお名前は?」


「……ユウキだ」


「ユウキさん、ですね。それではまず、あなたが一番気になっているであろう、白の列車について話しましょうか」


彼は湯気立つ紅茶を一口啜り話し出す。


「白の列車、それは世界中で知られた伝承であり誰もが望むもの。しかし、私が知りうる限りでは、それが人の願いを叶えたという話は聞きません」


「まるで、何度も走っているような言い方だな」


「ええ、その通りですよ。ご存知ではありませんでしたか」


「逆に、どうしてアンタはそんなことまで知っている」


「その、言い難いことですが、これは世の中の常識なのですよ。日ノ国で育ったあなたには知る術もなかったでしょうが」


全てを見透かしたような物言いに、ますます警戒心が強くなる。


「ユウキさんは、黒の切符を持っているのですよね」


「それが、狙いか」


「へ?あ、ああ。どうやら勘違いされているようだ。私にそんなつもりはないし、そもそも黒の切符は選ばれた人間以外、触れることすらできません。実際、所有者でない者が触れただけで手首から先が焼け落ちたとの話がありますから」


「それなら何故、俺のような人間に偽善を働く」


何故か神妙な顔をする神父。


「あなたは、人間が生きる価値をご存知でしょうか」


「価値?」


「ええ。価値とはそれがどれだけの特性を持っているかによって決められるもの。お金に価値があるのは、それでのみ物を買えるから。それなら人間の価値は他の動物にない特性によって測ることができる」


途中、神父は紅茶をもう一啜りする。


「人間の価値、それは見ず知らずの他者のために命を張れることです。本能を理性で殺し、エゴを愛で殺すことができる。この醜い世界で誰かのために生きる、それが、私が進むべき道なのです」


「くだらない。いいカモだ」


「ええ。それでこそ、私たちは醜い人間ではないことの証明になる」


「それこそ、お前のエゴだ」


沈黙が訪れる。

しかし、窓の外から子供らの声が響き出す。


「……そうですね。長年生きても、何が正しいのかわからないものです。しかし、あの子供らの笑顔だけは守らないといけないと、そう思うわけです」


「だが、あのシスターは差別的なことを言っていなかったか」


窓から子供らと戯れるシスターの姿が見える。


「差別は必要です。あなたと私は違う。だからこそ、本当の意味で理解し合うことができる。大事なのは、互いに違いを認めた上で握手をすることなのです」


「アンタらみたいな連中は平等を説くんじゃないのか」


「平等は他者の否定に他なりません。私とあなたは同じだから同じ生き方をしなければならない、それは格差が拡大した社会で互いが足を引っ張り合うために使われる言葉です」


彼が語るのはどれも理想論だ。

現実を変えるほどの力はない。


「お互いの違いを知った上で、住み分けた上で認め合う。そうしなければ、自分とは違う人種の、生活圏の、いや、同じ場所に生まれた他人ですら、その者の生き方と文化を受け入れることができません。生きる環境が違えど、あなたの人生は素晴らしく、私の人生も素晴らしい、そう言えるようにならなければならないのです」


「そんなものを、子供に押し付けているのか」


「子供たちは無限の可能性を秘めています。彼らなら、この醜い世界を壊してくれるかもしれない。そのためには理想を語らなければならない。希望を謳わなければならない」


「そんな綺麗事で人間のエゴが殺せるか。差別があろうがなかろうが、結局、それをどうにかしないと意味はないだろ。耳障りのいいことを宣うあんたが今、子供らに見えない十字架を背負わせているようにな」


「それでも、誰かがやらなければならない。人間の特性を変化させる、それは果てしない時間がかかるもの。しかし、人は意志を継いでいける生き物。私の役目は神のように世界を完成させることではなく、人類が素敵な未来を築く可能性をゼロから0.1パーセントに引き上げることなのです」


彼の頭の中の世界は都合のいいもので満たされているようで、話が通じるようで通じない。


「そのためにはまず、生が保障されていなければならない。そうでなければ、無限の可能性も、より善くあるための選択も消えてしまいますから。だから、どういう形であれ、皆の命を守らなければいけないのです。……話が逸れましたね。そういうわけで、とりあえず、白の列車があなたを迎えに来るまで、是非お節介を焼かせてください」


「そうだ、アレが迎えに来るなんて、アンタは何故そんなことを知っている」


「大した話ではありません。今のあなたと同じように、昔、一度だけ白の列車の客人を介抱したことがありまして。その時に、線路もないこの場所に白の列車が来たのですよ」


「……本当か」


「ええ」


有り得ない。

希望号に戻るつもりなどないというのに、そんな状況になっても迷惑なだけだ。

それに、今更俺なんぞを回収する必要はないだろう。


「おや、もうそろそろ昼時ですね。私は昼餉の準備をするので、こちらで少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか。準備ができたらまたお呼びしますね」


紅茶を飲み干し部屋を後にする神父。

その後、扉の外から聞こえる子供らの遠く小さい喧騒が室内を満たす。

生まれた場所が違えば、俺もあのようになれたのだろうか。

そんな意味のない想いに耽ながら時間を過ごした。


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